EVは、キャズムに墜ちるのか?

「これからのクルマはEVになる」と言われて数年が経ちました。

・EUは「2035年までにすべての新車はゼロエミッション」という基本方針を掲げています
・ボルボは「2030年までに新車販売をすべてEVにする」という目標を掲げています
・ホンダは”脱エンジン”の電動化戦略を掲げ、2040年までに新車販売のすべてをEVとFCV(燃料電池車)にする方針を打ち出しています

街中を見るとEVをよく見かけるようになりました。

こんな流れで、世の中は「エンジン車はもうオワコン。これからはすべてEVに切り替わる」という感じでしたが、昨年頃からどうも様子が変わってきました。

・EVシフトを官民で戦略的に進めている欧州で、EVが伸び悩んでいます。欧州の新車販売に占める比率は、2017年はエンジン車(HV除くガソリン+ディーゼル)が94.3%、ハイブリッド車(HV)が2.8%、EVが1.5%でした。6年後の2023年は、エンジン車は48.9%に激減、HVは33.5%に激増、EVは14.6%に留まっています。欧州ではなんと3台に1台がHVで、EVはHVの半分以下なのです。(出典:日経産業新聞 2024.3.8「欧州、3台に1台がハイブリッド車」)

・米国のEV販売比率は、2023年1月に7.9%になった後は、2023年11月まで6〜8%台が続いており、EV普及は伸び悩んでいます。(出典:日本経済新聞2024.1.4「米新車販売、EV比率8% 横ばい」)

・中国では、2023年のEV販売台数は21%増でしたが、PHV(プラグインハイブリッド)は83%増でした。(出典: Bloomberg 2024.2.22「中国でプラグインハイブリッド車人気、EV減速-テスラなどに課題」)

なぜEVの普及が停滞しているのでしょうか? 色々と見てみると要因が浮かび上がってきます。

・補助金がないと、EVはまだまだ高い。電池容量が少なければEVは安くなるが、こうなると航続距離が100Km程度となり遠出ができない。たとえばPHVやHVならば、ガソリンを入れれば遠出できるし燃費もいい。だからPHVやHVが売れる

・EVは大容量バッテリー搭載が必要だが、大容量バッテリーは高価で入手しにくい。そこでメーカー各社は「EVは意外と儲からないコスト構造になっている。特に300万円以下の量産コンパクトカーで利益を出すのは困難」と気づき始めた

・世の中も「本当にEVって環境車なのか?」と気づき始めている。走行時のCO2は確かにない。しかし製造工程のCO2排出量はガソリン車よりもかなり多い。廃車時の電池リサイクルの仕組みもできておらず、走行時以外の環境負荷が意外と高い。さらに「走行時にCO2を排出しない」のは、その地域の電力が再生可能エネルギーで発電されていることが大前提。これは欧州など一部の地域に限られる

こんな状況もあって、昨年10月頃は1兆2160億ドル(182兆円)だったテスラの時価総額は、現在5600億ドル(84兆円)に急落しました。対するトヨタの時価総額は現在59兆円。一時はテスラがはるか上でしたが、今はいい勝負です。

ジェフリー・ムーアは歴史的名著「キャズム」で、革新的新商品が普及する際に、リスクを歓迎するイノベーターとアーリーアドプターが採用してから、リスクを敬遠するアーリーマジョリティに広がろうとする普及率16%の時点で、大きな普及の谷(キャズム)が待ち構えている、と言いました。

まさに2024年は、世界的にEVがキャズムに直面している年なのです。

現在EVがかかえる様々な課題(主にバッテリー系のコスト)は、将来的に技術革新で乗り越えられる可能性もあります。しかしそれが生産革新まで行き渡るには時間がかかります。

こんな状況もあって、各社は戦略を見直しています。

・メルセデスベンツは、2030年に全新車をEV化する計画を見直して、エンジン車販売を継続
・フォードはEV関連の投資計画のうち120億ドルを延期すると発表
・GMは電導ピックアップトラックの生産拡大計画を延期
・アップルは、EVの開発計画を中止し、人材をAI部門に配置転換
(以上、日本経済新聞 2024.2.29「EV変調、世界に広がる 販売環境が悪化」より)

さて、我らが日本のクルマメーカー各社は、ガソリン車では世界を圧倒する強者でした。しかしEVで出遅れていました。

たとえばトヨタが米国ケンタッキー工場やノースカロライナ工場でEV生産を始めるのは2025年。そしてトヨタはEVの世界販売台数を2026年に150万台、2030年には350万台に増やす計画です。

こうした状況を踏まえてEV市場全体を眺めてみると、2024〜2025年にEV普及がキャズムに直面して停滞していることは、日本の自動車メーカー各社にとって「天佑」と言えるかもしれません。

日本の自動車メーカーはまだEVでは何も失っておらず、状況をじっくり見極めた上で、最善の手を打てるからです。

日本の自動車メーカー各社にとって天佑と言えるかもしれません。まだEVでは何も失っておらず、状況をじっくり見極めた上で、最善の手を打てるからです。

そして多くの産業が、自動車メーカーと深く関わっています。このEVのトレンドは、今年要注目だと思います。

   

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95%節水できる蛇口。最大の価値は「節水」でなかった!?

メルオールデザイン公式サイトより https://meliordesign.com/products/meliorkitchen

「水不足=節水」という課題に特化して急成長する企業があるのをご存じでしょうか? DG TAKANOという会社です。

同社が販売する業務用の節水ノズル「Bubble 90」は、洗浄力を保ちつつ最大95%節水可能。大手レストランチェーンの8割、スーパーで5割の導入実績を誇ります。

水を大量に使う飲食店などでは、水道代は大きな負担です。これを大幅に節約できます。

私たちは「それだったら、売れない理由はないよね」と思ってしまいますよね。

しかし当初、全くと言っていいほど、売れなかったのです。

なぜでしょうか?

「最大95%節水できる。だから水道代が大幅に節約できますよ」というメッセージで喜ぶのは、経営者です。しかし同社が話をする相手は、現場の担当者でした。

現場の担当者もコスト削減は大事ですが、最優先課題ではなかったのです。このため、こんな会話が繰り返されました。

セールス「これ、最大95%節水できるんですよ」
現場担当者「ふーん。凄いですねぇ」

商談はそれ以上進まなかったそうです。同製品Bubble 90は賞を取るなど、技術的に高く評価されましたが、発売から5年間は売れず、同社は倒産寸前まで追い込まれました。

ここでユーザー分析の大切さに気付きました。

そもそもこの商品のお客さんって、誰なのでしょうか?

経営者?
購買担当者?
現場の皿洗い担当?

このあたりの分析が不十分だったのです。

そしてこの気づきは、その後、消費者向けに商品展開をする際に、役立ちました。

消費者向けの場合、業務用節水ノズル「Bubble 90」はそのままでは展開できませんでした。これはB2BとB2Cの違いによるものです。

業務用の洗い場は蛇口の種類は数種類。だからノズル側は少ない種類の品揃えで対応可能でした。しかし家庭用の蛇口の種類は無数にあります。賃貸で暮らす人も多いので、蛇口交換ではムリ。

そこでDG TAKANOが考えたのは「洗う側の蛇口側ではなく、洗われる側の皿で節水しよう」。

洗剤やスポンジを使わずに、すすぎ程度の食器洗いで汚れが落ちる食器を開発しました。当然ながら社内に技術はありません。研究は手探り。食器に特殊塗料を塗ってみて失敗、という試行錯誤の末に、ナノテクノロジーを活用した食器「meliordesign」(メリオールデザイン)」を開発しました。

ここまでは「モノづくり大国ニッポン」らしいお話です。同社が違うのは、この後でした。技術的に高く評価されたけども販売に苦しんだ「Bubble 90」からの学びを活かしたのです。

meliordesignは節水を目的に開発した商品でしたが、製品訴求の段階では、全く別のメッセージを打ち出したのです。

それはこんなメッセージです。

「一瞬で、食器洗い完了」

そして節水や環境問題解決への貢献は、少し触れる程度に留めました。

これは、毎日皿洗いしている人はよくわかると思います。

食器を洗う人にとって最大のストレスは、食器洗いそのものです。シンクにたまった食器を見るだけでストレスになります。

確かに環境問題や節水による節約も大事ですが、優先順位は食器洗いのストレスよりも低いことが多いのです。これはもしかしたら、仕事第一で頑張っておられて家事をあまりしない男性には、イマイチわからないかもしれません。

このmeliordesignは「魔法の食器」として話題になり、売れ行き好調。想定を上回るペースで売れています。

(以上、出典は日経クロストレンド 2024.1号 p.12-14を参考に作成)

この話は、「ものづくりが大事」という考えからなかなか離れられない私たちに、大きな示唆を与えてくれます。

どんなに技術的に素晴らしい商品を開発しても、その商品の価値が消費者に届かなければ売れません。

ここで自分に問うべきなのは、次の2つの問いです。

①「その商品で、最優先課題を解決できる人は誰なのか?」
Bubble 90の「95%節水で水道代節約」の価値を求めているのは、経営者でした。

②「自社が接するユーザーの最優先課題は何で、自社メッセージはどう変えるべきなのか?」
meliordesignは節水が目的でしたが、販促では「一瞬で、食器洗い完了」を訴求しました

技術的に高く評価された商品なのに売れないのは、この問いを怠っているからです。

逆にこの視点があれば、自社技術がなくても、社外から技術を調達することで、ビジネス成功の可能性が高まります。前々回に紹介したように、アップルも社外から技術を調達して、Apple Vision Proを開発・販売しました。

「その商品で、最優先課題を解決できる人は誰なのか?」
「自社が接するユーザーの最優先課題は何で、自社メッセージはどう変えるべきなのか?」

常にこの視点を持ち続けたいものです。

あなたの商品が持つ本当の価値は、当初自分が想定した価値とは、全く違うところにあることも多いのです。

   

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Apple VisionProは世の中を変えるか

https://www.apple.com/jp/newsroom/2023/06/introducing-apple-vision-pro/ より

10日ほど前の2月2日、アップルはVisionProを米国で発売開始しました。VisionProはアップル初のゴーグル型ヘッドマウントディスプレイ(HMD)です。

ゴーグルで目を覆っていますが、本体前面に付いたカメラで撮影した現実の風景を目の前にあるディスプレイに映し出し、CGで合成した画像を重ねて、拡張現実(AR)空間を創り出します。

価格はなんと3499ドル(52万円)。しかし1月の予約開始以来、既に18万台が売れ、初年度出荷台数は30〜40万台と報じられています。

同じゴーグル型HMDでメタ(旧Facebook)のクエスト3は499.99ドル。7倍もの価格です。

価格戦略のキモは「値ごろ感」だと言われています。以下は、ソニーの創業メンバー盛田昭夫さんの有名な言葉です。

「いいモノでも『いいけど高い』、これは買わないよ。『高いけど、さすがだな』は買ってくれる。このニュアンスは月とスッポンだぞ。値付けはこの呼吸が勝負なんだ」

50万円を超える価格は、さすがに『いいけど高い』=買わない価格に見えてしまいますよね。こんな高い商品を出して、本当に売れるのでしょうか?

VisionProが発表されたのは、半年前。昨年2023年6月5日でした。

そのタイミングで、私は永井経営塾の会員限定メルマガでこんなことを書きました。

—(以下、永井経営塾会員メルマガに書いた情報)—

・VisionProに対し、ネットでは「50万円に絶句」「秒で陳腐化する技術分野で50万円出せるモノ好きが何人いるの?」という意見がある。これらは個人の意見としてはよくわかるが、製品戦略的にはやや的外れ。

・アップルが現時点で狙うのは、革新的であれば飛びつく「イノベーター層」(新しもの好き)。

・過去、アップルはユーザーインターフェイス(UI)革新で世界を変えてきた。たとえば、1980年代のマッキントッシュのマウスとGUI、2007年のiPhoneと指先入力。

・VisionProは、もの凄いUI革新を実現した。目・指・声だけで操作できる。これまでのゴーグル型HMD(メタのクエスト3など)は、両手にコントローラーを持つ必要があった。

・アップルが凄いのは、最新技術と、最新技術に必要なCPU能力やメモリーの成熟度を見極め、ベストタイミングで実用的なUIを市場に出し、一気にブランド認知を確立する点。UI革新が最優先。自前技術にこだわらず、必要ならどんどん外部から調達する。

・ここが、アップルがイノベーターとして高く評価される点。アップルはインベーター(発明家)ではない。あくまで市場を変えるイノベーターだ。

・iPhoneが成熟したのは3代目の3GSから。アップルはイノベーターのフィードバックを元に機能を強化し、3代目あたりでアーリーアダプターに顧客を広げ、キャズム越えを狙う。恐らく2年後(2026年)のVisionPro 3代目あたりで、世の中に本格的な変化が起こる。

・競合のメタ・クエストより高い価格になった理由は、解像度。メタの視野角は100度で解像度は773ppi。VisionProの視野角は160度で解像度は3400ppi。恐らく没入感がまったく違う。

・ハードウェアによるユーザー体験の大切さを知り尽くすAppleは、自前のハードウェアに徹底的にお金を掛ける。そしてアプリはエコシステムでパートナーに作ってもらうのが、基本戦略だ。

—(以上、永井経営塾会員メルマガに書いた情報)—

上記から半年後の今年2月2日、実際に発売されたVisionProはどうだったのでしょうか?

新聞やニュースなどで、実体験した人の話を見ると、やはり皆さん興奮した様子で「没入感が凄い」とおっしゃっています。

目に前に広がるディスプレイに映されたモノを指でつまむと選択され、声で操作できるなど、操作は驚くほどスムーズ。iPhone/iPadなどのアプリもそのまま使えます。

さて、マクルーハンは歴史的名著「メディア論」で、「熱いメディア」と「冷たいメディア」という概念を提唱しています。

【熱いメディア】情報の量が圧倒的に多く人が補完して解釈する余地が少ないので、人の参与も低いメディア。代表的なのはラジオ。

【冷たいメディア】情報量が少なく人の全感覚を支配するほどではないので、意識的に集中し、情報を補完して解釈する必要があるメディア。代表的なのはテレビ。

ちょっと混乱しますが、わかりやすく補足すると、マクルーハンが言う「情報量」とは、「感覚を支配するかどうか」であって、メディアが流す絶対的な情報量のことではありません。

テレビは「何かをしながら見る」ということはできません。意識的に「テレビを見るぞ」と集中して、情報を脳で補完しながら見る必要があります。だからテレビは意外と「冷めて(クールに)」見てしまいます。

ラジオは耳から自然に入り聴感覚を支配します。意識せず、つまり情報を脳で補完することなく、「何かをしながら」でも聞くことができます。そしてラジオなどで熱く語ると、その人の情熱はダイレクトに伝わります。だから『熱いメディア」です。

メタのクエストは、ディスプレイの解像度が低く、しかもコントローラーが付いていました。情報を脳で補完しまくる必要がありました。その意味では感覚は支配されない「冷たいメディア」といえるかもしれません。

VisionProは、解像度は4倍も高く、しかも脳の補完は最小限になるように、視線や手、声で自然に操作できます。まさに「熱いメディア」になり得る可能性大です。

このように考えると、VisionProの可能性が見えてくるのではないでしょうか?

iPhone同様、様々な分野で、従来のやり方を根本的に変え、人々を本格的なデジタル空間への没入体験へと誘(いざな)うゲームチェンジャーになり得る可能性を秘めていると思います。

一方で、VisionProの課題もあります。それは重量。

600gあり、長時間装着すると肩が凝ってしまうそうです。これから2〜3年間で、200〜300g程度に軽量化され、さらに低価格になれば、爆発的に普及する可能性もあります。

ちなみに現在は米国のみの販売。米国以外の地域は2024年下半期とのことです。実機を触るのが楽しみです。

   

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銭湯代行業が若者を魅了、売上4倍

日本には「斜陽産業」と呼ばれる業界がいろいろとあります。その筆頭の一つが銭湯でしょう。銭湯の数は、1968年は17,999軒。2023年は1,755軒。なんと1/10に落ち込んでいます。

銭湯入浴料は物価統制令で都道府県ごとに上限あり、東京は520円。自由に価格を上げられません。さらに経営者の高齢化や、最近はエネルギー価格の高騰で、廃業が相次いでいます。

しかしこの銭湯業界で、まったく新しい挑戦をしている会社があります。

2023年9月29日のテレビ東京「ワールド・ビジネス・サテライト」で、その会社の紹介をしていたので、紹介したいと思います。

この会社は「ニコニコ温泉」という銭湯の経営代行を手掛ける会社。

たとえば品川に「東京浴場」という銭湯があります。70年の歴史がありましたが、経営者の高齢化で、4年前に閉店しました。

そこでニコニコ温泉は、銭湯のオーナーに賃料を払って「東京温泉」の経営代行を始めました。

この銭湯、午前2時まで営業しています。取材した時間帯は夜でしたが、客は全員20代。お客は「仕事を終えて、風呂を浴びるとサッパリする」「週3回来る」。

ひと風呂浴びた後は、マンガなど7000冊ある巨大な本棚。さながら非日常な秘密基地で、お客はゆっくりマンガを読んだり、大学の課題などをやったりしてくつろいでいます。

さらに売上アップする様々な工夫をしています。

たとえば周囲を気にせずに入れる一人用サウナを設置。90分で1100円ですが利用が多く、これで月70万円の売上です。

さらに風呂上がりに、クラフトビール飲み比べセット980円や、SNS映えするクリームソーダ550円を提供しています。

銭湯のロビーの一角には、お客さんが本などを販売できる幅30cm程度の棚があります。名付けて「フロナカ書店」。全部で70個あり、月額4000円で貸し出しています。

こうしてお客の増加と入浴料以外の収入で、売上4倍になりました。

経営代行をするニコニコ温泉・真神友太郎社長は、船井総研で旅館や温浴のコンサルタントを15年間行ってきました。そして7年前に、銭湯の経営代行業を立ち上げたのです。

番組で真神社長はこうおっしゃっています。

「銭湯は小さいので、利益が出やすい。オールナイト営業などもできる。地方で24時間コンビニが成り立つのと同じ」

「銭湯のオーナーさんにとって、銭湯は先祖代々の大事な資産です。だから手放せないし、家族に引き継いでいきたい。でも経営がキツいのが悩み。そこで私たちが賃料をオーナーに払って、経営代行を行っています。銭湯の運営を任せてもらうわけです。銭湯オーナーさんとのWin−Winになります」

これは星野リゾートとまったく同じビジネスモデルですね。

ホテルは「ホテルという資産」を持つ不動産経営の側面と、「ホテルの運営」というサービス業の側面があります。日本では、従来の多くホテルは、両方手掛けてきました。

星野佳路社長は「いずれホテル経営の負荷に耐えられずに、経営を手放すホテルが増える」と読み、1990年代に星野リゾートの不動産を手放し、ホテル経営に特化することにしました。資産を手放したおかげで身軽になり、俊敏に経営を策定して実行できるようになりました。OMOやBEBなどの新ブランドを次々と立ち上げられるのも、このためです。

ニコニコ温泉も、銭湯という不動産を持たずに、「銭湯経営代行」という新しいビジネスモデルを立ち上げているわけですね。

番組では、ニコニコ温泉が手掛ける昭島の富士見湯の取り組みも紹介されていました。

ここは22時間営業ですが、燃料代高騰が経営を直撃しました。燃料を薪にして乗り切ろうとしましたが、ガス代が2倍になって吸収できません。

そこで無料だったサウナを、整うことに集中してもらう空間「暗闇瞑想サウナ」にリニューアル。300円にした結果、サウナの売上は月0円から100万円にアップしました。

さらに何もなかった屋根の上に、外気浴できる有料スペース「展望休憩所」を作りました。利用者は「外の空気が感じられてとても気持ちいい」。200円ですが、サウナ客の半分がここを利用します。他にも、有料の寝転びゾーンを作ったりして好評です。

また浴場の中にあるタイルを、イラストやマンガ・写真の展示に使う試みも始めています。実際に展示した人たちからは「有償でいいからやって欲しい」との声も上がっています。

こうして何もなかった場所を稼ぎ頭にして、経営引継ぎ前と比べて、売上は7倍になりました。

銭湯の面積は狭いのですが、天井は高く作られています。こうした空間を全て使い倒せば、すべて売上に使えるわけです。一つ一つの取り組みの積み重ねが、黒字化に繋がっていくわけですね。

このニコニコ温泉、若い世代の働き手が集まっています。

アルバイトの半分が20代を占めます。あるアルバイトの方(29歳)は「35歳までに店を持ちたいと思って準備している」。またある銭湯を任されている店長は、ニコニコ温泉のSNSを見て脱サラしました。

真神社長はそんな若手社員に、仕事の合間に経営のノウハウを伝える「経営塾」を行っています。「短所を伸ばしても効率が悪く結果がでない。だから、長所を必ず伸ばす」というようなことを、時間を決めてオフィスにいる若手社員に伝えてます。

真神社長は「モチベーションが高いので、自分が思いつかないようなアイデアを次々と出してくれる。休憩ゾーンとかサウナ、タイルも、そうやって出てきたアイデアです」

ニコニコ温泉はまだ4店舗と小さなベンチャーですが、実に学びの多い挑戦です。

衰退産業には、実は大きな可能性が眠っていますし、視点を変えれば、売上の機会は至る所にあり、お客様は喜んでお金を払います。

さらにモチベーションが高い職場を作ることで、トップが思いつもかないような斬新なアイデアが次々と湧きだしてくるようになります。そうした組織づくりそのものが、経営戦略になりえるのですね。

   

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ハリウッドのストは、自分ごとで考えよう

映画の都・ハリウッドで、脚本家と俳優によるストライキが続いています。

日本から見ていると「AIの台頭に反対しているなんて、古いよね」「昔のラッダイト運動と同じだ」という意見もよく聞かれます。

実際のところ、どうなのでしょうか?

そのことがよく分かる記事があります。2023年8月7日(月)の日経産業新聞に掲載された下記記事です。

「動画配信番組の待遇改善を」米映画スト、日本人俳優に聞く

ハリウッドで活躍する日本人俳優・松崎悠希さんへのインタビューです。

映画俳優は常に仕事がある訳でないので、印税収入という仕組みがあります。
映画に出演すると、TV放送やDVD化で二次使用料として印税が入ります。

松崎さんは映画「硫黄島からの手紙」の出演料は280万円、TV放送やDVD化の印税は700万円でした。

しかしNetFlixなどの配信はブラックボックス。出演料はやや高めでも印税は少ないのです。DVDから配信に変わって、松崎さんの収入は激減しました。

さらに映画製作会社は、AI俳優化を進めています。
自分の姿が360度スキャンされ、映画に使われるわけです。

スキャンで支払われるのは1日分のギャラですが、そのデータを印税の取り決めもせずに映画製作会社は永遠に使えるわけです。こうなると、俳優の仕事自体が消滅しかねません。

現在のAIテクノロジーでは、良質な学習データが不可欠です。しかし映画製作会社は、学習データの取扱いがグレーなまま、われ先に大量の学習データをかき集めています。そしてこれは映画俳優の生活を根こそぎ奪いかねないわけです。長期的な視点で考えると、これは映画ビジネスの将来にとって決してよいことではありません。

このことに危機感を感じたクリエイター側が声を挙げているのが、現在ハリウッドのストで起こっていることです。

AI台頭に伴って、AIがもたらす果実をいかに公正に配分する仕組みを作るか、ということが、現在ハリウッドのストで起こっていることなのです。

歴史を振り返ると、実は同じ事が繰り返されています。それが著作権です。著作権は英語でcopy rightと言います。「複製する権利」という意味ですね。

印刷技術が出現し、本が無秩序に複製されるようになりました。そこで著者に一定期間の権利を与えて、その間に印税などで複製した売上の一部を印税として支払う仕組みができました。

松崎さんが出演した映画も、ソフトウェアも、あるいは私の著書も、この著作権により印税が支払われています。

人類の歴史では新たなメディアが生まれる度に、喧々ガクガクの議論をした末に、この著作権や印税を新解釈することで、価値を共有する仕組みが導入されてきたわけです。

今回議論されているAIの学習データについても、同じことが起こる可能性があります。

AIはあまりにも急に成長を続けています。現在のビジネスの仕組みでは追いつけない部分が多々あります。だからこそ「AIに学習させる学習データの権利をどのように公正に分配するか」という視点で考えると、私たちもビジネスでも同じ問題があるのではないでしょうか。

ハリウッドのストは、決して対岸の火事ではないのです。今こそ自分ごとで考えることが必要なのです。

   

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監視技術は、人類の価値観を変える?

2023年6月30日の日本経済新聞一面に、こんな特集がありました。考えさせられる内容でした。

『テクノ新世 「ビッグ・ブラザー」姿現す日』

ポイントをピックアップすると…

・中国の監視カメラによる監視技術が、アフリカ諸国などに浸透中
・中国は政府主導で、この2005年以降40ヶ国に輸出
・西側諸国は「監視技術? プライバシー侵害でイヤだよね」となりがち
・アフリカ諸国は「中国製のカメラで監視?別にいいよ。犯罪がなくなり暮らしやすくなった。何が問題?」
・作家オーウェルは1949年にディストピア小説「1984年」で、あらゆる言動を国家が監視する近未来を描いた。しかし今や監視社会は安心安全の理想郷の姿を装う
・一方で使途を逸脱すれば権力の暴走の危険もはらむ。法の支配と人権の配慮は?

…という内容です。

歴史の経緯を考えると、悩ましい問題ですね。

西側諸国もかつて犯罪が多発してきました。しかし数百年間かけて「犯罪は厳罰」「倫理的に振る舞うべきだ」という価値観が徐々に浸透して、信頼社会が構築されました。

しかしデジタルの仕組みを使えば、すぐに「犯罪すると損」という社会が構築できます。そして国民も「安心して歩けるようになった」と歓迎しています。

監視技術を導入する国は、西側諸国から「権力の暴走を生む」と言われてもピンとこないでしょう。国内犯罪は減りますし、政権側からすると権力強化はむしろ歓迎されるかも知れません。

監視技術を輸出する中国政府は、彼らの課題に確実に応えているわけです。中国政府からすると「みんなハッピーで、誰も困っていないじゃん。何が悪いの?」なのかもしれません。

00年代に中国で電子マネーが普及した時のこと。アリババが電子マネーの決済履歴を活用し、融資の際に借り手の信用度を貸し手に提供する「芝麻信用」というサービスを始めました。

「個人情報を勝手に使うのってダメでしょ」と思われがちですが、信用スコアが高い人は有利な条件で融資を受けられるので、利用者は積極的に情報を提供したそうです。現実的な判断ですよね。

一方で西側諸国がこのような監視技術を懸念しているのは…

・よき振る舞いは、倫理観に基づくものなのか?
・よき振る舞いは、損得勘定に基づくものなのか?

この辺りの価値観の違いが生まれてくる懸念が、根底にあるのかもしれません。

「損得勘定でよき振る舞いをしよう」という考え方は、「損しなければ、勝手に振る舞ってもいいんだ」となりがちです。

現在、デジタル監視技術を導入しているのは、人口が急増する発展途上国です。デジタル技術の活用で、従来の西側諸国とは違う価値観を持つ国が、急速に増えつつあることに対する不安が背景にあるようにも思います。

そして50年〜100年後に振り返ると、人間の価値観が大きく変わっていく過渡期がこのタイミングなのかもしれませんね。

   

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クルマの製造コスト半減に挑戦するテスラ

Tesla発表より

2023年3月、テスラがEVの新しい生産方法「Unboxed Process」を発表しました。これでEVの生産コストが半減する、と言っています。

2023年6月1日の日経産業新聞に詳しい解説記事がありますので、これを参考に見ていきましょう。

とてもひらたく言うと、Unboxed Processとは、車を6つのモジュールに分解し、各モジュールを組み立てて、最後に完成車を作るという方法です。

従来の車作りは、シャーシ(骨格)とボディ(車体)が一体化した車両構造(箱)を作り、そこに外板を取り付けていく、という流れ作業のプロセス。基本は100年以上前のT型フォードの生産方式と同じです。世界に名だたるトヨタ生産方式も、基本的にこの方法です。車の基本的な生産方式は、100年間変わりませんでした。

テスラのUnboxed Processは、名前の通り「箱」を作らずに、6つのサブラインで各モジュールを作り、最後にメインのラインで完成車を組み立てます。

この結果、作業性が向上します。たとえてみれば、ユニットバスのようなものです。マンションで風呂を作り込むのではなく、工場でバス設備一式を予め作っておき、マンションで組み立てて設置する感じです。

テスラはこれで大幅なコスト削減を狙っています。テスラは、現在の最廉価版EV「モデル3」と比べて半額のEVを作ろうとしています。そのためのコスト削減なわけですね。

一方で自動車の専門家は「コストはさほど下がらないのでは?」という意見。組立て工程コストは5割減らせますが、部品・材料を考えるとそれほどならないし、モジュール接続の材料で高くなる部分もある、と指摘します。

一方で工場の専門家は「組み合わせ型からモジュラー型に移行することで、コスト半減の可能性は十分ある」との意見です。実際、パソコンやデジタル家電はまさに同じ事が起こっていますね。

ちなみに7月の朝活永井塾のテーマ「学習する組織」で、経営学者ピーター・センゲはこんな事例を紹介しています。

米国自動車会社の重役が日本の自動車会社の工場を見学しました。 その重役は「本物の工場は見せてくれなかった」と不満顔です。在庫がなかったからです。

重役曰く、「私は製造業に30年携わってきたからわかる。在庫ゼロなんて視察用の芝居に決まっている」

その工場とは、在庫ゼロを実現したあのトヨタ生産方式の工場でした。「工場には在庫がある」と思い込む彼の目には、その後、米国自動車会社を圧倒した最新工場の真の姿が見えなかったのです。

業界への新規参入者は、ときに想像を超えた手を打ってきます。しかしその手は、業界で昔からやってきた人には非常識かもしれませんが、新規参入者にとっては当たり前の常識であることも多いのです。

テスラも、自動車業界の常識には囚われません。

たとえば今では多くの自動車メーカーが取り組んでいるソフトウェアでクルマの機能を追加するOTA (Over The Air)という技術も、もとはテスラが始めたものです。

長年自動車に関わってきた技術者は「クルマの機能追加は、カーディーラーで行うべき」と考えるのではないでしょうか? クルマの機能追加を無線ネットワークで更新するなんて発想は、なかなか難しかったでしょう。

しかしイーロン・マスクが熟知するIT業界では、ネットワーク経由での機能追加は常識。イーロン・マスクは、彼にとっての常識を自動車業界で行っているだけなのかも知れません。

これは新市場を開拓する際に、私たちも参考にすべき考え方だと思います。

自分たちが熟知する常識が、その新市場では非常識であれば、それは大きな武器になり得る、ということです。

テスラの挑戦は、私たちもぜひ参考にしたいものです。

  

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「AIでバックオフィス職30%削減」のIBM発表から学べること

世界の金融ニュースを配信するBloombergでこんな記事が掲載され、大きな話題になっています。

「AIが5年で代替へ、バックオフィス職の30%-IBMのCEO予想」

ポイントをまとめますと、

・IBMのクリシュナCEOは5月1日のインタビューで、AIで代替可能な職務は、今後数年間、新規採用を一時停止すると言明

・バックオフィス部門(人事など)で顧客に接しない業務に携わる従業員26,000人のうち、5年間で30%がAI/自動化で代替すると想像→雇用7,800名に相当

私は長年IBMに勤務してきて感じることは、IBMが経営で取り組んでいることは、ほぼ5-10年遅れで世の中に波及していく、ということです。たとえば…

・全社統一CRM
 → IBMでは90年代にプロジェクト開始、00年頃から運用 → 日本では00年代後半から本格化

・コモディティ化した事業の売却
 → IBMではlenovoへのPC事業売却は2004年 → 日本では10年代から本格化

・オフショア化(インドなどへのリソースシフト)
 → IBMでは90年代前半に試行、00年代から本格化 → 日本では00年代後半から本格化

・人事評価へのAI活用試行(ワトソン)
 → IBMでは10年代前半から試行 → 日本では現在試行開始?

IBMで一貫しているのは、徹底した事業の効率化とムダの削減です。現場の努力に頼らずに、トップダウンで仕組み化して効率化を進めているのです。さらにIBMは先進AIテクノロジーも持っています。

そんなIBMが「この5年間でAIによって多くの職務を代替する」とCEO自ら言明しました。今後5-10年で、AIによる職務代替は確実に本格化していくでしょう。

では、何が残るか? そのヒントもインタビューに書かれています。

・(クリシュナCEOによると) 具体的には人事業務のうち、雇用証明発行、部署間人事異動は自動化される。一方で従業員構成や生産性評価などは今後10年間で代替されないと予測。またソフトウェア開発部門と顧客対応業務での採用は継続する

つまり事業戦略に関わる業務、開発業務、顧客に直接接する業務などは、AI時代でも価値を生むということです。むしろこれらの業務は、AI活用で著しく価値を高める可能性もあります。

人類の歴史は、テクノロジーの進化とともにより大きな価値にシフトしていった歴史でもあります。たとえば…

18世紀… 産業革命で動力が生まれ、奴隷制度がなくなり、第二次産業が生まれました。

19世紀… 蒸気機関車が生まれ、駅馬車がなくなり、大量消費社会が生まれました。

20世紀… コンピュータが生まれ、計算業務が消滅し、知識労働が生まれました。

今回の発表も、この流れの中にあるのだと考えると理解しやすいかもしれません。

問題は、私たちビジネスパーソンがこの時代の激流の中にあってどうするか、です。これは抽象的な言い方になりますが、結局は「お客様が必要としている、自分だけの価値」を提供することに尽きるのではないか、と思います。

AIが異次元の進化をしているいま、自分自身のマーケティング戦略が問われる時代になったとつくづく感じます。

 

引用記事リンク  「AIが5年で代替へ、バックオフィス職の30%-IBMのCEO予想」(Bloomberg.com)

 

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宇宙ロケットの各社失敗から学べること

この数ヶ月で宇宙関係の失敗のニュースが続きました。

昨年10月18日 JAXAのイプシロン6号機、打ち上げ失敗。

3月7日 JAXAのH3初号機、Ⅱ段目が着火せずに打ち上げ失敗。

4月20日 イーロン・マスク率いるスペースXの「スターシップ」が、第2段目を分離できず地上からの指令で空中爆発。

4月26日 宇宙ロケットではありませんが、ispaceの月面着陸失敗。(成功すれば民間企業として世界初)

注目したいのが、その後の対応です。

■JAXAのイプシロン:JAXAで原因究明中。原因を「ダイアフラムシール部からの漏洩」と特定。今後の原因是正処置を検討中。次回打ち上げ未定。

■JAXAのH3:原因絞込み中。現行のH−ⅡAへの影響評価も継続。次回打ち上げ未定。

■スペースXのスターシップ:数ヶ月後に次回テスト。当初から「成功確率は半々」と言っていました。今回の失敗でもイーロン・マスクは「次のテストに向けて多くのことを学んだ」と述べています。もともとスペースXは、当初は打ち上げは失敗続きでしたが、失敗からデータを取得して地道に改善を続けたことが今のビジネスに繋がっています。(ちなみにスターシップは、人類の火星移住のために開発された完全再使用型の超大型ロケットで、従来ロケット比で打ち上げコスト1/100を目指しています)

■ispace: 袴田CEOは会見で明るい顔で「着陸するまでのデータを取得しているのは非常に大きな達成で、次のミッションに向けた大きな一歩だと考えている」。今回得られた知見を活かし、2024年に2回目、2025年に3回目の着陸船打ち上げを計画。将来的には月面への定期輸送サービスの収益化を目指します。


いまや宇宙開発は、日本の国策です。JAXAや関連企業で、現場で宇宙開発に携わっておられる技術者の皆様の苦労は大変なものとお察しします。

しかしその一方で、いくら完璧を目指して検討を重ねても、机上でできることには限界もあります。実際にやってみることで、多くの学びが得られます。

そして宇宙ビジネスは競争が激化し、スピード勝負の世界になりつつあります。

高いリスクがある競争をスピードで制するためには、迅速に仮説を立てて→すぐ実行し→迅速に学んで対策を立てて→また試すこと。これに尽きます。

スペースXやispaceは、この大切さを知り抜き、現場からの学びを重視するアプローチを徹底しています。

JAXAも現在の「完璧な計画を立てる」というアプローチを、大きく見直すべき時期に来ているように感じます。

同様に「完璧を期す」という新規事業のアプローチを変えないばかりに、なかなかビジネスが立ち上がらない企業も多いように感じます。

あなたの会社は、スペースX/ispace型でしょうか? JAXA型でしょうか?


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ChatGPTから、ナレッジを守れ

ChatGPT3が話題ですが、早くも先週、バージョンアップ版のChatGPT4が発表されて使えるようになりました。

実際にCharGPT4を使ってみると、これまでのChatGPTで不満に思っていた部分がかなり解消されています。伊藤穰一さんはYouTubeで「感覚的には、ChatGPT3がまぁまぁ頭がいい小学生だとしたら、ChatGPT4は大学生レベル」とたとえておられましたが、全くその通りだと思います。

ChatGPT3は、これまでの常識を超えて人間並みの回答をしていました。でも間違いもありました。
CharGPT4は、より長い文章をより深く理解できます。

いまSNSなどを見ていると、テック系の方々が夢中になってChatGPTの様々な使い方に挑戦しています。それらを見ていると「こんなことができるのか!?」と驚くばかりです。

ChatGPTに限らず、今後もAIは機能強化が続いていくでしょう。

このような世の中になって、私たちは情報発信戦略も改めて考え直す時期に来ているように思います。

これまでのネットの世界の常識は、「情報はネット上でどんどん発信しよう」でした。この考え方の前提は、「デジタル情報で表現できる知識は形式知だ。形式知情報をどんどん発信しても、それらを統合してまとめ上げられるのは自分だけ。だから情報発信しても大丈夫」でした。

しかしいまやAIの機械学習は、ChatGPTのように、私たちが発信した情報を取り込んでまとめ上げることが出来るようになっています。情報発信の前提が崩れているわけです。

今後、ネット上の情報は、確実にAIの機械学習の対象になります。わかりやすく言えば「貪欲なAIの餌」になるわけです。あなたが頭を捻って考え出したオリジナル情報も、AIの学習対象になって取り込まれ、AIがあなたに成り代わって世界中の人に受け答えするようになる、ということです。

こうなると「情報発信はメディアを選ぼう」という戦略が必要になります。
これから企業や個人では、AIの機械学習からナレッジを守る戦略が必要になっていくと思います。これまでの「なんでも情報発信しよう」というおおらかな情報戦略から、今後はしたたかな情報戦略への転換が求められているのです。

ちなみにChatGPT社内使用については、既にソフトバンク、富士通、アマゾン、みずほFG、JPモルガンなどは、社内でChatGPTを使用制限したり使用禁止にしています。ChatGPTは、ユーザーの質問も学習しています。業務上の質問をすると、業務上の機密がダダ漏れしてしまうわけです。「これは困ったことになる」と判断した企業は、使用禁止にしているわけですね。一方でパナソニックコネクトのように、マイクロソフトと「入力情報をAI学習などに二次利用しない」という契約を結んだ上で、社内活用する会社もあります。

「ChatGPTをいかに活用するか」という攻めの戦略も重要ですが、同時に「ChatGPTからいかにナレッジを守るか」という守りの戦略も早急に必要だと思います。


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「SDGsって、結局金儲けしたいんでしょ」というご意見

最近は、私たちの日々の仕事でもSDGsについて色々と言われるようになりました。

一方でこんな話しもあります。

「SDGsで騒いでいるのは日本だけ。欧米はそんなに騒いでないよ。グーグルトレンドで調べても、いまSDGsを検索しているのは日本だけだし」

実は日本は、SDGsの流れに周回遅れなのです。

もともとSDGs(持続可能な達成目標)は、2015年の国連サミットで採択されたものです。17の目標がセットされて2030年達成を目指し、多くの企業が一斉にSDGs達成に走り始めました。

欧米社会では00年代の中頃からSDGsに向けた合意形成が始まり、2015年のSDGsに繋がっています。競争戦略を提唱していたあのマイケル・ポーターも、2011年に「社会課題の解決と、企業としての経済的価値の両立を目指すべきだ」としてCSV (共有価値の創造)を提唱しました。

しかしSDGsは採択された2015年頃、日本企業の反応はこうでした。

「SDGsって何? 17の目標って何のこと?」

しかしいまや欧州などでは、SDGsに取り組み姿勢を見せていない企業は、そもそも取引に参加できなくなっていますし、SNSでも叩かれます。

ここ数年で、お尻に火がつき始めました。

だから日本ではSDGsを検索する人が多く、海外で検索する人が少ないのでしょう。 これって、今さら「スマホ」とか「インターネット」を検索する人はほとんどいないのと同じですね。

一方で、こんなご意見もあります。

「でもさ、きれい事を言ってるけど、要は金儲けしたいんでしょ」

このご意見へのお答えは、「まさしくその通り。で、それで何か問題がありますか?」

この底流に流れているのは、「社会課題解決の収益化」というしたたかな問題意識と算盤勘定です。

一例を挙げると、「人類を救う起業家」と言われてきたあのイーロン・マスクもそうです。

2006年8月2日に、彼が書いた「ここだけの話し」というブログがあります。結構長いのですが、要約してみましょう。

彼は、まずテスラの戦略を述べています。

「テスラの計画は、まずスポーツカーを作り、そのお金でハイエンドのファミリーカーを作り、そのお金で大衆車を作る。」

実際にその後、テスラはセレブ向けのロードスターを作り、2012年にはリッチ層向けのモデルSを作り、2019年には大衆向けのモデル3を作りました。

ただ、このブログを書いた2006年当時のエコカーの代表格はプリウスでした。そこで彼はさらにこう述べています。

「しかもテスラのEVは、石油を使ってもエネルギー効率はプリウスの2倍だ。EVは、火力発電所(高エネ効率60%)の電気を使う。プリウスは、エンジン(エネ効率は25%で劣る)で電気を起こす。現在の化石燃料を使っても2倍の効率。今後、テスラは太陽光発電のソーラーシティの電気を使えるように展開するので、100%自然エネルギーになる」

人生をかけて「地球を救う」と真剣に考えるイーロン・マスクは、収益化によって自分のビジネスを持続可能にすることも真剣に考えているのです。

このように、SDGsで必要なのは「社会貢献と利益の両立」です。

人間は空気と水がないと生きられませんが、空気と水のために生きているわけではありません。

同様に企業も、利益がないと存続できませんが、本来は利益のために生きているわけではありません。

SDGsは、改めて私たちにビジネスのあり方を深く問いかけているのです。

御社はSDGs達成のために、どんな貢献を行いますか?


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ChatGPTって使えるの? 私の仕事なくなるの?

この1週間でChatGPTがメディアに取り上げられることが急に増えました。私の周囲にいるIT関係者の間でも、いま一番ホットな話題です。

そもそもChatGPTとは何でしょうか?

『ChatGPTは、OpenAIが開発した自然言語処理の大規模なAIモデルです。人工知能による自然な会話ができ、文章の生成や回答、文章の意図理解などを行います。様々な分野において活躍し、自然言語処理の発展に寄与しています。』

上の『』の文章は、Chat GPTに『ChatGPTを知らない人にも分かりやすく100文字で紹介してください』と質問して、ChatGPTが数秒後に返した文章です。

ちょっと驚きですよね。人間が調べるよりも速いし、日本語もAIが作ったとは思えないほど自然ですね。

このChatGPT、無料で使えます。登録もカンタンです。

たとえばこんな質問をしてみました。

質問①『永井孝尚が主催する「永井経営塾」を、中小企業の経営者向けに効果的に宣伝するメッセージを100文字以内で作って下さい。』

回答は下記でした。

回答①『永井経営塾で、あなたのビジネスを成功へ導きましょう。中小企業の経営者向けに、永井孝尚が直接指導する、現場に即した経営トレーニングを提供します。創業期からの経営課題や成長戦略にも対応。自社の強みを最大限に生かし、競争力のあるビジネスを築きましょう。』(123文字)

試しに、顧客ターゲットを中小企業経営者から企業のマネジャーに変えてみました。

質問②『では永井孝尚が主催する「永井経営塾」を、企業のマネジャー向けに効果的に宣伝するメッセージを100文字以内で作って下さい。』

回答は下記でした。

回答②『永井経営塾で、あなたのマネジメント力を飛躍的に向上させましょう。企業のマネジャー向けに、永井孝尚が直接指導する、実践的な経営トレーニングを提供します。人材育成、組織開発、戦略策定など、経営に必要なスキルを効率的に学び、即戦力として活躍できるようになりましょう。他社に差をつけるマネジメント力を手に入れ、キャリアアップを目指しましょう』(166文字)

このまま使えそうなレベルの文章が戻ってきました。
回答①と②を比較してみてください。
ちゃんと経営者とマネジャーの関心テーマを使い分けているあたりがニクいですね。(文字数オーバーですが、そこは大目に見ましょう)

3月の朝活永井塾で取り上げる道元についても質問してみました。

質問③『道元が書いた正法眼蔵を分かりやすく100文字で紹介する文章を作って下さい。』

回答③『正法眼蔵は、鎌倉時代に禅宗の僧侶・道元によって書かれた禅の教典です。直接的な言葉で表現できない禅の世界を、独自の表現力で描写しており、広く禅の教えの根本として受け継がれています。禅の初心者から熟練者まで幅広く読まれる書であり、現代においても、その智慧や啓示は多くの人々に愛され続けています。』

的確なサマリーですね。唸ります。

ただ、要注意の回答もあります。

質問④『内田和成著「論点思考」について100文字で紹介してください』

回答④『「論点思考」は、内田和成による論理思考の入門書です。本書では、問題解決に必要な論理的思考力を養うための手法や、議論の基本的なルールについて解説しています。また、著者独自の視点から、日本人が持つ「仏教的な思考回路」や「情動的な思考回路」の問題点にも触れ、より論理的な思考を身につけるためのアドバイスを提供しています。読者が自分で考え、意見を主張する力を身につけるための一冊です。』

それらしい回答です。でも間違いも多いですね。「おいおい、キミは本を読んでいないだろう」と言いたくなります。

実は、ChatGPTが凄いのはこの後です。こんな質問を返しました。

質問⑤『その答えは間違いです。この本で書かれている論点とは「解くべき問題」であり、論点思考とは「解くべき問題を定義するプロセス」です。本書のメッセージは「論点の設定を間違えると、いくら頑張っても、成果は出ない」ということであって、仏教的な思考回路などの問題点は指摘していません。ちゃんと調べて、100文字以内で紹介してください。』

回答⑤『おっしゃる通りで申し訳ありません。内田和成著「論点思考」は、論点の設定方法について詳しく解説しています。論点とは、解決すべき問題や課題の本質を捉え、それに対する答えを探求するために必要な枠組みです。本書では、論点の設定の重要性や方法、具体的な例を紹介すると同時に、論点を明確にすることで、自分や他者との議論がより建設的になることを伝えています。読者が自分で考え、問題を解決するための一冊です。』

実に素直ですね。ちゃんと反省して、ほぼ正解になりました。

そこで改めて質問④をしてみました。

質問⑥『内田和成著「論点思考」について100文字で紹介してください』

回答⑥『内田和成著『論点思考』は、問題解決に必要な論点を明確に設定することの重要性とその方法について解説しています。論点とは、問題の本質を捉え、その解決策を探求するための枠組みであり、その設定が正確でなければ解決につながらないと内田氏は主張します。具体的な例を用い、論点思考の重要性や効果的な方法を紹介しながら、自分自身や他者との議論においても論点設定を意識することで、より建設的な解決が可能となることを示唆しています。』

なんと、ちゃんと学習しています。ほぼ満点の回答です。

私の感想ですが、現時点では、アウトプットをそのまま使うのはちょっと怖いですね。

感覚的にいうと、上司から質問されると、とりあえずネットでそれらしい答えを検索して答えるような、ちょっとズルくて要領がいい見習いリサーチャーが相棒になった、という感じです。

だから手間は大きく削減できます。そしてこちら側にチェックする力があれば、それなりに使えます。

加えて、質問に対するアドバイスで素直に学習して、精度を上げていく能力もあります。しかも人間と違ってコンピューターは忘れません。疲れることも知りません。時間の経過とともに常に学習し続けて、どんどん賢くなっていく可能性が高いでしょう。(ただ間違った思想やフェイクニュースを正しいと学習してしまうという怖さもあります)

ChatGPTを開発したのは、オープンAIという会社です。この会社にはマイクロソフトが出資していて、同社のオフィス製品にもこの機能を搭載する予定だそうです。

さて、とうとうこんなAIが登場してしまいました。
私たちのホワイトカラーの仕事はかなり代替されそうです。

では私たちビジネスパーソンは、どうすればいいのでしょうか?

ここで参考になるのが、既に数年前にAIの猛威を受けた将棋や囲碁の世界です。
AI開発企業のDeepMind社が開発したAlphaGoは、既に2017年に人間の世界トップ棋士に勝っています。

一方で、弱冠20歳にして将棋五冠(竜王、王位、叡王、王将、棋聖)に輝く藤井聡太さんは、早い時期からAIを活用し、経験をAIで補って素養を開花しました。

この藤井聡太さんの成長と活躍は、AI時代に私たちがどのようにAIを活用するかを見せてくれます。

ありていにいえば、「AIを使い倒した人が勝つ」ということです。

ChatGPTを体験すると「AIって凄いなぁ。人間の価値とはなんだろう?」と思ってしまいますが、実はAI自体は、まったく何も考えていません。

哲学者ジョン・R・サールが提唱した「中国語の部屋」と呼ばれる思考実験をご存じでしょうか?

まず、中国語を理解できない英国人を、小部屋に閉じ込めます。
小部屋には小穴があって、外と紙切れだけをやり取りできます。
外から中国語の文字列が書かれた紙が差し入れられます。
英国人の彼には、「●×△□※★」という記号にしか見えません。
彼の手元には、どんな質問にも答えられる分厚い中国語の辞書があります。
辞書には各記号に対応した、別の記号が書かれています。
彼の仕事は、紙に書かれた記号に対応する記号を辞書で見つけること。
そして、紙に書き足して小穴から戻すことです。
こんな感じです。「●×△□※★」→「■▽→※」
小部屋の外にいる人はこう思います。
「この小部屋の中に、中国語を理解する博識の人が入っているぞ」
しかし英国人は、中国語も質問の内容もわからず、定型作業をしているだけです。

実は現代のAIがやっているのは、基本的にこの「中国語の部屋+英国人」と同じです。これをとてつもないスケールで巨大クラウド上でやっているだけです。ChatGPTも例外ではありません。

ですから過度に恐れる必要はありません。
ChatGPTといえども、あくまで道具に過ぎないのです。

まずは自分の仕事でどう使えるか、試してみることがお勧めです。


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EV化の裏で静かに進む、水平 vs.垂直の戦い

街を歩いていると、気がつかない間にクルマがスーッと横を通り過ぎることが増えました。クルマがEV化で静かに走るようになったおかげです。最近、街中でもEVをよく見かけるようになりましたね。

世界全体で見ると、この1〜2年でEV化が一気に進んでいます。
各地域別のEV普及率はこうなっています。

【世界全体】 21年 8.1%
【欧州市場】 19年 1.9% → 20年 5.6% → 21年 11% (対前年比64%増 119万台)
【中国市場】 20年4.4% → 21年 13% (対前年比69%増 352万台)
【米国市場】 20年 1.6% → 21年 2.9%
【日本市場】 21年 0.9% → 22/1H 1%超

こうして全体を眺めてわかることは、

・欧州と中国は2022年に、普及の壁=キャズム(普及率16%)を突破している感じですね。

・米国と日本は、欧州・中国を2-3年遅れで追いかけています。

ガソリン車→EV化で、クルマの構造が大きく変わります。
大胆に単純化して言えば、こんな感じです。

【ガソリン車】ガソリンを燃やしてエンジンで動力発生→シャフトで車輪に動力を分配→車輪を回す
【EV】各車輪にモーターを付けて、電気制御して車輪を回す

このためEVではガソリン車で必要だった部品が一気に減る上に、電気でクルマの動きを自由に制御できます。

こんな状況の中で、クルマ業界内とクルマ業界外のメーカーが入り乱れて起こっていることが、水平統合と垂直統合の戦いです。

ガソリン車は複雑な構造なので、品質を高めるには、エンジン、ポンプ、トランスミッション、シャフト、サスペンション、ブレーキなどで微妙な擦り合わせ調整が必要でした。

日本企業が得意なのがこの「擦り合わせ技術」です。クルマ業界では、この擦り合わせで大成功したのが日本が誇るトヨタです。

このような擦り合わせを「垂直統合」といいます。細かい部品一つ一つから最終製品までを、メーカーで細かく統合していくわけです。

ところがEV化でクルマの構造がシンプルになりました。一時期は「CPU,メモリー、マザーボード、電源などの部品を買ってきてパソコンを組み立てるのと同じ感覚で、クルマも作れるようになる」と言われた時期もありました。(実際にはEVの場合でも、そこまで単純ではないようですが…)

このように、部品同士の擦り合わせ作業が少なく、部品を組み合わせることで最終製品に統合できることを「水平統合」といいます。

EV化によってクルマ業界で起こっているのは、まさにこの垂直統合と水平統合の戦いです。

トヨタなどのガソリン車の王者は、ガソリン車で確立した垂直統合の仕組みをEVでも実現した方が、自社の既存の強みを活かせるので有利です。ですので、バッテリーなども含めてできる限りEV関連の部品を内製化して、垂直統合モデルにより高品質化を極めようとします。

一方で中国自動車メーカーのようなクルマ業界の新規参入者にとって、参入障壁が一気に下がるEV化は大きなチャンスです。そこで様々なEVの部品メーカーとできる限り部品を標準化して外部調達することで、水平統合モデルにより低コスト化・デリバリー迅速化を図ろうとします。

そして世の中は、水平統合の方向に大きく進んでいます。この中でどうするかが、垂直統合の覇者・トヨタのジレンマでもあります。

日本でも、水平統合で勝負を賭けている会社は数多くあります。

ソニー・ホンダモビリティ(ソニーとホンダによるEV合弁会社)も、水平統合を志向しています。

日本電産は、永守会長が「EVのモーター供給会社となり、EVの価格を1/5にする」と言っています。

さらに日本のスタートアップ「ティア・フォー」は、EV用の基本ソフト(OS)である「オートウェア」をなんとオープンソースソフトウェアにより提供しようとしています。オートウェアは、台湾の鴻海精密工業が進めるEVの自動運転用プラットホームで、OSとして採用されました。

この垂直統合 vs. 水平統合の勝負は、これから3〜5年ほど続くでしょう。注目していきたいと思います。


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アサヒ「白湯」のブルーオーシャン戦略

「これは参りました!(笑)」と思いました。
先月(2022年11月)、こんな商品が発売されていたのです。

『アサヒ おいしい水 天然水 白湯』

白湯(さゆ)です。
要は、ミネラルウォーターを温めて店頭に出したドリンクです。

「え?それだけ?」と思ってしまいますよね。
私は、ありがちな会社の社内会議でこの商品企画を提案するとどうなるか、つい想像してしまいます。

担当者「白湯を提案します」
部長 「天然水を温めただけじゃん。こんなんで売れるの?」

しかしこの商品、ヒットしているのです。

Twitterで「アサヒ 白湯」で検索してみると、こんな声が次々と出てきます。

「本当美味しい よく分かってるアサヒ」
「これからの季節に嬉しい!」
「水筒持ち歩かないからペットボトルの白湯ありがたい。Asahiに感謝」
「ついに出た!!ペット白湯〜!! ずっと欲しかったからコンビニで見かけて即買い!」
「美味しくてビックリ」

ちなみにコンビニやスーパーのホット飲料コーナーで、白湯の適温(約50~60℃)に温めた状態で販売されています。

アサヒの発表によると、白湯の飲用経験率は2009年の11.8%から、2022年には61.0%と5倍になっています。男性の飲用経験率も54.4%。なんと13年で5倍に成長する、隠れた超成長市場だったのです。

どんな時に飲むかというと、女性は「冬場の冷えや寒さ対策」「体に良さそう」、男性は「朝からカフェインを取りすぎないように、意識して白湯を飲んでいる」、といった感じです。健康志向ですね。

確かに私も白湯を飲むと、身体がリラックスした感じになります。

でも飲みたいときに買えないんですよね。

まさに「ありそうでなかった、とても欲しいモノ」ですね。

「既存知×既存知」がイノベーションと言われますが、この商品も「天然水×ホット飲料コーナー」という既存知同士の掛け算で生まれたイノベーションとも言えると思います。

この商品には、ポイントが2つあると思いました。

まず「白湯」というネーミング。実は2014年に「ホット天然水」という商品を出したのですが、売れなかったそうです。確かに機能面を考えると「温めた天然水=ホット天然水」ですが、健康志向を考えると「白湯(さゆ)」の方が消費者の心に刺さりますよね。

もう一つはタイミング。6割の人が白湯の飲用経験を持つ2022年という絶好のタイミングだからこそのヒットなのでしょう。

「レッドオーシャン」と思われがちな市場でも、消費者の隠れた不満は必ずあります。その隠れた不満の発見がブルーオーシャンになることを、この商品は教えてくれているように思います。


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Facebook「いいね」機能は、経営陣は反対だった

SNSに投稿する人たちがどうしても気になるのが「いいね」の数ですね。「いいね」の機能は、FacebookがSNSの世界で初めて実装しました。Facebook急成長の1つの要因はこの「いいね」機能でした。いまやTwitterやInstragranなどの多くのSNSが「いいね」機能を標準装備しています。

でもこの機能、当初は経営陣が反対していたことをご存じでしょうか。

この機能は2007年に、同社のプロダクトマネジャーだったリア・パールマンが中心になって開発した機能です。

当時のFacebookは創業3年目。問題を抱えていました。人気投稿にはコメントが沢山つきますが「すごい」「おめでとう」という簡単なモノが多く、意味のあるコメントが埋もれていたのです。

パールマンたちは「解決策はないか?」と社内で議論を繰り返し、9ヶ月かけて辿り着いたのが「awesome (すごい)」というボタンを付けること。実際にプログラムを作って動かしてみたら、社内の評判も上々です。

しかし2007年年末、ザッカーバーグCEOなどの経営陣に最終承認を得ようとしたところ、「簡単に応答できてしまうと、ちゃんとしたコメントが減るんじゃないの? あとawesome(すごい)よりは、like(いいね)がいいと思う」と反対されてしまいました。

そこで開発チームは「この機能でユーザー同士のやり取りは増える」という実データを見せて、経営陣を説得。そして「awesome(すごいね)」は「like(いいね)」に変更しました。

2009年2月、ザッカーバーグの最終承認の後、2009/2/10、「いいね」機能は発表されました。当時の発表文はこちら

この「いいね」機能のおかげで、Facebookは極めて強い拡散力を獲得し、GAFAの一角を占めるまでに成長しました。

(以上は、こちらの記事を参考にしました)

当時、Facebookの開発チームも経営陣も、この小さな「いいね」機能が、SNS全体をここまで変貌させる強力な機能だったとは知りませんでした。

このように「実際にやってみないとわからない」という話は、世の中にたくさんあります。

マクドナルドがビッグマックの肉を大幅増量した「メガマック」を発売した際にも、「ヘルシー志向の世の流れと逆行するのでは?」という反対もありました。しかし大ヒットしました。

さらに昔でいうと、日本ビクターが開発したVHSビデオも当初は社内で大反対のお荷物プロジェクト。しかし大成功して、ビデオデッキの標準になりました。

商品が成功するかどうかなんて、事前にはなかなかわかりません。サケの産卵のようなものです。サケは3000個の卵を産みますが、成魚になるのは2-3匹。卵を一つ一つ選別しても、それが成魚になるかなんてわからないのと同じです。でも「成功確率は2/3000で低いから、産卵なんてやめよう」ともしサケが考えたとしたら、サケは絶滅してしまいます。

だから大ヒット商品を生み出すには、現場社員が様々なことに自由に挑戦し、意思決定者(日本企業では部長や部門長レベル)が反対しても現場社員が対等に反論できるような組織文化が必要です。

あなたの組織はいかがでしょうか?

 

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タクシーに乗って、DXの本質を知る

先日、タクシーでやや長距離を移動したときのこと。

私は長距離は、なるべく個人タクシーを使うようにしています。
運転が丁寧ですし、道に迷うことがまずないからです。
しかしこの時はラッシュ時で、個人タクシーが掴まりません。
そこでタクシーアプリの「GO」で、日本交通のタクシーを呼びました。

5分程度で来てくれました。運転手は20代の若い男性です。いつも通り道順を伝えると…。

「その道順よりも、こっちの道順の方が3分ほど早く着きますが、いかがしましょう?」

GOでタクシーを呼ぶ際、目的地の住所指定をしたので、行き先はカーナビに自動セットされているのですね。(ちなみにタクシーを呼ぶ時は住所入力は不要で、地図上で建物をクリックするだけです)

お任せしたところ、「こんな道あったの?」と思うほどの抜け道を走り、あっという間に到着しました。

でもこの若い運転手が、抜け道を知っているわけではありません。カーナビの通りに走ったわけですね。

2022年11月18日のテレビ東京・ワールドビジネスサテライトを見ていたら、まさにこのことを紹介していました。

番組に登場した20代の女性運転手は、乗務歴4ヶ月。でも既に売上は営業所の平均です。その秘密が、GOの活用。

これまでタクシー運転手は、空車の時には流しで運転し客を掴まえるのに独特の勘が必要でした。運転には土地勘も必要でした。つまりタクシー業界は、ベテラン運転手が稼げる市場だったわけです。

しかしGOなら、自動的に乗客と車両をマッチングして、行き先も丁寧に教えてくれます。つまり知識がなくても稼げるわけです。しかもタクシー運転手は、比較的時間に拘束されずに自由に働けます。ですので20代でタクシー運転手になる人も増えています。

GOを運営するMOT(モバイルテクノロジーズ)の中島宏社長によると、タクシー会社に入社して数ヶ月で年収600万円稼げる方も出てきているそうです。

このため、GOでは決済システム、配車アプリ、タクシーに乗せるタブレットなどが全て連動しています。この結果、タクシーは利用者にとっても実に使いやすくなりました。

・乗車率 6割(GO開始前)→9割(GO開始後)
・支払い時間 40秒(車内決済)→15秒(GO決済)
・待ち時間 6分半(電話配車)→3.4分(アプリ配車)

この先のビジネスもあります。

GOに登録する全国15,000台のタクシーは、常にドライブレコーダーで道路の状況を撮影して走っています。そこで撮影画像から標識や信号をAIが自動検知し、地図会社と連携して地図データ更新に活用しています。1日で地球10週分の走行距離の情報量。まさにビッグデータです。

さらにこのデータを活用して、自動運転の研究も進めています。

DXの本質は、ケタ違いの利便性と大きな価値を生み出して、業界を変革し、市場を拡大して、新たなビジネスを創造することです。

これまでタクシーは不便が沢山ありました。しかしその不便さは、同じ業界にいる人ほど、ある意味で当たり前でした。その不便を解決したのがGOでした。

GOの前身は、ジャパンタクシーというタクシー会社である日本交通が設立した会社です。10年前に「このままでは日本のタクシー業界は、ぜんぶUberにやられる」という危機感を持った日本交通トップ・川鍋一朗さんが、タクシー配車アプリを始めたのがきっかけです。

このGOの挑戦は、まさにDXの本質です。

あなたの業界では、どのような危機感を持っていますか?
その危機を克服するために、どんな取り組みをしていますでしょうか?

 

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発破をかけるほど、イノベーションは起きない

仕事で大手企業の経営幹部の方とお話しすると、時々こんなお悩みをお伺いします。

「イノベーションを生もうとして、私は社員に発破を掛けているんですよ。でもねぇ。社員からなかなかいい提案が挙がってこないんですよ。困ったもんです」

実は大手企業で成果が挙がらない最大の原因の一つは、「その企業の心理的安全性の低さ」にあると常々感じています。こういう会社、実に多いのです。

心理的安全性とは「ここでは何でも言える。心置きなくリスクが取れる」と感じる雰囲気のことです。経営学者のエイミー・エドモンドソンが提唱した概念です。

たとえば現場社員が、手間と労力をかけて新事業アイデアを考え、経営幹部に提案する、ということはよくあります。「自分たちのビジネスを少しでも良くしたい」という想いですね。実に素晴らしいことです。

しかしそんな提案に、こんな対応をする経営幹部もよく見かけます。

「うーん。ダメだね。話にならん」
「こんなの何も目新しくないよ」
「あなた、今のお客さんを何だと思っているの? 無責任な発言はやめよう」

実はこう言っている経営幹部は、心の中でこう考えていることもよくあります。

「その心意気、いいね。実は提案もいい線行っているんだけどね。もう少し鍛えてやれば、よくなるな」

しかし厳しく言われた社員は、発言を額面通りに受け取って、こう思ってしまうのです。

「自分の力不足か。提案しない方がよかったのかなぁ」
「この会社、もう何を言ってもダメなのかな。…転職考えようかなぁ」

このような会社が「心理的安全性が低い会社」です。

終身雇用だった昭和の時代は終わっています。今の会社員は、転職の選択肢があります。やる気がある社員ほど「提案すると厳しく言われてチェックされるけど、なかなか話しが進まない」心理的安全性の低い職場から、「何でも言えてリスクも取れて、サクサク挑戦できる」心理的安全性が高い職場へと、次々と流れていきます。

そして心理的安全性が低い職場には、言われたことしかやらない社員が残ります。これで新しいイノベーションを起こすなんて、ムリです。

「発破かけているんだけど成果が挙がらない。困ったもんです」と苦笑いする経営幹部は、実は自分自身が原因であることに気付いていません。

これは日本企業独特の問題ではありません。あくまで、その会社の問題です。

エドモンドソンは心理的安全性を提唱した名著「恐れのない組織」で、「福島第一原発事故の根本原因は、権威に異を唱えず盲目的服従をする日本文化に深く染みついた慣習が問題」という調査委員会の報告書に対し、こう反論しています。

「それは日本文化に限ったものではない。心理的安全性のレベルが低い文化に特有のものだ」

しかしこう言うと、こんな声も聞こえてきそうです。

「いやぁ。でもウチの会社はそういう社風ですからねぇ」

そのような社風だと、発破をかければかけるほどイノベーションが生まれなくなり、心ある社員が離れていきます。そのまま放置していいのでしょうか? いいわけ、ありませんよね。

あなたの会社は、心理的安全性は高いでしょうか?

 

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ワインボトルを変えたら、CO2排出量&物流費が半分に!

写真は https://packamama.com より

実は私、お酒を飲みません。 以前は少々たしなんでいましたが、飲まなくなってもう10年ほど経ちました。

飲んでいた頃はワインを買って飲むこともありました。ワインの問題は、ボトルです。店で買って家に持ち帰る際の重いこと。しかも割れやすいし、かさばりますよね。いつも持ち帰りが大変でした。

現在のガラス製ワインボトルは、17世紀に英国で生まれた丸いボトルが原型(写真の左)で、19世紀にフランスのブルゴーニュとボルドーで現在の形状(写真の真ん中)が生まれました。

21世紀なのに、私たちは19世紀のボトルを使っているわけです。

2022年7月24日付の日経産業新聞の記事「平らなワインボトル、豪で新風」で、この世界を変える挑戦を紹介しています。

オーストラリアで、平たくて軽いプラスティックのワインボトル(写真の右)が普及を始めているのです。

英国企業パッカママが開発したもので、厚みは3.5cm、重さ63グラム。店の同じ棚面積に2倍の本数を並べることができます。さらに空間をムダにせずに並べられるので、運送用物流パレットに搭載できる本数は通常のワインボトルの2倍。物流費高騰の今、これは有り難いですね。

同社CEOによると、ワインのカーボンフットプリント(CO2排出量)の68%は、ボトル由来だそうです。

新ボトルでワインの品質を保てるのは、19ヶ月間。ボトル内で熟成させる高級ワインには向きませんが、値ごろ感重視のワインであれば物流コストを大幅に削減できます。

記事で書かれているのは以上ですが、ガラス製のワインボトルの問題は他にもあります。捨てるのが大変です。家でパーティなんかしようものなら、大量の空き瓶を捨てるのは重労働です。さらにそんな空き瓶を回収するのにもコストがかかるわけです。

レストランの裏口にワインの空き瓶が大量に溜まっている…なんてこともなくなります。

このように考えると、先進テクノロジーは一切使っていませんが、これは素晴らしいイノベーションですね。

同社はワイン小売をしていましたが、重さと形状が物流上の悩みの種。そこで自社商品向けにエコフラットボトルを開発したそうです。

世の中に大きなインパクトを与えるイノベーションのヒントは、意外と私たちの身の丈の悩みの中に転がっていることを、改めて教えてくれる取り組みだと思います。

 

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デル・モデルを実現・進化させたテスラ

成長を続けるテスラは、テクノロジーに注目が集まりがちですが、最近こんな記事がありました。

『【記者の目】テスラ、製造業で異例の「運転資金不要」』
(日本経済新聞、2022年6月23日)

じっくり読むとなかなか凄いお話しなので、解説しながらご紹介したいと思います。

普通はモノを作る時、まず原材料調達や生産にお金を払った後に、商品を売って売掛金を回収します。この「お金を払ってから、売上を回収するまでの期間」を、会計ではキャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)といいます。

この自動車業界ではこのCCCは、記事によるとトヨタが31日フォルクスワーゲン(VW)が74日。世界に冠たる「トヨタ生産方式」を推進するトヨタがVWの半分というのは、さすがです。トヨタの方がVWよりも効率的にお金を回せるということです。

しかしテスラは、なんとCCCはマイナス15日。

つまり、お客からお金をもらい、そのお金で生産しているということです。こうなると運転資金が不要になり、余剰資金が生まれます。その分の資金を新たな投資に回して、成長できるわけですね。

記事によると、テスラは様々な方法を駆使してこれを実現しています。

【ものづくり革新】ガソリン車の部品は3万点ですが、EVは2万点に減ると言われています。テスラはさらに少ない1万点程度。たとえばクルマを制御するECU(電子制御装置)は、通常のクルマでは50〜70個ですが、テスラは数個だけ。おかげで配線も少なくて済みます。複雑な形状の大型部品も一度に成形できる巨大な鋳造設備も導入しました。さらに車種も絞り込んでいます。モデル3とモデルYのⅡ機種で生産台数の95%。内装もシンプル。メーターやボタンはなく、中央にタッチパネルがあるだけです。

【地産地消】テスラはEVが成長する中国でも、現地に工場を作りました。おかげで生産して販売までの時間が短くなります。

【自社直販】自社店舗の販売をやめて、オンラインでお客に直販します。

こうして、調達・生産から顧客に届けるまでのバリューチェーン(価値連鎖)を最短化することで、CCCをマイナスにしているのです。

一見すると、これは1980年代にPC業界で、デルが確立した「デル・モデル」です。デルも…

・販売店やディーラーを通さずに、顧客に直販
・全てお客の希望にあわせてカスタマイズする注文販売
・サプライチェーンマネジメントを徹底効率化。在庫を徹底追求
・自社は技術を持たず、他社の最新汎用技術を採用し、いち早く製品化

こうしてデルも、PC業界で唯一CCCマイナスを実現しました。デルはデル・モデルを磨き込み続け、2001年にパソコン業界で世界トップシェアを獲得。その原資で、今やIT総合ベンダーに進化中です。

テスラは、このデル・モデルを自動車業界で実現した、という見方もできます。
しかもテスラは、デル・モデルを進化させています。

・最新汎用技術を採用したデルとは異なり、テスラは自社で先進技術を研究開発し続けています

・さらに一台当たりの単価は、デルは10万円。テスラは500万円。50倍です。デルモデルも様々な業界にインパクトを与えましたが、実にすそ野が広い自動車業界で新たなモデルを実現することによるインパクトは計り知れません。

・単品PCのデルとは異なり、テスラのクルマは様々な仕組み(自動運転や充電ステーションなど)と連動することで価値を発揮します。クルマはその一手段にすぎません。

テスラが創りだした「テスラ・モデル」とも言うべきこのビジネスモデルは、今後大きな影響力を持ってくると思います。

 

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イノベーションは、「猿まね」で起こせ

2022/5/31付の日本経済新聞 経済教室で、早稲田大学の井上達彦教授がこんな論文を寄稿しておられます。

「【経済教室】日本企業、戦略不全からの脱出(上) 「猿まね」批判を恐れるな」

本論文で井上教授は、日本企業が長期の戦略不全状態でイノベーションが起こらない原因は「イミテーション実践力=模倣力の喪失である」と述べています。

そして『世界的に見て日本は「模倣的創造」にたけた民族である』として、下記の例を挙げています。

・トヨタ生産方式(ジャスト・イン・タイム方式)は、大野耐一さんが米国のスーパーマーケットの仕組みを応用したもの

・セブン・イレブンも、米国で展開していたセブン・イレブンの考え方を取り入れつつ、マニュアルを全て日本流に作り変えたもの

「模倣的創造力」は日本人の強みなのだから、自ら捨てる必要はない、ということです。

シュンペーターが100年前に「イノベーションは既存知の新しい組み合わせ」といいました。こう考えると、「創造的模倣」がイノベーションを生むという考え方は納得です。むしろ「模倣的創造が、イノベーションの本質」とも言えるかもしれません。

思い返せば1980年代まで日本企業が成長していた頃、海外からは「日本製品は猿まねばかり」とよく言われていました。しかしその猿まねは、実は「模倣的創造」だった、と解釈すれば、本論文の指摘はとても腹落ちします。

当時は「欧米に追いつき追い越せ」が原動力になり、海外から必死に学びつつ、日本流に作り変えることが「創造的模倣」になり、結果としてイノベーションを生み出したのでしょう。

現在の日本は、「失われた30年」といわれる停滞に陥っています。これは裏を返せば、「海外には学ぶべき先行事例が山のようにある」ということです。

いまこそ日本人の強みである「模倣的創造力」を発揮する絶好のタイミングなのかもしれません。

そのためには、

・「イノベーション=全く新しいものを創造すること」という思い込みを、まず捨てる

・アジアを含む海外から、謙虚に好奇心を持って学んでいく

ということが必要なのだと思います。

 

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内田和成著「イノベーションの競争戦略」は、イノベーションの教科書

多くの人は「イノベーションは、画期的な商品やサービスを生み出すことだ」と考えています。そして画期的な商品を作ろうとしますが、空振りします。そしてこんな反省をします。

「敗因は、新たな価値を生み出せなかったことだな…」

これは正しいのでしょうか?

先月末(2022年4月)の新刊「イノベーションの競争戦略」(東洋経済新報社)の著者・内田和成先生は、国内外のイノベーション事例を1000件近く調べた末に、こんな結論を提示しています。

『世の中に存在しなかった画期的な発明やサービスは、企業におけるイノベーションの必要条件ではない。それよりも新しい製品・サービスを消費者や企業の日々の活動や行動の中に浸透させることこそがイノベーションの本質である』

2001年、ビル・ゲイツ、ジョブズ、ベゾスといった大物達が「人の移動を変える革命的商品」と絶賛した商品が発売されました。「セグウェイ」です。人が立ったまま乗るボードの両側に2つ車輪が付き、真ん中にハンドルがついて、立ち乗りで最高時速19Km/hで走れます。当時の画期的技術でした。

しかし交通ルール上、乗る場所が限られていましたし、価格も100万円近くておいそれと買えません。結局普及せず、世紀の大失敗になりました。

一方で、2007年に登場したiPhone。携帯電話も、インターネット用デバイスも、iPodも既存技術。画期的技術は何もありません。

しかしiPhoneは、説明不要で誰にでも使える優れたユーザーインターフェイスで様々なアプリを使えました。その後ウーバー、Airbnb、メルカリなどの新しいサービスが立ち上がり、世の中を大きく変えるイノベーションになりました。

内田先生は、本書でこのように述べています。

『「顧客の価値観・態度が変わって、結果として生活やビジネス上の行動が変わったか?」という問いに対する答えが「YES」のものがイノベーションなのだ』

では、どのようにすればよいのでしょうか?

本書では「イノベーションストリーム」という概念を紹介しています。次の4ステップです。

①価値創造のドライバー

②価値創造

③態度変容

④行動変容

具体的に見ていきましょう。

①価値創造のドライバー… 価値創造を受け容れる世の中の変化を見極めます。たとえばコロナ禍で人々の行動は大きく変わり、様々な変化を受け容れるようになりました。

②価値創造… 技術革新・社会構造・心理変化を見極めて、新しい価値を提供します。たとえば「レストランの宅配サービスの提供」。

しかし残念ながら、多くの企業はこの②で留まっています。イノベーションを起こすには、しつこく③と④を追求することが必要です。

③態度変容… 「お、これ使えるね」というように顧客の態度が変わることです。たとえば外出できない中で「外食したい」という人が「なるほど、宅配サービスであの店のメニューを自宅で食べられるのはいいなぁ」と考えるようになりました。

④行動変容… 実際に顧客の行動が変わり、定着することです。「実際に出前館やウーバーイーツを使って注文する」という行動が定着することです。

ここで紹介したiPhoneもウーバーイーツも出前館も、新しい技術は何もありません。しかし人々の行動変容を起こしたイノベーションです。

誤解を恐れずに言えば、イノベーションが起こせれば、技術革新とか新しい価値創造とかは、はっきり言ってどうでもいいのです。イノベーションで重要なのは、顧客の行動変容を生み出したか否かです。

もう12年も前の話ですが、2010年1月16日の日本経済新聞の1面「企業 強さの条件」に、中国企業や政府に広がるこんな言葉が紹介されていました。

「三流企業がものをつくり、二流企業が技術を開発、一流企業がルールを決める」

日本は自分たちを「技術先進国」と思っています。確かに技術は大事です。しかし技術はイノベーションの一要素です。このことがわかっている人たちにとって、日本の先進技術はイノベーションを起こすための「単なる燃料」に過ぎないのかもしれません。

「イノベーション」は1956年の経済白書で取り上げられ、日本で広く知られるようになった、と言われています。しかしこの時、「イノベーション=技術革新」と訳しました。この世紀の誤訳が、日本人のイノベーション下手を招いているのかも知れません。

内田先生はこのように書いています。

「トンビに油揚げをさらわれるという格言があるが、油揚げをさらったものがイノベーターである」

シュンペーター曰く「イノベーションとは既存知と既存知の新しい組み合わせ」です。それを「油揚げをさらったものがイノベーターである」と表現するあたりが、いかにも内田流です。

そして内田先生はこのように続けます。

「…となるとポイントは新しい価値を自社で生み出すことではなく、その価値をいかに顧客に根づかせるか、にあるということが理解できるだろう。そのためには自社の資源にこだわることなく、使えるものは何でも使うという考え方に行きつく。それができないのが日本企業の弱いところである」

その上で本書では次の4つの提言をしています。

【提言1】行動変容にコミットする…新しい価値を生むよりも、人々の態度変容と行動変容を起こせ

【提言2】イノベーションを見るレンズを変える…態度変容と行動変容の種を探せ

【提言3】事業継続に強くこだわる…ユーザーの態度・行動が変わるところまで継続できるかがカギ

【提言4】自前主義を放棄する…イノベーションを分業で実現せよ


実は内田先生には、本書刊行の2ヶ月前に永井経営塾のゲストライブに登壇いただき、本書の内容を特別にお話しいただきました。

この時も直接内田先生からお話しをお伺いして「なるほど」と思ったのですが、本書を実際に読んで「行動変容を起こすのがイノベーションだ」という考え方がストンと腹落ちしました。1000件近くの事例を分析した成果なので、事例も実に豊富です。

現代におけるイノベーションの教科書として、ビジネスに関わるあらゆる人たちに強くオススメしたいと思います。

 

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生産性向上では成長せず、売上は下がる


こんな発言をよく見かけます。

「我が社は徹底的な生産性向上を追求して、成長する」
「日本は生産性向上を徹底して、成長しなければいけない」

確かに生産性向上は大切です。効率を上げることは、ビジネスの必須課題です。

しかし生産性向上だけでは、成長はしません。むしろ縮小します。これは簡単な計算でわかります。

売上1億円を達成するために、コスト5000万円かけていたとします。
営業利益は1億円-5000万円=5000万円。ですので営業利益率は50%ですよね。

ここで生産性向上を頑張って、コストを3000万円に下げたとします。しかし当然ながら、ライバルも生産性向上に励んでいます。そこで多くの場合、値下げしなければなりません。

でも値下げしても、営業利益率(=儲け)は維持したいですよね。そこで営業利益50%を維持する、と仮定しましょう。

 売上 = コスト + 営業利益
 営業利益率 = 営業利益 ÷ 売上

ですよね。

コスト3000万円で営業利益率50%を達成する場合の売上は、この式にあてはめて考えると6000万円になります。(計算式は省略します)

つまり生産性向上を頑張ったのに、売上は1億円→6000万円に下がってしまいました。

実はこれが、日本の「失われた30年」の正体です。生産性向上は必要です。でも生産性向上だけでは、売上は下がるのです。しかしこんな反論がありそうです。

「でも日本って、生産性向上でずっと成長してきたんじゃないの?」

その通りです。ただし、それは高度成長期までの話。市場が成長していて、日本の生産性がまだ低かったので、ライバルよりも頑張って生産性向上すれば、成長して新たに生まれた市場をゴッソリ獲得できました。しかし現代では市場は成長していません。

問題は、もはや市場が成長していないのに、高度成長期に生まれたこの成功パターンを続けていることです。

生産性向上は常に行っていく必要がありますが、それだけではダメなのです。

いま必要なのは、新しい価値を生み出すこと。つまり価値創造です。

いまのやり方を改善するのは必要なことですが、長い目で見ると、それだけではジリ貧に陥ります。

いまのやり方をむしろ忘れて、全く新しい商品やサービスを生み出すチャンスはないか?

お客様は本当は何を熱望していて、喜んでお金を払おうと考えているのか?

低成長時代のいまこそ、「ウォンツ(潜在的ニーズ)の発掘」が必要なのです。

 

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「目からウロコ」のイノベーションは、例外中の例外

2月24日に行った永井経営塾ゲスト・ライブは、いつもたいへんお世話になっている早稲田大学ビジネススクール・内田和成先生をお迎えして、1時間の対談でした。とても学びが多く濃い時間でした。

その中の1トピックをピックアップしたいと思います。

内田先生は、4月1日に東洋経済新報社から『イノベーションの競争戦略: 「0→1」を狙うか? 横取りするか?』を刊行されます。その内容について、先取りしてお話しいただきました。

内田先生は、2年半かけて1000件もの世の中の様々なイノベーション事例を調べて、本書を書かれたそうです。

そしてわかったのは、「目からウロコの大発明」が成功するケースはまったく少数派だということ。

実際のイノベーション成功事例は、多くは、

・地道にやり続けたらようやく到達した
・最初に発明した人が途中で力尽きたプロジェクトを横取りしたら、成功した

…というものが、圧倒的に多かったそうです。

イノベーションとは、「新しいことを生み出すことだ」と言われます。ただこれは必要条件に過ぎません。

それに加えて、「新しいことを定着させて、消費者の態度や行動の変容を生み出すこと」がイノベーションの十分条件になってくる、ということです。

まとめると、イノベーションを生み出すには、

・新しいことを生み出す
・それを定着させて、消費者の態度や行動の変容を生み出す

この二つが必要なのだ、というのが、内田先生の新刊のメッセージです。

つまり、お客さんを変えることがカギ。

これは納得のお話しでした。

お話しを伺って思い出したのが、あのイーロン・マスクでした。テスラを創業してEV(電気自動車)で世界トップシェアを獲得、さらにスペースXを立ち上げて宇宙ビジネスを軌道に乗せ、さらに都市間交通システムハイパーループや、脳とコンピューターを繋げるニューラリンクも立ち上げています。

イーロン・マスクを見ると、「目からウロコの大発明」を次々と成功させているように見えますが、そのイーロン・マスクもこう言っています。

・「すごいアイデア」や「最高の戦略」は全体の5%
・95%は、ひたすら愚直な積み重ねの繰り返し。(仮説→検証→再試行)
・正しい方向を戦略で定めて、愚直に学び、修正し続ければ、成功する可能性はどんどん高まる。

要は「しつこさ」「愚直さ」が成功のカギということです。

「自分は地道にしつこく続けている」という方は、多いのではないでしょうか? 意外なことにイノベーションはそんな先に待っているのかもしれません。

 

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歴史上の天才的な創作者ほど、駄作が多い理由

史上最高の発明家といえば、エジソンでしょう。1000を超える特許の中には電話・白熱電球・蓄音機・映写機など世界を変えた発明もあります。しかし一方でエジソンの発明の中には、フルーツ保存技術、おしゃべり人形、電子ペンなど世に知られていない発明も実に多いのです。

現代でエジソンに比肩するのは、ジョブスでしょうか。Mac、iPod、iPhone、iPadなどで世の中を大きく変えましたが、ジョブスはGIZMODEが「スティーブジョブス失敗集」という記事で取り上げたように失敗作も実に多いのです。

エジソンやジョブスのような天才といえども、現実には悪いアイデアのオンパレードなのです。

実際に調査すると、ある分野の天才的創作者は他の人よりも必ずしも創作の質が優れているわけではありません。大量に制作しているだけなのです。

天才と称されるモーツァルトは600曲、ベートベンは650曲、バッハは1000曲以上作曲しています。ピカソは絵画1800点・彫刻1200点・陶芸2800点、デッサン12000点を制作しました。シェイクスピアは20年間で37の戯曲と154の短編詩を書きました。

これら膨大な作品の中で、傑作として世に知られているのはごく一部。彼らの多くの作品は、知られていません。

組織心理学者のアダム・グラントは著書『ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代』の中で、「いいアイデアを生む唯一の方法は、大量生産すること。ともかく沢山作り、大量に失敗することだ」と述べています。

理由は天才といえども自分で作ったモノを正しく評価できないからです。これが「確証バイアス」。作っている本人は、自分が作っているモノの長所ばかりが目に付き、欠点を過小評価してしまうのです。

かく言う私もそうです。おかげさまで拙著は多くの方に読んでいただいていますが、残念ながら私はあまり売れなかった本もたくさん書いています。でも書いている最中はどの本も例外なく、編集者と一緒に「これは、今までで最高の本になる!」といいながら書いています。やはり当事者になると、確証バイアスの罠からは逃れられないのですね。

この確証バイアスの罠から逃れる方法が、沢山作ることなのです。その結果、天才的な創作者は傑作も多いのですが、それ以上に駄作も多くなります。

日々仕事をするビジネスパーソンも同じです。仕事でより多くの挑戦をすれば、失敗の数も増えます。しかし同時に成功の数も増えていきます。

まずは打席に立つこと。そしてバットを振ることです。
バットを振ると必ず空振りの可能性があります。
しかしバットを振らないと、ヒットは出ません。

日々、より多く打席に立ち、より多くバットを振りましょう。

     

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私がコンサルティングで、お客様から徹底的に教えていただく理由

   

たまにこんなコンサルタントを見かけます。

『お客さんから「どんな商品が売れるでしょうか?』ってよく聞かれるんですけど、売れるモノがわかっていたらオレ自分で作るよ、って話ですよ。そもそも自分で何やりたいのかわからない人が多いんですよね。いつも「で、どうしたいんですか?」って口から出かかってます』

これはとてももったいない話だな、と思います。

相談されている方は、困っています。必要なのはその人の悩みに寄り添い、一緒に悩み考えながら新しいアイデアを創り出していくことだと思います。

このケースでも、コンサルティングの切り口は、いくらでもあります。

たとえば私が「どんな商品が売れるでしょうか?」という同じご相談を受けた場合、まずお客様からこんなことを教えていただきながら、一緒に考えます。

「あなたは、どんな商品がいいとお考えですか?」
「御社の強みは、何だと思いますか?」
「いまの商品は、どんなお客様に売れていますか?」
「いまの商品で、あなたが想定もしなかったお客様はいますか?その方はどんなお客様ですか?」
「いまの商品で、あなたが想定もしなかった使い方をしているお客様はいますか?そのお客様は、どのように使っていますか?」
「これまで売ってきて、『これは意外だったなぁ』という発見って何かありますか?」

各質問はお客様の知識を引き出すための糸口です。それぞれに対して参考になる成功事例や理論を二重・三重に用意した上で、議論を深めていきます。

その相談をしているお客様しか持っていない知識(暗黙知)や経験、商品知識やお客様に関する知見は、私たちコンサルタントは逆立ちしても絶対に敵いません。中にはお客様ご自身も気付いていない暗黙知もあります。これらは徹底的に尊重して謙虚に教えていただき、できる限り引き出していくべきです。

一方でお客様が持っておらず私たちが持っているのは、様々な問題解決の方法論や、他業界での事例や経験、さらにお客様が知らない人とのコネクションです。

100年前にシュンペーターが喝破したように、イノベーションの本質は既存知と既存知の組合せです。

お客様が持つ現場の知識や経験という既存知と、私たちが持つコンサルタントの知識や経験という既存知を、深いレベルで組み合わせて相乗効果を生むことで、全く新しいイノベーションの種が生まれるのです。

「で、どうしたいの?」と突き放すコンサルタントは、せっかくのチャンスを手放しているように見えて、とてももったいないな、と思います。

 

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サブスクモデルだった火縄銃

火縄銃は、戦国時代の新兵器だ。1543年に種子島に漂着したポルトガル人が火縄銃を売った時は二丁で現在の価格に換算すると1億円。実に高価だった。その後、火縄銃は日本各地で生産されるようになった。

この火縄銃に早い時期から目を付けたのが、堺の新興商人・今井宗久だ。武器商人として、諸国大名に火縄銃を売り歩いて儲けていた。

ある日、今井宗久のもとへ部下が駆け込んできた。

「宗久様、大変ですわ。火縄銃の値下がりで、一丁10万円じゃないと売れまへんわ」

当時、火縄銃の価格は下落の一途。戦国時代中頃になると火縄銃は一丁で60万円。安いものは5万円。大量生産のおかげである。
しかし宗久はのんびりと答えた。

「そやろなぁ。いまどき火縄銃なんて誰でも作れるしな」
「…儲かりまへんがな」
「心配あらへん。ちゃんと手ぇ打っとるがな。火縄銃を使うのに必要なのは、何や?」
「…火薬ですな」
「そや。その火薬な、うちらしか売れへんねん」
「は?なんでですか?」
「火薬は、硝石・木炭・硫黄を調合して作るやろ?硝石は日本にはない。中国からの輸入や。硝石の輸入はな。ウチら堺商人の独占や」
「はぁ。確かにそうでしたな」
「だからウチらは鉄砲を売るだけでのうて、『鉄炮薬』ちゅう火薬商品もセット販売しているわけや」
「先を見てますなぁ」
「それにな。ヨソの鉄砲を買うた御武家さんにも、『鉄炮薬』を売っているんや」
「さすが、宗久様や」
「火縄銃一発の鉄炮薬は、米一升分の値段や。まぁ3000円ってとこやな。火縄銃本体で10万円としてな。34発打てば火縄銃より高くなる計算や」
「34発なんてあっという間や。戦場では湯水のように火縄銃使うし、兵の訓練もありますな」
「そや。火縄銃を使う御武家さんが増えるほど、儲かるっちゅう寸法や」

宗久はお茶をすすりながら、ニヤリとした。

「実はな、火縄銃の価格が下がったのは、えらいチャンスやねん。『鉄炮薬』の使用量も増えるしな。本音言うと火縄銃なんてタダで配ってもええくらいや。ま、いやゆるサブスクモデルってヤツやな。儲けるのはこれからや」

 

【参考文献】
■「火縄銃・大筒・騎馬・鉄甲船の威力」(桐野 作人著、新人物往来社)

 

 

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イノベーションを「技術革新」と誤訳するのは、もうやめよう


日本では、「イノベーション」を「技術革新」と訳しています。 日本の高度経済成長が始まった1958年の経済白書がきっかけに、この言葉が拡がったと言われています。

しかしこれはイノベーションの概念を正確に反映した訳ではありません。

100年前に「イノベーションこそが経済発展の原動力だ」と喝破し、イノベーションの源流となったシュンペーターは、「イノベーションとは既存知と既存知の新結合である」と述べています。

たとえば2007年に登場したiPhone。
iPhoneは技術面では革新的なことはほとんどありません。携帯電話、タッチパネルのiPod、インターネット端末という「既存技術の組合せ」です。しかしiPhoneのおかげでコンパクトデジカメ、電卓、地図、時計などが世の中から消え、かわりに実に様々な新しいサービスを生み出しました。世の中を大きく変えたイノベーションだったのです。

「iPhoneってイノベーションじゃないよ。だって何も新しくないじゃん」

という人は、「イノベーション=技術革新」という誤訳を頭から信じているわけです。こういう考え方をしていると、iPhoneのようなイノベーションがなかなか生まれませんよね。

しかしかつて日本には、次々とイノベーションを生み出していた企業がありました。 それはソニーです。

たとえばウォークマン。 元々のコンセプトは「再生専用の携帯カセットプレイヤー」でした。 しかし当時のカセットプレイヤーは、録音機能が必須でした。

「録音機能がないプレイヤー?売れるわけないよ」

…というのが大勢の意見でした。

しかし当時ソニーのトップだった盛田昭夫さんは、こう考えました。

「でも車に付いているカーステレオって、録音機能がなくても、私たちは気にせず使っているよね。車内でそうなんだから、屋外で音楽を聴く場合も、録音機能はいらないんじゃないかな」

実際に発売したら、累計4億台売れました。

ウォークマンもiPhone同様、技術的に新しいモノは何もありません。しかし「一人で音楽を聴く」というライフスタイルを生み出したイノベーションでした。

このようにイノベーションには特徴があります。事後的には理解できるのですが、事前には理解できないのです。

イノベーション前「できるわけないでしょ。もしかして頭悪いの?」
イノベーション後「ああ。あれね。俺も前から考えていたけどね」

もし「我が社には、イノベーションが必要だ」とお考えであれば、「技術革新という言葉は、社内禁止!」にするくらいの意識変革が必要なのではないかと思います。

 

 

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40年前にトフラーが予言していたコロナ後の世界

コロナで在宅ワークを続ける中で、今後どのようになるかを識者の方々が語っています。

実はその指摘の多くは、40年前にこの本で語られています。

「第三の波」(アルビン・トフラー著、1980年出版)

トフラーは未来学者です。本書はインターネットが本格的に普及する15年も前に出版された本です。当時私は大学生。貪るように読みました。40年ぶりに読み直すと、本書はその後の私のキャリアにとても大きな影響を与えていたことを実感します。

在宅ワークの未来については、第16章「エレクトロニクス住宅(コテージ)」で描かれています。

–(以下、本書 p.264-269より引用)—

やがて何百万もの人たちが、オフィスや工場へ通勤せず、家庭で過すーと予言すれば、直ちに激しい反論を受けるはずである。…(しかし)あらゆる社会的、経済的な要因が、労働の場所を移動する方向に集中している。

ある工場の技術部長は「技術者も含めて、10〜25%の仕事は、現在の技術でも家庭内でやれる」と言う。

HP社の生産部長も同じような予想をしている。「1000人が現場で生産に従事しているが、そのうち250人は技術系の仕事を家庭でしようと思えばできる。コンピュータ・ターミナルの設備さえ完成すれば、ホワイトカラーの研究開発部門の半数から3/4までの社員も家庭で仕事ができるようになる」

ある製薬会社の副社長によれば、問題は「何人が家庭で仕事ができるか」ではなく、「何人がオフィスまたは工場で仕事をしなければならないか」だそうである。「通信設備さえ整えば、優に75%の従業員は家庭で仕事ができる」という。

言語処理装置、ファクシミリ、コンピュータ操作台、テレビ会議装置などを設備した仕事場が低いコストで住宅内に置けるようになれば、家庭における労働の可能性は猛烈な勢いで広がるだろう。

—(以上、引用)—

先進企業の取り組みを紹介しながら、40年前に在宅ワークの方向性を正確に見極めています。
一方でトフラーは在宅ワークの姿や課題を描いていますが、それは現代の私たちが経験している姿そのものです。

—(以下、本書p.269-271より引用)—

だが、第二の波の工場やオフィスから仕事を第三の波の家庭へ移す作業を見くびってはない。従業員の勤労意欲や管理の問題、法人組織や社会組織の再編成の問題などの解決には時間がかかり、苦痛も伴うだろう。…だが「エレクトロニクス住宅」の方向へ、強い力が集中的に働いているのは事実である。

技術先進諸国は、現在、交通の危機に直面している。大衆交通機関は麻痺寸前の状態にあり、道路やハイウェーは渋滞が続き、駐車場は少なく、空気汚染は深刻化している。ストライキや故障は日常茶飯事となり、運賃は急騰している通勤費用の急上昇は、個々の労働者によって負担される。

遠距離通信装置を設置し、それを操作するための経費が、いつ通勤関係経費を下回るようになるか、重要なポイントである。交通費がうなぎのぼりなのに反し、遠距離通信に要する経費は驚くほど低下している。両者の価格の曲線は、どこかで交わるはずである。

—-(以上、引用)—

まさに日本の都市圏も満員電車での通勤が大きな問題。一方でいまやネット接続費は通勤費と比べると無視できるほど下がっています。現実には在宅ワークにすんなり切り替えた業界と、なかなか切り替えられない業界がありますが、確かに方向性は「在宅ワーク」に向かっています。

—(以下、本書p.272-273より引用)—

仕事を家庭に、または中間的手段として地域の職業センターに移すことにより、不動産にかかる莫大な費用を著しく軽減できる。本社や製造工場が小さければ不動産獲得費用は減り、冷暖房、照明、保安、管理維持の諸経費も少なくてすむ。

仕事を移し、通勤が減れば、汚染が減少する。空気清浄化のための経費が少なくて済む。

一日の勤務時間が短縮されると、それに対する通勤時間の比率は大きくなる。8時間勤務するのに1時間がかりの通勤を嫌う社員は、勤務時間が短縮されるとなおいっそう通勤時間を負担に思う。勤務時間に対する通勤時間の比率が高くなれば、往復にかかる労力はそれだけ不合理で無駄で馬鹿げて見える。通勤への不満が高まるにつれて、雇用者側は集中化された職場で働く従業員に間接的に報償を増額しなければならない。

—-(以上、引用)—

コロナ禍で在宅ワークがいかに楽かを知った私たちが感じていることでもあります。

—(以下、本書p.274より引用)—

米国やヨーロッパのように核家族からの脱皮が進んでいるところでは、家族を再び一体化しようとする要求が高まっている。歴史を通じて家族を一致団結させていた要因の一つは、仕事を共にすることだった点を記憶しておきたい。今日でも、夫婦が同じ職場で協力している場合は、離婚率が低いのではないかと思われる。

—-(以上、引用)—

四六時中家族と一緒にいることで、このことを実感した方は多いのではないでしょうか?

—(以下、本書p.276-277より引用)—

エレクトロニクス・ターミナルと備品を購入し所有した個人は、古い意味での従業員ではなく、「生産手段」の所有量が増大したのだから、事実上独立した事業家になる。家庭作業グループが小さな会社をつくって相互サービスの契約を結んだり、機械を共有する協同組合を結成するようになるかもしれない。さまざまな新しい関係や組織形態が生じる可能性がある。

家庭で仕事をすることによって家族や隣人との感情関係は深まるSF小説のような電子スクリーンが他人との間に介入する人間関係しかない世界ではなく、一つは真に人間的な関係、もう一つはエレクトロニクス傾注の間接的関係という、それぞれ異なった規則や役割を持つ2種類の人間関係が併存する世界になると思われる。

—-(以上、引用)—

前半に書かれているように、実際に独立事業家が増えてきているように実感しています。またコロナ前もメールのやり取りだけで実際に会わずに仕事が進むことは少なくありませんでした。今後はZoomなどのやり取りだけで仕事が進むことも確実に増えるでしょう。

—(以下、本書p.277より引用)—

もちろん、全労働者が家で働けるわけではないし、働こうともしないだろう。…回答不能な問題や苦悩がある一方で、新たな可能性もある。第三の波の生産方式への飛躍によって、過去から持ち越されたきわめて処理困難な問題が片づくかもしれない。…製造とホワイトカラーの両部門の生産方式が飛躍し、「エレクトロニクス住宅」の実現に到達できれば、いま人々が議論したり戦ったり、時にはそのために生命をかけている問題の多くは、時代遅れになり、論議の条件は一変するだろう。

今日労働力とされるものの10〜20%が、今後20-30年にわたってエレクトロニクス住宅に移行するなら、想像も及ばない歴史的転換が起こるだろう。

…このような歴史的大転換自体、われわれが新しい文明の縁に来ているという主張を裏付けるだろう。しかし、われわれは同時に、家族のきずな、友情、学校、企業を含む社会生活全般を変革しようとしている。技術体系、情報体系と並んで、第三の波の社会体系の創造が始まるのである。

—(以上、引用)—

いま、この転換が大規模に起きつつあります。

いずれも1980年に書かれた内容です。改めてトフラーの慧眼には驚かされます。

 

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コロナ禍を成長に転じる経営者と、低迷する経営者

新型コロナで、新しいビジネスの種が生まれています。
今までのしがらみも吹き飛びました。

こんな状況で、部下にこんなことを言うマネージャーもいるのではないでしょうか?

「この状況でどうするか、何か考えてみてくれ」

これはちょっと残念なマネージャーです。
本当はこう言って欲しいところです。

「私が責任を取る。何かやってみようよ」

必要なのは、マネジメントではありません。
こんな時こそ、問われるのはリーダーシップです。

決まった目標があり、その目標達成のためにきめ細かく管理するのがマネジメントです。でも今は、アフターコロナはどんな世の中になるか、何をすべきかがよく見えない状況です。

こんな状況で必要なのはきめ細かく管理するマネジメントよりも、何を目指すか明確にするリーダーシップです。しかしリーダーと言えども何をすべきかはわかりません。だからこそ「あえて現場を知る部下に任せる」という方針を明確にするリーダーシップが求められます。

部下を信じ、とにかく仕事を任せ、上司として腹をくくり、責任を引き受けるべきなのです。

経営者も同じです。多くの経営者はこんなことを考えているのではないでしょうか?

「社内に起業家を育てたい。社員の成長を、会社の成長に繋げたい。そして目玉事業を育てたい」

ここまでの問題意識は素晴らしいと思います。問題はその次です。

「社内クラウドファンディングとかは、どうだろう?」
「でも、どうやって評価すればいい?」
「そもそも、誰に何をアサインすればいいのだろう?」

これでは何も新しいモノは生まれません。「全社一丸!」「標準化し、管理する」というマネジメント発想と、イノベーションは水と油だからです。

イノベーションは、異質なモノの組合せです。多様性から生まれ、創発します。そもそも管理不能なのです。では、どうするか?

私は多くの企業様で、組織横断型の全社研修を行ってきて、実感していることがあります。

研修を通じて、社内の多様性に気がつく人は実に多いのです。

「他事業部がこんなことをしていたなんて知らなかった」
「社内協業が必要だと痛感した」
「会社が成長する種が社内に沢山あることが分かった」

実は社内には、隠れた「宝の山」があります。
しかし組織のサイロ化で、隠れた宝の山は眠ったままになっています。

この組織のサイロを崩せるのは、経営者だけです。

有志メンバーを募って組織横断型のイノベーションチームを作りすべて任せるのも、1つの方法です。社内の多様性を活かし、サイロを崩して社員に任せて「イノベーションを促す仕組みづくり」に徹するべきなのです。

このアフターコロナを、今まで停滞していたイノベーションを活性化するチャンスに転じたいものです。

 

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今この瞬間に生まれている無数の新規事業の種を掴む方法

新型コロナの影響で、多くのビジネスが止まっています。しかしこんな中でも、新たな需要が次々と生まれています。

ごく一例ですが、在宅勤務が急増したことで、遠隔会議サービス、自宅の仕事環境のグレードアップ、運動不足解消のためのジョギングや筋トレ、といった需要が急拡大しています。

この需要の周辺で、たとえばリモートでエクササイズをレッスンしたり、Zoomを活用した営業の方法をコンサルティングしたり、といった新規事業の種も生まれています。

急速に成長し、まだ誰も勝者がいない新規事業は、実に大きなビジネスチャンスです。
新型コロナのために、いまこの新規事業の種が様々な分野で無数に生まれつつあります。
では、いかにこれらの新規事業の種を掴めば良いのでしょうか?

一つの方法は、他の誰も手に付けていない新規事業を立ち上げること。
しかしこれは、率直に申し上げて至難の業です。

ここで現代のマーケティングに最も大きな影響を与えたセオドア・レビットが1966年に書いた論文「模倣戦略の優位性」で紹介した「かじりかけのリンゴ戦術」が参考になります。要約すると、

成功するには最初にリンゴをかじる必要はない。
果汁がたっぷりある二口目か三口目で十分。
ただし果汁が涸れた10口目ではダメ

ということです。

ただレビットがこの考え方を提唱したのは、54年前でした。
当時は3口目を食べるまで1年くらいは余裕がありました。
現代ではこれがかなり短くなっています。1〜2ヶ月の遅れが致命傷です。
最近の実感では、新型コロナでこれがさらに短くなっている印象を受けます。
2週間前のニュースを見返すと、かなり大昔の話のように思えます。

新規事業の種が次々と生まれつつある今、遅くても2週間程度で3口目のリンゴを探し、実際にかじってみることが必要なのではないかと思います。

「コロナが収まってから、じっくり新規事業を考えよう」としても、リンゴは10〜20口目で芯も残っていないかも知れません。

 

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朝活・永井塾 第29回「シュンペーターのイノベーション論」を行いました

今朝は第29回朝活勉強会「永井塾」。テーマは「シュンペーターのイノベーション論」でした。

世の中では「イノベーション」が大流行です。
現代のイノベーション論の源流は、100年前の経済学者・シュンペーターです。

シュンペーターは、次のように言い切りました。
「経済発展の原動力はイノベーション(革新)である」
「イノベーションとは、既存知と既存知の新しい組み合わせである」

現在の数多くのイノベーション論の源をたどると、このシュンペーターに行き着きます。
シュンペーターを理解することで、イノベーションの本質がわかるようになります。

そこで今回は、シュンペーターを題材に、イノベーションのあり方について考えていきました。

今回も早朝から多くの方々に参加いただき、感謝です。

 

次回の朝活勉強会「永井塾」は8月7日(水)。テーマは「ブランド戦略のポイント」です。
詳しくはメルマガでご案内していますので、参加希望の方はメルマガにご登録いただければ幸いです。ご参加をお待ちしております。

 

「成熟社会だから、現状維持でいいのでは?」

先日の朝活勉強会「永井塾」で、こんなご質問をいただきました。

「現代は、人口が減っている時代です。『常に変わり続け、成長していくべき』ということですが、『成長は目指さず、安定状態を維持する」という戦略に切り換える考え方もあるのではないでしょうか?」

確かに高成長が望めない今、「ほどほどで安定できればいい」とも考えたくなるのはよくわかります。
しかし実は、現状維持で安定するためには、変わらなければならないのです。

自分は変わっていないつもりでも、周囲は常にレベルアップしているからです。
自分が変わらなければ、周囲と比べると、相対的に衰退してしまうのです。

アップルは2007年にiPhoneを発表、スマホが本格的に普及し始めました。当時のiPhoneは革新的でライバルを圧倒しましたが、その後ライバルたちが登場。しかしアップルは常にiPhoneの機能強化を続け、出荷金額ベースでスマホ市場のリーダーであり続けています。もしアップルが2007年の初代iPhoneのまま何も変えていなければ、あっという間にライバル勢に追い抜かれています。

このようにライバルに圧倒的に優位でも、いつかは追いつかれます。周りの状況も変わり、必ず時代遅れになります。

だから現状維持するためには、常に変わり続けることが必要なのです。

絵にすると、こうなります。

常に変わり続けるか?さもなくば、衰退と死を受け容れるか?

成熟市場だからこそ、現状維持するためには変わり続けることが必要なのです。

 

 

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「リスクを取らないこと」が、最大のリスク

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「新しいことをやるにも、そんな人がいないよ」
「そもそも、スキルがないし」
「だいたい、失敗した場合に責任が取れるのか?」

 こんな話をよく聞きます。

確かに組織やチームを預かる立場では、今の仕事をそのチームで回すだけでも精一杯。今の仕事だけでも大変なのに、その上で新しいことに挑戦なんて、ムリと思いがちです。

しかしお客さんも市場も、凄いスピードで変わり続けています。こんな状況で最大のリスクは、何も変わらないために、自分たちが取り残されて、賞味期限を起こしてしまうこと。いまや「リスクを取らないこと」が最大のリスクなのです。

 

たとえば馬車全盛期、自動車が生まれました。「当社の本業は馬車だ」と変化を拒んだ会社は急速に消滅しました。

写真フィルム全盛期にデジカメが生まれました。売上・利益の6割超を写真フィルムに依存してた富士フイルムは、変化を受け容れ、新たな挑戦をし、今も成長しています。一方で写真フィルム事業から脱却できなかった会社は消滅しました。

新しいことに挑戦しない限り、組織そのものが消滅してしまう時代なのです。

 

新しい挑戦には、必ずリスクはつきものです。

もしリスクがないとしたら、それは挑戦でも何でもありません。

何も挑戦しない段階でリスクばかりを議論し、ひたすらリスクを回避し続けていたら、新しいものは何も生み出せないし、ましては新しい価値なんて創れません。

 

だから真っ先に考えるべきは、まず「何もしない、やらない」「変わらない」という選択肢を捨てること。

そして「変わる」「新しいことをやる」と決めた上で、挑戦することです。

そして「こうすれば上手くいくのではないか?」という仮説を立てて、挑戦しながらその仮説を検証し、その仮説が間違っていたら、即座に仮説を修正すること。

「リスクマネジメント」という言葉があります。「リスクを徹底的に避ける」という意味に捉える方が多いのですが、本来はリスクを回避するのではなく管理するのが、リスクマネジメントです。新しいことに挑戦してリスクに出会ったら、それを避けるのではなく、正面から取り組み管理することで対応すべきなのです。

たとえば、「日本一の星空ツアー」で有名な阿智村で、拙著「そうだ、星を売ろう」で紹介しなかったエピソードがあります。

当初、「真っ暗な中でお客さんを連れて行くなってリスクだ」という声が多かったそうです。しかし実際にはそれ自体はライトアップを徹底する等で対応可能でした。実は誰も気がつかなかった最大のリスクは、雷でした。阿智村は雷多発地域。星空ツアーは真っ暗な中、15分ロープウェイで移動します。ロープウェイに落雷すると、ロープウェイは停止します。こういう状況になると乗客はパニックを起こすかもしれません。つまり真っ暗な中で乗客を乗せたまま、ロープウェイが落雷で停止するのが、最大のリスクだったのです。そこで阿智村は、雷発生30分前に雷を探知するシステムを整備し、雷を探知したらすぐに客を乗せるのを止め、すべての客が降りたらロープウェイを停止させるようにしました。つまりリスクは自分の管理下に置く。これがリスク管理の考え方です。

仮説を検証し続けて進化させ、そこで発生するリスクも管理し続けることが、学びの集積となり、それ自身が大きな差別化になるのです。

 

まず、「やる!」と決める。
そして、仮説を作る。
そして、その仮説を検証し続けるのです。

 

まずその一歩を踏み出せば、色々なことが変わってくるはずです。

 

 

 

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「100万社のマーケティング」に寄稿しました

宣伝会議が発行している季刊「100万社のマーケティング」2016年夏号に、記事「今、注目の手法&用語:イノベーター理論とキャズム理論」を寄稿しました。

100万社のマーケティング

知っているようで意外と知られていない「イノベーター理論」と「キャズム理論」について、テスラなどの電気自動車、浅田真央選手で有名になったエアウィーヴ、セールスフォース・ドットコムなどの事例を挙げながら、4ページでわかりやすく解説しています。

よろしければご一読ください。

 

 

 

 

オムニマネジメント2016年5月号に連載最終回『2020年東京オリンピックは、世の中を変えるイノベーションを生み出す』が掲載されました

一般社団法人日本経営協会様が発行する月刊オムニマネジメント2016年5月号に、『2020年東京オリンピックは、世の中を変えるイノベーションを生み出す』が掲載されました。

オムニマネジメント201605

 

実は前回1964年の東京オリンピックでは、その後の日本を変える大きなイノベーションが数多く生まれました。それは1964年〆切厳守の無理難題にチャレンジせざるを得なかったからです。

今回2020年の東京オリンピックも、同じように今後の日本を変えるイノベーションを生み出す可能性は、とても高いのです。

本論文ではそのことを述べました。

もしご覧になる機会がありましたら、お手にとってご一読いただければ幸いです。

 

今回で連載12回目、最終回となりました。このような連載の機会をいただきましたこと、感謝します。

真冬の北国で採れたトロピカルフルーツが、なぜ1個2万円で売れるのか?

十勝マンゴー

3年前、北海道・帯広市にお招きをいただき、講演をした時、こんな話を聞きました。

「実は、帯広では真冬にマンゴーを1玉2万円で出荷しています」

最初に思ったのは、(なんで真冬に、帯広でマンゴー?しかも1玉2万円?)

 

北海道・帯広がある十勝地方と言えば、まさに厳寒の地です。
そもそもこんな場所で、どうしてマンゴーを、真冬に作っているのか?そして高く売れるのか?
しかも自然エネルギーだけで栽培しているそうです。
不思議ですよね。

 

日本国内のマンゴーの主産地は、宮崎です。九州の温暖な気候の中で、春から夏にかけて収穫されます。

一方でマンゴーは、年末年始の贈答用としても高い需要がありました。この時期はクリスマス需要も見込めます。
しかし九州とは言え真冬は当然ながら寒いわけで、マンゴーを栽培するのは難しかったのです。

「マンゴーを12月に出荷できないか?」

そこで宮崎のマンゴー農家と、帯広で事業を展開するノラワークスジャパンという会社が、協業を始めました。
2010年11月に宮崎県から成木を移植して栽培を開始。2011年5月には20個を収穫、十勝でもマンゴーが実ることを確認しました。

 

しかしマンゴーを冬に収穫するためには、マンゴーに6ー7月が冬で、12月が夏だと錯覚させる必要があります。そこで大型ハウス栽培に挑戦しました。

しかし石油や電気エネルギーを使って大型ハウスを暖房・冷房していては、お金もかかります。地球にも優しくありません。では、どうするか?

そこには逆転の発想があったのです。

 

十勝地方の冬、大雪が積もります。
そこで夏場は、木屑をかけて保存した雪山から、大型ハウス地下にパイプを通して水を循環させ、真夏の地水の温度を下げるようにしました。これでマンゴーは真夏を「南国の冬」と錯覚します。

また十勝地方には、「美人の湯」として知られる十勝温泉があります。
そこで冬場は、この温泉水を循環させて、冬場でもハウスを30度以上の温度を保つようにしました。これでマンゴーは、冬場を「南国の夏」と錯覚します。加えてミネラル豊富なこの温泉水は、マンゴーの木にも与えられています。

さらに十勝地方は年間平均日照時間が2033.2時間。これは北海道内ではトップクラス。日本国内でも、宮崎市や高知市、和歌山市といった日照時間が長い地域と比べて遜色がありません。冬も晴天が続きます。このおかげでマンゴーも完熟します。

実は帯広・十勝は食糧自給率は1100%。わが国有数の食料生産基地なのも、この国内有数の日照時間のおかげなのです。

 

このおかげで、日本一の糖度15度超、さらに繊維質も少なくとろける味わいのマンゴー生産に成功しました。
十勝で生まれたマンゴーは、「白銀の太陽」と名付けられています。

十勝マンゴーは、「マンゴーはシーズンもの」という従来の常識を覆して「クリスマスに美味しいマンゴーを届ける」というイノベーションを実現し、「年末年始の贈答」「クリスマス需要」という「お客様が買う理由」を創りあげ、新たな顧客を創造したのです。

 

【参考リンク】
十勝マンゴー、冬取り成功(十勝毎日新聞社ニュース)

「白銀の太陽」通販サイト

 

ガラガラの紳士服店は儲かっているのか?

紳士服

家の近所に、全国でチェーン展開している紳士服専門店があります。

店の前をよく通りがかるのですが、お客さんはあまり入っていません。店員もまばらですが、店内にはかなり多くの商品を展示しています。

「お客さんも店員も、ほとんどいない。商品は沢山ある。儲かっているんだろうか?」

同じように不思議に思っている方も多いのではないでしょうか?

私も不思議でしたので、調べてみました。

 

そもそも紳士服専門店各社は、儲かっているのでしょうか?大手4社の2015年度業績は次の通りです。

青山商事   売上 2221億円 経常利益 247億円
AOKI   売上 1838億円 経常利益 189億円
はるやま商事 売上 504億円 経常利益 31億円
コナカ    売上  386億円 経常利益  11億円

どこもしっかり儲かっていますね。

しかし「紳士服専門店」というと、思いつくのはこの4社。
他にも横文字チェーン店があります。でもThe Suit Companyは青山商事、ORIHICAはAOKI、Perfect Suit JOYははるやま商事、SUIT SELECTはコナカが展開しています。世の中で目にする紳士服専門店のほとんどは、この4社で占めています。よく考えてみると不思議ですね。

 

そこで「紳士服専門店」という業態ができた経緯を調べてみました。

紳士服専門店は、1970年代から1990年代にかけて急成長しました。先鞭を付けたのは「洋服の青山」の青山商事です。

1970年代当時、紳士服は主に百貨店で売られていましたが、1着で給与1ヶ月分と、会社員にとっては高価でした。

そこで青山商事創業者の青山五郎社長は、「スーツを気軽に1ヶ月分の小遣いで安く買えるようにしよう」と考え、自社で開発・生産し、自社の店頭で売るようにしました。

これはSPA(製造小売販売)モデルという形態で、ユニクロやGap、最近ではAppleも展開しています。自分で材料の調達から、生産、配送、さらに店舗でお客さんに売るところまですべてをカバーしているので、自社商品に最適化でき、高収益になるのですね。

 

ただ、「紳士服専門店が儲かっているのは、自社で調達・生産・販売するSPAモデルで展開しているのが理由だ」と言われても、なんだかしっくりきませんよね。他にも理由がありそうです。

そこで青山がどのように生まれて成長したかを見てみましょう。

 

1972年、既に紳士服販売に特化して6店舗を展開していた青山商事の創業者・青山五郎社長は、同業他社のトップと一緒に「米国商業視察ツアー」に行きました。

視察の途中、サンフランシスコ郊外の巨大ショッピングセンター(SC)に立ち寄りました。周囲は何もない荒野ですが、賑わっています。ここで青山社長は疑問を持ちました。

「そもそも誰もいない郊外に、こんな巨大な商業施設を作って、なぜ商売が成り立つんだろう?」

当時の日本の常識は、「人が集まるところに店を出そう」だったのですね。

翌日。青山社長は別の視察先に行く一行から離れ単独行動を決意。タクシーを100Km飛ばしてその巨大SCに戻り、気がつきました。

そのSCの前には幅100mの大きな幹線道路があり、建物の数倍の面積を持つ巨大な駐車場が併設されていたのです。「カーショッピング」という、当時の日本には存在しなかった、まったく新しい販売形態だったのですね。

当時、日本でも家庭に自家用車が急速に普及し始めていました。青山社長は考えました。

「これはそのうち日本にやってくる。しかも、まだ誰も気づいていない」

一方で、この販売形態で特有なこともわかってきました。

まずこのやり方は、土地代が高い都会では無理。郊外だからこそ可能です。

一方で都会の買い物では、店に立ち寄るお客さんは多いものの一見客も多く、必ず買うとは限りません。しかし青山の場合、カーショッピングで紳士服専門店に車で来るのですから、消費の目的は明確に「紳士服を買うこと」です。

「これはいける」と考えました。

1974年、周到に準備を重ねた青山商事は、郊外ロードサイド型店舗(幹線道路の脇に建てて車で買い物にくるタイプの店)の一号店を広島県東広島市の西条町に出店しました。

当時、紳士服店は繁華街に出店するのが常識。そこへ、田んぼの真ん中に売り場面積70坪の紳士服専門店が突然あらわれました。当時地元の同業者たちは、「青山は気がふれた」と笑っていたそうです。

さらにオープン当初、お客さんは店に一人も来ませんでした。目の前の幹線国道を走るのは、トラックやライトバンなどの商業車ばかりでした。そこで手持ちぶさたの店長と販売員は、手分けして半径15Kmにくまなくパンフを定期的に配りました。

半年後、徐々に客が来るようになりました。そしてその客はほぼ100%、紳士服を買いました。

2号店以降は事前に販促活動を徹底してから開店するようになり、開店日から売れるようになりました。

こうして郊外ロードサイド型店舗の紳士服専門店の全国展開が始まりました。

 

このタイプの店に来るお客さんは「スーツを買う」という目的が明確で一見客はいないので、販売員も実際に買うお客さんに対応できる人数でOK。さらに商品が紳士服なので、販売員に必要な専門知識も絞り込まれています。販売員一人当たりでカバーできる店舗面積は、他業態と比べて格段に広くなります。だから私の近所の紳士服店も店員がまばらだったのですね。

来店する買う気満々の客には、確実に買ってもらうことが必要です。そこで紳士服に絞り込み、要望に対応できるように品揃えを幅広く用意しました。紳士服は1着数万円程度と高単価です。一日に10人来店し、1着ずつスーツを購入すれば、売上は一日数十万円。加えてSPAモデルなので粗利はその半分。収益性は高いのです。

「洋服の青山」を展開する青山商事を追って、各社も参入。紳士服専門店は、1990年代まで市場の成長とともに急成長しました。

 

一方で紳士服専門店というと、先に述べたように現在は青山、コナカ、AOKI、はるやま商事の4社ですよね。なぜいま、他の会社は参入しないのでしょうか?

紳士服チェーンは、1店舗で5万人の商圏をカバーする、と言われています。日本の人口は1億2600万人ですので、大まかに言うと2500店舗で飽和します。2015年時点の店舗数は次のようになっています。

青山858/コナカ344/AOKI557/はるやま商事477 →合計2236店舗

既にほぼ飽和状態です。この状況で、紳士服チェーン各社は新規出店と閉店を繰り返しています。つまり飽和市場で、既に強力な先行企業4社で寡占状態になっており激しく争っているので、他社はなかなか新規参入できないのです。

言い換えれば市場への参入障壁が高いため、4社で「残存者利益」を得ていることになります。

 

では市場全体はどうなっているのでしょうか?

矢野経済研究所「アパレル産業白書」によると、2007年に3099億円(小売金額ベース)だったスーツ市場規模は、団塊世代退職やクールビズ浸透により、2013年には2183億円に減少しています。

市場の成長段階にわけて戦略を考える「製品ライフサイクル」という考え方があります。図にするとこうなります。

製品ライフサイクル

この「製品ライフサイクル」で整理すると、紳士服市場は次の状況になっています。

導入期(1970年代前半) →一般的に、赤字です
成長期(1970年代後半〜90年代) →一般的に、利益が拡大します
成熟期(2000年代〜現在) →一般的に、利益は最大です
衰退期(現在〜将来) →一般的に、利益は減少します

既に紳士服専門店は市場として衰退期に入りつつあることも、新規参入がない理由なのでしょう。

このままでは、紳士服専門店はどこも収益が下がっていきます。そこで各社も多角化戦略を打ち出しています。

青山商事は、周辺アイテム(ドレスシャツ/靴)やカジュアル事業の拡大を図るとともに、レディスを強化、さらにEC/オムニ戦略を推進、加えて飲食事業や海外展開(主に中国)が成長しています。 →参考リンク

AOKIホールディングスは、機能性商品開発やブランド化(CAFÉ SOHO)を図るとともに、レディスを強化。さらにブライダル事業、カラオケルーム運営事業、複合カフェ市場も展開を始めています。→参考リンク

各社の今後の戦略は、「アンゾフの成長マトリックス」という考え方で整理できます。

アンゾフの成長マトリックス

 

この考え方で各社の今後の戦略をおおまかに整理してみると、

市場浸透戦略(既存客に、既存商品をより浸透させる)→EC/オムニ戦略、機能性商品、ブランド化
市場開拓戦略(新規顧客に、既存商品を売る)→海外展開、レディス
新商品開発(既存顧客に、新商品を売る)→カジュアル化
多角化戦略(新規顧客に、新商品を売る)→飲食事業、カラオケ(郊外展開の相乗効果を考慮)

ということですね。

 

世の中の変化を誰よりもサキドリし、「お客様が買う理由」を創りあげたのが、青山をはじめとする紳士服専門店が成功した大きな理由です。

さらに市場全体を製品ライフサイクルなどの大きな時間軸で見ると、打つべき手も見えてきます。

そして各社の戦略も、マーケティングの考え方で整理できます。

 

 

身近な紳士服チェーンから、自社にあてはめて学べることも多いのではないでしょうか?

 

 

 

変革は、若者しかできないのか?

変革

「やはり、若い人でなければ変革はできないのでしょうか?」

講演の質疑応答で、こんな質問をいただきました。

この講演では、ある地域活性化の取り組み事例をご紹介しました。

5年前、急速に衰退する地域にいる30代の若い方が「このままでは子供たちにこの地域を引き継げない」という危機感を持ち、賛同する少人数の同志と一緒に地域活性化に取り組みました。そして5年間で大きな成果を上げ、仲間も広がり、この地域は賑わっています。仲間の多くは若い方々です。

そこで冒頭の質問をいただいたのです。

地域活性化は、大きな変革プロジェクトです。
経験豊富な反対派も次々と現れ、チームは様々な組織的な壁にぶつかります。ともすると若者だけでは突破が難しいケースもあります。

この地域では、最初に志を共有した同志の中には、60代の経営者もいました。経験豊富なこの人がいたおかげで、組織的な問題にも対応でき、突破できました。

 

人は経験を重ねて成功すると、その成功体験が正しいと思いがちです。
しかしその成功体験は、賞味期限が切れてしまいます。

たとえば高度成長期、かつては一部の人しか楽しめなかった旅行が、低価格化と可処分所得の増加により一気に大衆化しました。この現象が「マスツーリズム」です。実際に私が学生の頃は、単に「海外旅行したい」という単純な理由で欧州に行く人も少なくありませんでした。

かつては顧客は「大衆」と考えるマスツーリズムは、成功の方程式でした。

しかし価値観が多様化し、成熟化した現代では、「海外に行きたい」という単純な理由だけで旅行する人はほとんどいません。多くの人は「エジプトのピラミッドを見たい」とか「フロリダのディズニーリゾートで遊びたい」といったように、自分の価値観にあった明確な理由で旅行に行きます。

こんな時代に、高度成長期のマスツーリズムの成功体験で「大衆向け」の集客をしても、お客さんは集まりません。
顧客は「個客」になったからです。

このようにかつての成功体験は、時代の移り変わりとともに賞味期限が切れていきます。
ですから、その昔の成功体験を、問題意識と志を持ってリフレッシュできるかどうかが重要なのです。
この地域で若いリーダーと志を共有していた60代の経営者の方も、「このままでは衰退するばかりだ」という大きな問題意識を持っていました。だから変革出来たのです。

 

83歳になるセブンアンドアイの鈴木敏文会長は、常に「変化対応」と言い続けています。鈴木会長は、1945年に第二次世界大戦で日本が敗戦したことで、価値観が根底からひっくり返ったことが原体験になり、常に変革し成長し続けるセブンイレブンを生み出したのです。

 

確かに若い人は、シニアな人と比べて経験値が少ないので、過去の成功体験に囚われません。新鮮な目で現状を見ることができ、過去に囚われることなく危機感を持つことができます。

では、若い人でなければ変革はできないのか?

そんなことはありません。重要なことは、「志と危機意識を持って、現状を否定できるかどうか」

経験を重ねてもそれが可能なことは、この地域の60代の経営者も、そして鈴木会長も、証明しています。

 

年齢を重ねても、問題意識と志を常に忘れないようにしたいものです。

 

 

世界で話題騒然のウーバー(Uber)。東京都内で乗ってみた

Uber

Uber(ウーバー)というサービス、ご存じでしょうか?
米国で生まれた自動車配車ウェブサイトと配車アプリです。
現在は世界58カ国で展開。普通のタクシー配車に加えて、一般の人が自分の空き時間と自家用車を使い他人を運ぶ仕組みも提供しています。このため米国ではタクシー業界が大きな影響を受けています。

一般の人が自家用車で他人を運ぶサービスは、日本では国交省の「白タク規制」にひっかかります。
実はUberは既に2014年から、「白タク規制」に引っかからない部分でサービスを開始しています。文化放送「オトナカレッジ」でお世話になっている放送作家・鈴木さんに教えていただいて、このことを知りました。

ということで私も先週、Uberを使ってみました。色々な発見がありました。

 

まず、Uberのアプリをスマホにダウンロード。設定は簡単です。メールアドレス、携帯電話番号、氏名、クレジットカード情報を入力します。これで個人が特定でき、自動決済できます。

この日は、東京・赤坂アークヒルズで仕事し、浜松町に移動するためにUberアプリを起動。近くで走っているUber対応の車が表示されます。

TAXI、プレミアムTAXI、ブラックVAN、ハイヤーの4種類別に、利用可能な車がどこにいるのかが地図で表示されます。車も地図上で刻一刻と動いています。このときはブラックVANとハイヤーのみが利用可能でした。5分程度で到着とのことでしたのでブラックVANを指定。車種はトヨタAlphard。ドライバーの氏名と顔、車種とナンバーも表示されます。若いドライバーでした。「この人が来るんだな」と事前にわかるのですね。

すぐに運転手の方から携帯電話に着信があり、待ち合わせ場所を口頭で確認。

アークヒルズ前の待ち合わせ場所で待ちながらスマホでUberのアプリを見ていると、地図上で今どこにその車があるかが表示されます。時間通りに到着し、乗り込みます。

ドライバーとお話しします。

「タクシー会社にお勤めなんですよね?」
「はい。今はUber専属でお客さんを乗せています」
「どの程度のお客さんがいるんでしょう?」
「毎日20件くらいですね。海外の方にとっては便利なようです。自分のスマホで自国語で表示されますし、日本語が話せなくても確実に到着地に着きますからね。お金の受け渡しもないので、安心です。自分の国でUberを使うのとまったく同じ感覚で使えるのがいいようですね」
「なるほど」

そんなことを話しているうちに、浜松町に到着しました。事前登録しているクレジットカード決済なので、ドアが開きそのまま何もせずに降ります。お金のやりとりをせずにそのままタクシーを降りるのはちょっと新鮮な体験ですね。

降車するとタクシーの領収書がメールで届きました。Uberアプリでも履歴が確認できます。プレミアムタクシーなので、実は普通のタクシーと比べると料金は若干高めです。通常1000円程度の料金が1990円でした。評価を付けられるので、最高の★★★★★にしました。

 

このように「白タク規制」がある日本では、タクシー会社だけがUberのサービスを提供しています。海外でタクシー会社でなく一般人がサービスを提供する場合も、基本は同じ仕組みのようです。

乗る立場になると「一般人が運転する車に乗るの?ボッタくられるんじゃないの?」とか、運転する立場になると「どんな客が乗るかわからない。怖い」と思いがちです。しかし顧客と運転手が互いに評価しあい、その評価をオープンに公開することで、事前にどのような人が運転したり乗ったりするかがわかり、未然にトラブルを防いでいるのです。

さらに海外では、自家用車を運転する一般の人が「A地点から、B地点を経由して、C地点に車で移動します。乗りたい人はどうぞ」とネットに登録し、そこに乗りたい人が申し込む仕組みもあるようです。一般人がサービスを提供する場合は当然料金もタクシーと比べて安いですし、手軽に使えるので、今までタクシーを使わなかった新たな顧客を生み出し、需要も創造しているのですね。

Uberによる2015年半期の売上は推定500億米ドル(6兆円)にも達するとのことです。

 

当初、創業者がUberのサービスを思いついたときは、誰もが荒唐無稽なアイデアと言ったのではないでしょうか? しかしこのサービスが今や非常に大規模になっています。同じようなサービスを思いついた人は沢山いたでしょう。しかし実行するのが何よりも大切だということが、このUberの成功からわかります。

さらにこのUberの裏には、挑戦したけれども失敗して消えていった他の方々の膨大なアイデアがあるはずです。

 

「新規事業とは、こんな形で生まれて、育っていくのか」と思った次第です。

 

 

下町ロケット・佃航平は、ものづくりではなく顧客づくりをしていた

ロケット2

最終話は2015年連ドラ最高の視聴率22.3%を記録した、あの「下町ロケット」

私も第一話から最終話まで見ていました。池井戸ファンの私としては本も2冊読みました。そして気づいたことがあります。

この物語は一見、日本企業への「ものづくり賛歌」に見えます。
しかし物語が進むにつれて、実はそうではないことに気がつきました。

最初の頃の佃製作所は、高性能エンジン技術に特化してはいるものの、何に使えるかわからない儲からない技術にばかり投資し、過大な研究開発予算で会社のお金も回らなくなり、大口取引打ち切りもあって、何回も経営危機を迎えます。主人公の佃航平も、社員から「社長、もっと経営やビジネスのこと考えて下さい」と迫られ、「オレは経営者失格なのか」と悩みます。

その姿は、顧客が見えない「ものづくり」に没頭する日本企業の姿とダブります。

しかし物語が進むにつれて、佃製作所が蓄積してきた技術を必要とする顧客が現れてきます。

たとえば、帝国重工宇宙航空部の財前部長。
初の100%国産ロケット打ち上げの厳命を受けて、高性能バルブシステムを必要としています。

さらに「ガウディ編」では、財前部長はバルブに混入する異物をセンサーで感知して粉砕する佃製作所のシュレッダー技術が、将来ロケットの信頼性を格段に向上することを見抜き、その布石としての位置づけで、ガウディ計画への参画を決意します。

また、北陸医科大学・一村教授。
心臓手術に使用する人工弁「ガウディ」の開発責任者として、血栓を生じない高信頼性の人工弁を必要としています。

これらの難易度が高い課題に応えられる技術を持った企業は、佃製作所しかなかったのです。

 

つまり物語を通じて、佃製作所は、地道な技術蓄積の末に極めて強い「お客様が買う理由」を創り上げていったのです。
私がいつも提唱している「お客様が買う理由」のフレームワークで整理してみます。

 

■ロケットのバルブシステムの場合

(1) 佃製作所の強みは何か?
高性能タービン技術

(2) その強みを必要とするお客様は誰か?(= ターゲット顧客)
帝国重工宇宙航空部 財前部長

(3) そのお客様が必要とすることは何か?(= 顧客課題)
帝国重工社長からの至上命題は、初の100%国産ロケット打ち上げ。そのためには、燃料である液体水素と、酸化剤である液体酸素をタンクから高圧でエンジンに送り込む高信頼性のバルブシステムが必要としていた。(部下の富山が開発に成功したが、その特許は佃製作所が先に抑えていた)

(4) お客様が自社を選ぶためにどうするか?(= 解決策)
より高性能・高信頼性のバルブシステムを開発し、帝国重工へ供給する

 

■ガウディ計画の場合

(1) 佃製作所の強みは何か?
ロケット品質の高性能タービン技術

(2) その強みを必要とするお客様は誰か?(= ターゲット顧客)
北陸医科大学の一村教授

(3) そのお客様が必要とすることは何か?(= 顧客課題)
心臓弁膜症の治療に使われる人工弁は外国製のものが多く、成長期にある子どもの患者は、成長するたびに新しい人工弁に取り替える手術が必要になる。そこで取り替える必要がない人工弁を国産化したい。そのためには血栓が生じない高信頼性の弁を必要としていた

(4) お客様が自社を選ぶためにどうするか?(= 解決策)
人体の臓器よりも血栓発生率が少ない高性能・高信頼性の人工弁を開発し、供給

 

いずれの場合も、自社の強みを徹底的に見極めた上で、その強みを活かせる顧客を見定め、課題を徹底的に理解し、解決策を提供していることがわかります。

いわば、「ものづくり」だけではなく、その先にある「顧客」も見据えて、「顧客づくり」に邁進しているのです。

 

この裏にあるのは、主人公・佃航平の

「技術は人を支える。人間社会を豊かにする。人を幸せにする」

という強い想いです。泥臭くもがきながら技術を追求し続け、いかに顧客を幸せにし、よりよい社会にするかを考え抜いているのです。

 

「自分がやりたいことをやるための『ものづくり』」ではなく、「お客様が欲しいと思い、幸せになるような『ものづくり』」が必要であることを、私はあらためて下町ロケットから学ぶことができました。