朝市のおばあちゃんから学んだ顧客中心主義


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「1年365日、この朝市には毎日顔を出して売っているんですよ」

先日のこと。ある温泉街の朝市で出会った女性が、このようにおっしゃいます。

「365日、一日も欠かさずに、ですか!凄いですね」

「そんなに凄いことなのかねぇ。この10年間、続けているんですけどね」

そう言いながら笑います。年齢は70歳頃でしょうか?とてもお元気そうです。

「10年間、1日も欠かさずに、ですか!それは大変ですね」

すると(とんでもない)と顔を振りながら、意外なことをおっしゃいました。

「ここに来るのが、毎日とても楽しいんですよ。お客さんとお話ししていると楽しくて、元気をいただけるのよねぇ。本当に有り難いことでねぇ」

ご長男は食品工場を、次男は店を継ぎ、息子さんたちが作っている佃煮などの加工食品を、この朝市で売っているそうです。

「息子たちが作っている佃煮の感想を、お客さんが試食して『美味しい』と言いながら、買ってくれるのが嬉しくてねぇ。気がつくと10年間、毎日来ているのよねぇ」

確かにお話ししながら試食した佃煮はとても美味しくて量も手頃で、私もお話ししながら買ってしまいました。

 

この時に思い出したのは、半年前の講演の際に、社員数百名規模のある中堅食品メーカーに勤める幹部の方からいただいた質問でした。

「『価格を下げずに価値を上げましょう』ということですが、それは理想論ですねぇ。現実はいつも『値引きしろ』と言われ続けていんですよ」

ちょっと疲れた感じのお話しの様子から、日々の仕事のプレッシャーがにじみ出ています。

「値引きしなければいけないほど、商品の競争力は弱いんですか?」

「とんでもない。商品競争力には自信を持っています。食べた方は、みんな『すごく美味しい』っておっしゃいますよ」

「ではなぜ価格勝負に陥っているのでしょうか?」

「あれ?そう言えば……。ナゼナンダロウ 」

よくお話しを伺うと、この会社の営業の方々は99%の時間を卸業者や小売業者などの取引先と会っていました。消費者と接点を持つ人は全社の中で極めて少数だったのです。

 

朝市のおばあちゃんと、この中堅食品メーカーの決定的な違いは何か?

二つあります。

 

一つ目は、最終消費者に会っているかどうかの違いです。

 

朝市のおばあちゃんは、10年間毎日消費者に会っています。

お客さんとのおしゃべりをしながらお客さんのプロフィールを理解し、試食したお客さんの反応を見ながら、どのお客さんにどの商品が受けるかを、身を以て肌身で感じ、理解しています。

食品工場や店の責任者である息子さん達には、おそらく日々の世間話に交えながら、そうやって得られた情報をフィードバックしているはずです。

この朝市で売られる佃煮には、この膨大な仮説検証によって蓄積された「お客様が買う理由」が凝縮されているのです。

 

一方の中堅食品メーカー。最終消費者にはほとんど会えていません。

食べてもらうと「美味しい」という反応が返ってきます。しかしその美味しいことは消費者に伝わっていません。

「美味しければ買う」と思っていますが、実際には、「お客様が買う理由」が美味しいこと以外にも様々な要因があります。

たとえばある商品は、かつては4人家族用を想定し4人分まとめて包装していましたが売上が徐々に落ちてきました。そこで単身家庭やシニア夫婦からの「美味しいけど多すぎる。残すのももったいないので、ウチでは買えない」という声を受けて、個包装にしたところ、販売が伸びました。

毎日お客さんと話している朝市のおばあちゃんなら、「ああ、そう言えば今朝、私と同年代のご夫婦が、『もっと小さくしてくれれば買うのに』って言ってたわよ」と息子さんに話して、息子さん達は「じゃぁ、これで売って来なよ」と個包装にした商品を渡して、その翌朝には対応しているのでしょう。

しかし最終消費者に会えていない会社ではそのようなニーズは拾えず、「美味しいのになぜ売れないのか?」と悩むのです。

 

決定的な違いの二つ目は、愉しんでいるかどうかです。

朝市のおばあちゃんは、「10年間、一日も欠かさずお客さんに会っている」と心から愉しそうにしています。「自分がやりたいことを、やっている」という実感、「働く喜び」が、小さな身体全体から湧き出ていました。好きなことをやっているので、アイデアもわき上がってきます。

一方の食品メーカーの幹部は、辛そうでした。思考も堂々巡りから抜け出せていません。

 

最終消費者は、価値を提供する相手でもあります。

自分たちの商品が、その人にいかに役に立っているか?

そのことを知り、学びながら価値を進化させていくことは、実は愉しいこと。いわば知的ゲームなのです。

 

温泉街の朝市で出会ったおばあちゃんとの会話は、10分程度でした。

しかし「最終消費者に会うこと」「仕事を愉しむこと」は、食品業界に限らず、あらゆる業界に共通して重要なこと。

顧客中心主義のあるべき姿について、実に多くのことを学ばせていただきました。

 

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