経営陣が悪い戦略を指示してきた。マネジャーはどうする?


先日のオンラインセミナーで、「良い戦略、悪い戦略」(ルメルト著)をテーマにお話しをところ、こんなご質問をいただきました。

「自社の経営陣が悪い戦略を指示してきた時、現場部門の管理職はどのように行動すればいいのでしょうか?」

講義の時にお答えした内容と、その後に考えたことをまとめたいと思います。

まず良い戦略と悪い戦略について、ザックリご説明します。(講義では数十分かけてご説明したのですが、さわりの部分です)

良い戦略は、単純明快です。非常に複雑で錯綜している状況の中で、1つか2つの決定的要素を見極め、狙いを絞り込んで、全リソースを投入し、首尾一貫した行動で攻めます。

ただ単純明快ですが、考え抜くことが必要です。

ルメルトが良い戦略の例として紹介しているのが、1805年の英国海軍の戦い。この時期、欧州を制覇したフランスのナポレオンは英国侵攻を計画し、英仏海峡で物量に勝るフランス・スペイン艦隊が、英国艦隊と戦うことになりました。この艦隊決戦で英国が負けると、港で待ち構えている35万人のフランス軍が、一気に英国本土に上陸します。

海戦では物量に勝る艦隊が圧倒的有利です。英国、絶体絶命です。

ここで英国海軍のネルソン提督は、従来の艦隊決戦の常識を覆し、「少数の艦隊で敵の真ん中を突き破る」というシンプルな戦略を立てました。「敵の練度は低いし、当日は荒波なので、正確に打てない。先頭は危険だが、被弾は少ないはず」と考え抜いた末の結論です。

結果は、英国艦隊の大勝利。英国は危機を脱しました。ただ、先頭で戦い続けたネルソン提督は銃撃で戦死。亡くなる際に、ネルソンは兵士たちへの感謝の言葉を述べたそうです。ネルソンは英国の歴史上、祖国を救った英雄になりました。

このネルソンの戦略は、良い戦略の代表例です。

一方で悪い戦略は、一言で言うと狙いが絞り込めていません。たとえば、目標と戦略を取り違えている(例:「当社の戦略は売上1兆円達成。皆で頑張りましょう」)。あるいは、重要な問題を無視する(例:各部門に資料を作らせて立派な戦略資料を作ったけど、資料のどこにも問題や解決策が書いていない)。こんな戦略で成功する訳がありません。

そこで冒頭の話に戻ります。ご質問の内容は、「では経営陣が悪い戦略を指示してきたら、どうすればいいのか?」ということです。

まず最もダメな方法は、「そんな戦略、ぜんぜんダメです。こっちの方がいいですよ」というパターン。これでは何も解決しません。その上、お声もかからなくなります。(ちなみにこれ、私が若い頃によくやらかしていたパターンでもあります。今から思えば、とてもイタい奴でした)

経営学者アダム・グラントは、ハーバード・ビジネス・レビュー2021年8月号への寄稿論文「耳を貸さないリーダーに聞く耳を持たせる方法」で、アップルのジョブスを取り上げて一つの解決策を示しています。

ジョブスは頑固で気難しいことで有名です。実はiPhoneについても、何年間も「携帯電話は絶対に作らない」「スマホなんてダサいオタクの持ち物だよ」と言い続けて反対でした。

しかしiPhone開発チームは真正面から衝突しませんでした。その代わり、粘り腰で様々な質問をジョブスに投げかけて、ジョブスが「これはボクのアイデアだ」と思えるように働きかけたのです。

まず反対するジョブスに対して、部下たちは「確かにスマホ、ダサいですよね。でもアップルが携帯電話を作れば、美しく洗練されたものができるんじゃないですか?」と言ったり、「いずれウィンドウズを搭載した携帯電話が登場するのでは?」とジョブスのマイクロソフトへの闘争心を刺激しました。

その一方で秘かに試作品を作ってジョブスにデモしたり、デザインを練り直したりして、少しずつジョブスが賛成するように変えていきました。

一方でアップルが携帯電話ビジネスをするには大きな問題がありました。当時、通信会社が圧倒的に携帯電話メーカーに強い影響力を持っていました。彼らの言いなりになっていると、中途半端な携帯電話しか作れません。

そこでチームメンバーがジョブスにこう問いかけました。
「携帯電話会社に、こちらの希望を飲ませることなんてできますかね」

考えるジョブスに対して、チームリーダーがこのように畳みかけました。
「強力な製品があれば、こちらの言い分を全て相手に認めさせて、問題が一掃できるはずですよ」

iPhone開発チームは、時間をかけて様々な質問をジョブスに投げかけながら、ジョブスが「iPhoneはボクのアイデアで、ボクが育てたんだ」と考えるようにしたのです。ジョブスが強い当事者意識を持てるようにしたわけですね。その後のiPhoneの大成功は、ご存じの通り。

経営陣が悪い戦略を立てた場合でも、「真正面から敵対せずに、様々な質問を投げかけていく」というこの方法は有効だと思います。

必要なのは、忍耐力と強い当事者意識。じっくり時間をかけて、悪い戦略を良い戦略に変えていきたいものです。

 

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