ネットで知名度爆上がりの新人候補が、なぜ惨敗したのか


現職のベテラン市長。
任期満了間際で汚職疑惑。
市長選挙では選挙カーを走らせたり地味な街頭演説を繰り返すばかりで、演説には20人も集まりません。

一方で若い新人候補。
無党派ですが好感度抜群。SNSフォロワー数も急上昇。
ネットで叩かれてもいますが、知名度は爆上がり。
「騒がしい選挙カーなんて迷惑なだけで逆効果」と考えて、ネット中心で選挙活動。動画配信には毎回100人単位で集まり、リアル会場で行った決起集会は大盛り上がりです。

で、選挙結果は…。

現職のベテラン市長の圧勝。新人候補は惨敗です。

この話は、週刊モーニングに連載中の「票読みのヴィクトリア」の第1回・2回からの抜粋です。(まだコミック化されておらず週刊モーニング 2024/6/20号と2024/6/27号で読めます)

この作品、マーケティング視点でも実に面白いので、一推しです。

さて、あなたは選挙で投票する際に、事前に候補者のことを、ネットや動画できめ細かく調べるでしょうか?

もちろんそういう熱心な方もおられると思います。しかし現実には、選挙当日になって「あ〜。今日は選挙か。行かなきゃな。候補者誰だっけ?」という人も多いと思います。

マジメな人は、当日おもむろに選挙公報を見たり、スマホでちょっとだけ検索すると思います。でも「とりあえずこの人、名前は知ってるなぁ」と思って投票する人も多いものです。

有権者全員が熱心に選挙を考えるのが理想であることは、言うまでもありません。しかし現実の認識もまた、大事です。

ほとんどの人にとって選挙は「面倒くさい」のです。

選挙で勝つためには、まずこの事実を認識することが出発点です。

この物語の主人公である選挙コンサルタントは、こうなった結果を語っています。ポイントは下記です。

・全体の票数の中で、新人候補が期待できる票数は、無党派・若年層がもつ1割弱。本来、新人候補に必要なのは、ここから多数派に浸透する戦略である。しかしやったのは真逆

・最大の敗因は、SNSに頼り切ったこと。ほとんどの有権者はSNSなんて見ない。いくら盛り上がっても、票のごく一部である

・大多数の有権者にアプローチして印象づける方法は、地味な電話や選挙カー。新人候補はこれを「有権者に迷惑だから」と全部をやめた。一方の現職ベテラン候補は地道にやりきった

・本当に意識すべきは「顔が見えない大多数」。彼らに候補者自らが懐に飛び込む必要がある

・つまり現職ベテラン候補は、地道に大多数へアプローチした。新人候補はごく一部のSNSユーザーだけにしかアプローチしなかった。選挙結果は必然だった。

この話、マーケティング視点で考えると、実に納得します。

実は最近のマーケティングで実にありがちな間違いが、「顧客を絞り込むこと」なのです。

「え? 顧客を絞り込むって、マーケティングの基本じゃん」と思ったとしたら、要注意です。

現実には「顧客を絞り込んでいる」つもりで、現実には「顧客のごく一部にしかアプローチしていない」ということが多いのです。まさにこの新人候補がやっていることですよね。

やるべきことは、

① まず市場全体を俯瞰して、その市場にいる顧客を細分化してそれぞれの特徴を見極める

② 自社のビジネス目標を達成するためには、それら細分化した市場でどれだけの顧客を獲得すればよいかを、把握する

③ ②で把握した顧客を獲得するために、様々なマーケティング施策を考えた上で、実行する

これを地道にやっていくことが必要なのです。

一時期、マーケティングの世界では「マスマーケティングはもう古い」と言われてきました。確かに市場全体を一つと考えて、単一のマーケティング施策(たとえば大がかりなテレビCM)でガッと市場を獲る戦略は、もう時代遅れかもしれません。

しかし、マスマーケティングはいまだに有効です。以前とは違うのは、マス市場を獲るためには、市場を細分化して、それぞれの細分化した市場に合ったきめ細かなマーケティング施策を考え、実行していく必要があることなのです。

皮肉なことに「マスマーケティングはもう古い」という考え方自体が、実はもう古いのです。

ただここで、勘違いしがちな点もあるので最後に補足したいと思います。

「顧客を無意味に絞り込む」のはNGですが、「顧客の課題を絞り込むこと」はいまだにとても大事だということです。

「顧客の課題を絞り込むこと」と「顧客そのものを絞り込むこと」は、全く違います。

例えば1990年代、散髪はどこも数千円で1時間かかっていました。多くの男性が内心、「10分/1000円で髪をカットしてほしいな」と思っていました。この課題に絞り込んで成長しているのが、QBハウスです。

QBハウスは「顧客を絞り込む」のではなく、「顧客の課題を絞り込む」ことで、大きく成長しています。

顧客の課題を絞り込みつつも、マスマーケティングをきめ細かく展開することがカギなのです。

     

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