「宇宙にAIデータセンターを作る」というイーロン・マスクの壮大な構想と挑戦

2026年1月28日、テスラは2025年度の決算発表を行いました。年間売上は対前年3%減。2025年10-12月の利益は対前年同期61%減です。


不調ですが、テスラの株価は堅調です。その理由は、決算発表の席上で、イーロン・マスクが、壮大な構想を発表したからでしょう。

なんと「宇宙にAIデータセンターを作る」とぶち上げたのです。

「いくらなんでも荒唐無稽」と思ってしまいますよね。でもこの戦略、よく見てみると周到に考え抜かれています。

発表は、こんな内容です。(参照→ https://livestream.tesla.com)

  • 2026年は、3兆円(200億ドル)を超える膨大な設備投資をする
  • 高級車クラス(モデルS/X)は次の四半期で販売を中止
  • フリーモント工場にあるモデルS/Xの生産ラインは、ヒト型ロボットOptimusに切り換え、年間100万台生産する
  • テスラのクルマ所有者が、Airbnbのように愛車を貸し出せる仕組みを提供する。自動運転で自律的に動くので、所有者はテスラ車を持つだけで何もせずに稼げるようになる

これらの仕組みにはAIが必須です。そこでAIへの徹底投資も述べました。

  • AIデータセンター(DC)のための太陽光発電所を宇宙に作る。天候に左右されずに電力を安定供給でき、廃熱問題もクリアできる宇宙は、太陽光発電にベスト
  • そこで、100GWのソーラーパネルを毎年生産する
  • AIチップは死活問題なので、自社開発する。現在AI5チップの設計に全力をあげており、1年後にはAI6が登場する。テスラのAIが、Optimusとクルマの自動走行を支える
  • しかしAIチップ供給もボトルネックだ。そこで巨大半導体工場「テラファイブ」を米国内に建設する
  • 加えてバッテリーの原料となるリチウム供給もボトルネックだ。そこでリチウム精練所も建設する

「すいぶんと大風呂敷を広げたな」と圧倒されます。

以下は私の考察ですが、これらはすべて密接に繋がっています。

既に多くの人には、AIが社会を変える未来が見えています。人間の労働力はヒト型ロボットで置き換えられ、自動運転で人がクルマを運転せずに済み、自動車事故は劇的に減ります。

一方で、ボトルネックが電力の供給です。様々な予測がありますが、大雑把にいうと、2030年には、AIデータセンターは原発100-150基分の電力を消費する、と言われています。

AIへの大規模投資を続ける大手AI企業(OpenAI、Microsoft、Google、Meta、中国AI企業)はここが足枷で、何とか自前で電力を調達しようとしています。

しかしイーロン・マスクなら、手持ちの手札を組み合わてボトルネックをクリアし、社会インフラとしての自社AIを位置づけられる可能性があります。

  • まず、宇宙軌道にデータセンターと太陽光発電所を投入する能力があります (SpaceX)
  • 宇宙通信システムもあります (SpaceXのStarlink)
  • バッテリー生産能力もあります (Tesla)

ちなみにイーロン・マスクが毎年生産するという「100GWのソーラーパネル」は、原発100基分に相当します。2030年のAI需要をカバーするボリュームです。

しかしそれでもまだボトルネックを抱えています。

まずは、NVIDIAが独占するAIチップ開発と、TSMCが独占する先端半導体生産です。

そこでAIチップであるAI5/AI6を開発し、さらに米国国内に半導体生産工場テラファイブを展開するのです。

しかし、それでもボトルネックが残っています。

バッテリーを潤沢に供給する原材料となるリチウムの供給です。ここは中国が圧倒的シェアを持ち、気に食わない国には輸出を差し止めたりしています。

そこでリチウム精錬所にも投資するのです。

イーロン・マスクは発表の席上で「他に誰もやらない(供給してくれない)からという絶望(desperation)から生じた必然」と言っています。

これらがクリアできれば、既に武器として持っている…

  • クルマやヒト型ロボットOptimusを大量生産する生産力 (Tesla)
  • FSDで自動運転を提供できるクルマ (Tesla)
  • AIの学習源となる、膨大な消費者のデータ (X)

…これらを組み合わせれば、AI時代の覇者になれます。しかも、これらを組み合わせられるのは、イーロン・マスクだけです。

競争戦略の第一人者である経営学者マイケル・ポーターは「活動システム」という考え方を提唱しています。自社の様々な活動を組み合わせることで、相乗効果で強みを発揮して、競争優位性を築き上げる、という考え方です。

イーロン・マスクも、既に自分が持つ…

  • ロボットやクルマを大量生産する生産力 (Tesla)
  • FSDで自動運転を提供できるクルマ (Tesla)
  • AIの学習源となる、膨大な消費者のデータ (X)
  • 宇宙軌道にデータセンターを投入する能力 (SpaceX)
  • 宇宙通信システム (SpaceXのStarlink)

​​

  • バッテリー生産能力 (Tesla)

これらに…

  • AIチップの設計 (新規)
  • AIチップの生産 (新規)
  • バッテリーの原料であるリチウム精練所 (新規)

…を新たに加えることで、AI時代の社会インフラになろうとしているのです。

ちなみにイーロン・マスクが持つ企業の中で、公開企業はTeslaだけです。

そしてTeslaの株主は、イーロン・マスクへの1兆ドル(150兆円)の巨額報酬案を承認しました。時価総額を10年で6倍に引き上げ、世界でEVを2000万台販売するなどが条件です。

おそらくイーロン・マスクは、自分が持つ武器をすべてTeslaにぶち込んで打ち出したのが、この構想なのでしょう。

一方で、先に紹介したマイケル・ポーターはこうも言っています。

「最高を目指すな。トレードオフを考え、やらないことを明確にし、ベストを目指せ」

イーロン・マスクは最高を目指してすべてやっているように見えます。「トレードオフを考え、やらないことを明確にせよ」の真逆に見えます。

しかし実は、やらないことも明確にしているのです。

まず「ハードな問題に集中」して「簡単な問題」は放置する、と言っています。

一例が、モデルSとXの終了です。低迷しているとは言え、既にある高級モデルを販売中止しているのです。

今後、消費者向けのクルマの販売を止めて、ロボタクシーにより自動運転サービスそのものを提供する企業に変革する可能性もあるかもしれません。

会見でイーロン・マスクは「驚異的な豊かさ(Amazing Abundance)を目指す」と言っています。

このために、伝統的な自動車産業はバッサリと未練なく切り捨てた上で、新たなAI時代における自社のボトルネック(AIチップ設計/生産/リチウム精練)の解消を図り、AI社会を支えるインフラを垂直統合して作ろうとしているのです。

こうして見ると、イーロン・マスクはマイケル・ポーターの競争戦略を実に忠実に実践しているように見えます。

しかしポーターの競争戦略には批判もあります。

その急先鋒が、経営学者ミンツバーグです。

ミンツバーグは「ポーターは、試行錯誤による学びを軽視している」と批判しています。

実際、世の中で成功している活動システムを見ると、その多くは「試行錯誤で色々やっていたら、できちゃった」というものも多いのです。

イーロン・マスクは、この壮大な計画を本当に狙って作れるのでしょうか?

実はここに、イーロン・マスクの強さがあります。

「壮大なビジョン」と「現実での泥臭い試行錯誤」という一見矛盾することを、極めて高いレベルで融合させるのが、イーロン・マスクの圧倒的な強みです。

彼は一見すると突飛な行動ばかりが注目されがちですが、かつてインタビューで「ビジネスの成功の秘訣は、画期的なアイデアはごく一部で、コツコツと地道に努力を積み重ねることが王道」と述べています。

たとえば多くの自動車メーカーにとって、クルマの大量生産は鬼門です。

実はテスラも初の大衆車となるModel 3の生産に苦しみ抜き、なかなか大量生産できませんでした。そこでイーロン・マスクは工場に寝袋を持ち込んで寝泊まりし、この問題を解決した。これがいまのテスラの飛躍に繋がっています。

ミンツバーグは「成功する戦略は、計画的な戦略と、創発的な戦略の組合せだ」と述べています。そう考えると、イーロン・マスクはミンツバーグの経営論を実践しているとも言えます。

  • 自社のビジネスを阻む本質的なボトルネックは何かを考え抜く
  • そのボトルネックの根本原因を解決するために、経営資源を集中投下する
  • そして地道な努力で、ボトルネックを解消していく

こうしたイーロン・マスクの考え方と行動は、私たちも学ぶべきだと思います。

それにしても(1兆ドル(150兆円)なんてもらってどこに使うの?)と考えてしまうのは、私が凡人だからなのでしょうね。

 
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