今こそ、マズローから学べ


「欲求段階説」で有名なマズローという心理学者がいます。マズローは20世紀後半の心理学を作り直して「人間性心理学」という新領域を打ち立て、様々な分野で数多くの著作があります。

そんなマズローは1960年代初頭、ある企業の仕事をきっかけに経営学と出会い、自分が研究してきた心理学が経営学で大きな可能性を持つことを知りました。「欲求段階説」はその時に生まれた考え方です。

当時の米国は、大量生産時代絶頂期。「モダンタイムズ」でチャップリンが演じたような大工場で労働者は指示されるがまま働いていた時代。労働争議も頻繁に起きていました。

マズローはこう考えました。
「『言うとおり働け』という大量生産のやり方は、ちょっと違うんじゃないか?人間はもの凄い潜在力を持っている。自己実現を目指す個人が組織の使命と一体化して本来持っている創造性を発揮できれば、企業は『完全なる経営』ができるはずだ」

彼のこの時の気づきは1962年に手記としてまとめられ、私たちは名著「完全なる経営」で読むことができます。このマズローの思想は、現代の経営理論に大きな影響を与えました。当時新進気鋭の経営学者だったドラッカーも「本書は私にインパクトを与え続けてくれる知恵の泉」と述べています。

本書で、マズローは36の前提(仮定)を示しています。その中で主なものを紹介します。

①人間は信頼できるものだ
②誰もができるだけ多くの事実について、できるだけ完全な情報を得るべきだ
③すべての人間が達成意欲を持っている
⑤全ての人間は、組織のどこにいる人でも、経営目標を共有し、その目標と一体化できる
⑥社員同士は互いに好意を持っていて、対抗心や嫉妬とは無縁である
⑭人間には耐える力があるし、一般に思われている以上に強靱だ
⑮進歩的な経営管理の下では、人間は向上しうる
⑯人は消耗品と感じるよりも、重要で必要とされる有益な人間であると感じたがっている
⑳人は、ものごとを向上し改善しようとする
㉒人間は、モノではなく、全人格的に扱われることを好む
㉓人は怠けるよりも働くことを好む
㉔誰もが無意味な仕事よりも意味のある仕事を好む
㉕人間は無名の存在であるよりも、個性的で独特の存在である自分自身であることを好む
㉙誰もが公正・公平に評価されたいと望んでいる

彼の思想はマグレガーのX理論・Y理論、その後のドラッカーの思想、さらには1980年代に書かれた「エクセレントカンパニー」「ビジョナリーカンパニー」といった人間を重視する経営書にも大きな影響を与えました。

マズローに心酔したインテル社長だったアンディ・グローブは、OKRという経営手法を生み出しました。このOKRは創業2年目のグーグルで採用され、その後のグーグルの爆発的成長を支えました。

現代で最先端の組織といわれる「ティール組織」の運営ルールを見ると、マズローが考えた「36の前提(仮定)」がかなり取り込まれていることがわかります。

60年前に生まれたマズローの思想は、時間をかけて静かにビジネス界に拡がっています。マズローがいなければビジネスの世界は今とはだいぶ違っていたかもしれません。そのマズローは理論の発展を志していましたが、1970年に62歳の若さで他界しました。誠に残念です。

素晴らしい古典から学べることは、多いですね。

 

■当コラムは、毎週メルマガでお届けしています。ご登録はこちらへ。

Twitterでも情報発信しています。