成功事例から、学ぶべきもの。学ぶべきでないもの


Best Practice

「あのプロジェクト、当事業部でも『あの事例にウチも学ぶべきだ』と話題になっています。どのように進めたのか、教えてください」

前職の会社員時代、私が担当し、成果が挙がったあるプロジェクトについて、別事業部のマネージャーから「詳しく話を聞きたい」というご依頼がありました。

その会議の冒頭、このように質問され、私は記憶を辿りながらお答えしました。

「そうですね。元々はこんなビジネス状況で、このような課題がありました。それらの課題を解決するために、シナリオをこのように考えてみました。そのシナリオを実現するために、具体的なアクションをこのように作って、お互いをこのように繋げていったんですよ」

(話が長そうだな…)と思ったのか、相手の方は私の話をさえぎり、このようにおっしゃいました。

「全体の話よりも、私が知りたいのはその個別アクションの〇〇〇〇〇の部分です。社内でとても話題になったし、製品の認知度も大きく上がって、ビジネスに繋がりましたよね。どのようにそのアクションを進めて、どのように成果に繋げたのか、具体的に教えて欲しいんです」

 

これは成功事例(ベストプラクティス)を学ぶ際に陥る、典型的な落とし穴です。

 

自働おそうじロボットのルンバの成功からも、このことを学ぶことができます。

ルンバを開発・販売するアイロボット社は、「ロボット技術を活かして、いい世界を作りたい」と考えたコリン・アングル氏が創業した会社です。

そして優れたロボット技術という強みを活かして、おそうじロボットを開発し、新たな市場を生み出して、大成功を収めています。

しかしアイロボット社は、ロボット技術をビジネスに繋げられずに、苦しんだ時期があります。実際、ロボット技術を活かした14個のプロジェクトを試行錯誤したものの、どれもお金を稼ぐことができずに失敗。成功したのがおそうじロボットだったのです。

ルンバを含めた十数個のプロジェクトを通じて、アイロボット社は、自社の強みであるロボット技術を活かした上で、その強みを必要とする対象顧客を絞り込み、顧客の課題をいかに解決してビジネスにつなげるか、いくつもの仮説を考え抜いて検証してきたのです。→詳しいことをお知りになりたい方は、こちらの記事を参照下さい

 

ルンバの大成功という結果だけを見ると、「なるほど、ロボット技術を活かして、自働おそうじロボットか。アイロボットも、良いところに目をつけたな」と思いがちです。そして多くのメーカーがルンバの成功を見て、この市場に参入していますが、この市場ではルンバがシェア3/4を独占しています。

私たちが学ぶべきは、結果である「ルンバという製品」ではなく、シナリオである「アイロボット社の考え方」ではないでしょうか?

同様に「ベストプラクティス」から学ぶべきは、個別のアクションではなく、どのような状況でどんなシナリオを考え実践したかという考え方です。

シナリオを持たずに個々のアクションを模倣しても、それはベストプラクティスではなく、言い方は悪いですが、単なる猿真似に陥ってしまうのです。

冒頭の事例でマネージャー氏が尋ねたのが「ルンバという製品の作り方」、本当に学ぶべきが「アイロボット社の考え方」というように考えると、おわかりいただけるのではないかと思います。

 

やや古い記事ですが、2012/10/10の日本経済新聞の記事「経営塾 業績回復に挑む(5)総括」で、一橋大学の楠木建教授が次のように書いておられます。

—-(以下、引用)—-

個別のアクションの正否は戦略のストーリー全体の中でしか判断できない。ストーリーの戦略思考からすれば、そもそも「ベストプラクティス」(最良の実践例)などというものはあり得ない。

—-(以上、引用)—-

「全体を流れるストーリー/シナリオがあって、はじめて個々のアクションの意味がある」という楠木教授のお考えは、私も同感です。

 

私たちは、即効性がある解決策を求め勝ちです。だから成功事例の個別部分を取り込もうと考えるのかもしれません。

しかし、世の中の成功事例から、そのような即効性がある解決策の部分を集めて取り込んでも、全体のシナリオの整合性がなければ、成果は挙がりません。

ストーリーを立ててシナリオを考えるのは手間がかかります。だからこそ、他社が容易には真似ができない差別化を図ることができるのです。