代理店業を営む、ある中小企業の社長とお話ししたときのこと。
「創業して30年以上が経ちますが、ウチは一度も歩合給制を採用したことがありません。ずっと固定給制です」
この業界はある商品の代理店業なので、個人や企業への販売活動が中心になります。そのために、セールスに対して、短期的な売上成績へボーナスを支給する歩合給制を採用する会社は少なくありません。
しかしこの会社は、短期的な成績が給与に反映されない固定給制を堅持したまま、地域に密着し、好業績を上げ続けておられます。
歩合給制という業界の常識を覆して、なぜこの会社は固定給制度を堅持してるのでしょうか?
詳しくお話しを伺って、2つ理由があることがわかりました。
1つ目の理由は、それが企業理念に沿ったものだからです。
この会社の企業理念は、「お客様の”生きる”を”本気”で考える」です。
そのためには目先の売上を追わずに、お客様の課題を徹底的に理解し、その課題に合った提案をしていくことが必要です。
お客様との対話を通じ、お客様自身も気がつかない課題を見つけることも少なくありません。そこでその課題を一緒に考え、解決策を提示していきます。
お客様の課題を解決するためには、必ずしも高価格帯の商品が適切とは限りません。むしろ低価格帯でも、課題解決に最適な商品もあります。
しかし歩合給制は、セールスが短期的な売上を増やす動機付けになります。そのために歩合給制を採る会社のセールスの場合、この状況では高価格帯の商品を提案するケースも多いのです。
しかし固定給制であれば、そのような動機付けは働きません。
むしろ「お客様の”生きる”を”本気”で考える」という企業理念があり、固定給制という給与体系があることで、たとえ低価格帯であってもセールスはお客様の課題解決のために最適な商品を提案できるのです。
そしてそのような提案を受けたお客様からの信頼を獲得し、次の案件も任されるようになります。
固定給制は、企業理念と一体化したものだったのです。
2つ目の理由は、より現実的な問題です。
社長は、このように話を続けました。
「そもそも歩合給制で成績を上げられるような優秀なセールスは、ウチのような小規模の会社にはまず入ってきません。だから歩合給制を採用しようにも、『できなかった』というのが現実なんです」
社長はこのように前置きをした上で、たとえ話をされました。
「大きなテーブルを一人で持ち上げられる人は、滅多にいません。でも四隅を4人で持てば、誰でも簡単に持ち上げられますよね。同じことです。ウチの会社もスタッフで役割を分担して、優秀な営業と同じ結果を皆で分担して挙げられるような仕組みにしたんです」
この業界では、優秀なセールスが独立して会社を立ち上げ、代理店を始めるケースが多いのです。
しかし経営者である自分と同じ力量を持つ優秀なセールスは、なかなか入社して来ません。そのままでは、経営者の個人技に頼ってしまうことになります。
この会社も、社長は優秀なセールスでした。しかし自分の営業スキルだけに頼っていては、会社は大きくなりませんし、自分もセールス活動で忙しいまま。なかなか時間は作れません。
そこで誰か一人の力に頼ることなく、社員全員が、社長である自分と同じ事ができるようにする必要があります。
個人技を追求するのではなく、組織力で対応できるようにするということですね。
そのためには、(1)社長と同じ判断ができるようにすることと、(2)スキルを付けることだ、と、この社長は考えられました。
(1)社長である自分と同じ判断ができるようにするために、経営理念を明確にした上で、社員のあるべき行動をクレドや行動指針などで明確化し、さらにそれらと一貫性がある人事評価基準を作りました。
(2)さらにスキルを付けるために、社員に対して手厚く研修を行っています。
そして歩合給制により短期的な売上拡大を狙うのではなく、固定給制で長期的な全体の給与の底上げを図っているのです。
お話ししていて、「お客様が買う理由を作る」ためには、
経営理念:いかに社会へ貢献するか
→自社の価値:お客様が買う理由の明確化
→企業文化:失敗からの学びの奨励・人事評価
→個人の働き方
これらがすべて首尾一貫していることが必要であることを改めて学ばせていただきました。