「あの会社には、もうコンサルティングは頼みません」
ある会社のコンサルティングについて、知人がこのように言いました。
その会社は、「プロフェッショナルで高品質なコンサルティング」が売り物でした。詳しい話を聞いて、知人がその会社に「もう頼まない」と言った理由がわかりました。
その会社からの見積書には、「初回につき、特別に8割引」とありました。何もお願いしていないのに大幅に値引いていたので、知人は驚きました。
一方で値引きされた見積額は知人の想定金額。
つまり正規料金は彼が想定してた金額の5倍だったのです。
知人は、想定金額の5倍という高品質なコンサルティングを期待しながら発注しました。
「プロフェッショナルで高品質なサービスが売り物」ということでしたが、実際に担当したのは初心者でした。その会社は、OJTも兼ねてコンサルティングサービスを提供したのかもしれません。
結果として、成果はほとんどありませんでした。知人は残念そうに言います。
「『この仕事は苦手だから、プロにお願いしよう』と思って、この会社にお願いしたのですが…。独力でやった方が、ずっといい結果になったと思います。無駄な手間と時間がかかっただけでしたね。私の見極めが甘かったのですね」
「サービスの価格設定は、怖いな」と思いました。
改めて、整理して考えてみました。
顧客満足は、次の式になります。
顧客満足 = 提供価値 − 事前期待値
たとえば、100の事前期待値を持っている顧客に100の価値を提供しても、顧客満足は100引く100なので0。顧客の言いなりになっている限り、顧客の事前期待値は超えられないので「当たり前」と思われます。顧客満足を100にするには、事前期待値を大きく超える200の価値を提供する必要があります。
では、このケースではどうでしょうか?
最初に知人は、「正規料金は、想定金額の5倍」と告げられました。この時点で、通常の事前期待値が100とすると、たとえ8割引であったとしても、知人の事前期待値は正規料金の5倍の500にはね上がっています。
しかし実際に提供されたのは、初心者によるOJTを兼ねたサービス。恐らく提供価値は20程度でしょう。
顧客満足度は20−500なので、マイナス480。
このように考えると、知人が「もう頼みません」と言うのも、無理はありません。
仮にその会社が提示した価格を「正規料金の8割引」と言わず、正規料金を最初から1/5に設定した上で「これは値引きなしの正規料金」としていたらどうでしょう?事前期待値は100のままなので、提供価値は20でも、顧客満足度はマイナス80で留まっていた筈です。
このように、たとえ値引きしても正規料金を提示した時点で、顧客の事前期待値はその正規料金で設定されてしまいます。
一方でサービスには、必ずコストがかかります。サービスを、熟練者により8割引で提供すると、多くの場合は採算割れになります。そこで二通りの方法が採られます。
(1) 採算度外視で、熟練者がサービスを提供する
(2) 採算を合わせるために、初心者の担当者で対応する。(かつOJTを兼ねて、担当者スキル向上も図る)
正規料金を提示した上で値引きをしたのであれば、本来あるべき姿は(1)です。サービス提供者は、常にお客様の期待値を上回る価値を提供することが求められているからです。
知人が遭遇したのは、おそらく(2)のケースです。正規料金であれば熟練者に担当させるところを、8割引にしたために初心者にOJTを兼ねて担当させたのです。
熟練者が提供するサービスと初心者が提供するサービスでは、大きな差があるのは自明です。そして高品質を期待しているお客様に初心者によるサービスを提供することで、お客様の満足度は大きく下がります。
加えてサービスを受けるお客様は、サービスに支払う費用の他にも、時間や手間など様々な見えないコストをかけています。低品質なサービスを提供すると、それらの大きなコストも無駄になってしまうのです。さらに機会損失も莫大です。
「値引きしたから」という理由で採算性を考え、OJTを兼ねて初心者が対応するのは、サービス提供者側の発想です。
たとえ「値引きした」と言ったとしても、正規料金を提示した以上、正規料金のサービスを提供する義務があるのです。
なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
サービス提供者が、「高い正規料金を設定すれば、プレミアム感を訴求できる一方で、値引率を大きく見せれて提示すれば割安感も訴求できる。いずれにしてもお客様が支払う金額(=売上)は同じ。だから一石二鳥だ」と考えているからかもしれません。
しかし実際には、高い正規料金を設定することにより事前期待値を必要以上に上げてしまう一方で、提供する価値の満足度を大きく下げることで、顧客離れを引き起こしてしまうのです。
価格設定こそ、周到な戦略思考が求められるのです。
そして値引きを提示する際には、慎重な上にも慎重を期して、明確な理由を持つべきなのです。
自戒を込めて、考えたいものです。