前回の続きです。
5.チャート作り
前回ご紹介したように、「チャート作り」は、ニーズと目的を把握し、情報を収集し、メッセージを定義し、ストーリーを定義した後です。
チャート作りの際、私達の多くは、『プレゼンを聴くお客様は、「聖徳太子」である』と誤解をしているように思います。
聖徳太子は「10人の話を同時に聴き、それらに答えた」という逸話があります。
一方で普通の人間は、基本的にシングルタスクです。つまり、同時に複数のことはできませんので、こんなことは無理です。
実は聖徳太子も、「10人の話を同時ではなく次々と聴き、前の話もちゃんと覚えていて、全てに答えた」というのが真相のようです。
しかし私達がプレゼン資料を作る際、お客様は「詳細なプレゼン資料を、見て理解しながら、同時に、講演者の話も聴いて理解できる」、つまりマルチタスクができると考え、詳細な資料を作り勝ちです。
実際には、お客様は、プレゼンのチャートを読んでいる間は、講演者の話は聴いていません。
自分自身がプレゼンを聴く立場になると、このことが分ると思います。
詳細なプレゼン資料を提示された場合、まずそのチャートを理解しようと読むのではないでしょうか?講演者の話を聴くのは、チャートを一通り理解した後です。
しかし不思議なことに、私達は、プレゼン資料を用意したり講演したりする場合は、このことをすっかり忘れてしまい、詳細で理解するのに時間がかかるプレゼン資料を作り勝ちです。
これを回避するためにはどうするか?
「1枚5秒見れば、理解できるプレゼン資料を作る」
ように心掛けることです。
これは非常に高い目標でもありますが、5秒で理解できることを目標に作ったチャートでは、お客様は講演を聴くことに集中できます。
では、1枚5秒で理解できるプレゼン資料を作るには、どうすればよいでしょうか?
私は、次の4つだと思います。
5.1.エッセンスに絞る
5.2.イメージで代替する
5.3.具体的にする
5.4.心に届く、言霊を厳選する
順に紹介します。
5.1.エッセンスに絞る
無駄や重複している文章や部品を徹底的に省いていきます。
その基準は明確です。
「この文章、この単語、この部品(線や図形、写真など)がないと、意味が伝わらなくなるか?」
削除しても意味はあまり変わらないとしたら、それは不要なものです。
言い換えれば、それらはチャート上は、理解を妨げる「ノイズ」です。
文字の色やフォントを変える場合も、どうしても強調したい場合だけに限るようにし、極力同じ色やフォントで統一しましょう。
人は色やフォントの違いの意味を考え始めるため、「色やフォントを変える」こと自体が、ノイズになってしまうからです。
グラフの目盛り線等も、必然性がなければ消しましょう。グラフの必要な部分に数値を書けば、目盛り線は必要なくなり、ノイズが減ります。
パワーポイントのテンプレートで、背景に図形のようなものがあったとしたら、それもノイズになります。削除することが望ましいでしょう。
徹底的に見直してノイズを削除すると、チャート1枚の情報は1/5程度になることもあります。
ノイズを削除して簡潔なチャートを作るのは時間がかかりますが、このようにノイズを排除することで、力強くシンプルで理解しやすいチャートに生まれ変わります。
5.2.イメージで代替する
例えば、和気あいあいで盛り上がったパーティに参加した時。
その様子を文章で数行に渡って書くよりも、パーティで盛り上がっているメンバーの写真を1枚だけ見せる方が、はるかに説得力がありますし、瞬時で理解できます。
人間は、画像で理解した方が、文章で理解するよりも、断然速いのです。
箇条書きの場合も、文章を書くよりも、画像を使うようにしましょう。
5.3.具体的にする
チャート上の情報は、出来る限り具体的にしましょう。
曖昧な情報は理解を妨げます。削除するか、より具体的な表現に変更しましょう。
ただし「具体的」と言っても、「単に数字を出せばよい」ということではありません。
数字を出す場合も、なぜそのような数字が出るのかも具体的にかつ簡潔に示すべきです。
例えば、
パフォーマンス:他社同等製品の10倍
と書くのではなく、例えば
パフォーマンス:超並列処理により、業界2位xxxxの10倍
(xxxx調査)
と書くと、文章量は増えますが、数字だけだと理由が分らず理解に時間がかかった情報が、具体的になって説得力が増し、より短時間でより深く理解できるようになります。
5.4.心に届く、言霊を厳選する
プレゼンで使う言葉は、厳選した言葉を使いましょう。
簡潔にすることも必要ですが、それに加えて、お客様の課題を的確に表現し、お客様の心に残るような言葉を使用することで、プレゼンは相手の心に届きます。
ある有名な例があります。
1979年に登場した「省エネルック」と、2005年に登場した「クールビズ」。
第二次石油危機に揺さぶられた1979年に大平首相が打ち出した「省エネルック」は、省エネルギーの国民運動を起こすことを狙いとしました。
そこで、まずビジネスマンに狙いを定めて、夏に暑苦しいスーツを着るのを止めて、有名デザイナーのデザインによる新しいファッションスタイル(=半袖のスーツ)を着ることで、冷房温度を上げることを提案しました。
しかし、ビジネスマンの抵抗が強く、ほとんど普及しませんでした。
それは「省エネルック」という名前にも現れています。「省エネに貢献してください」というメッセージは伝わりますが、これを着るビジネスマンの立場に立ったネーミングではありませんでした。
26年後の2005年に小泉首相が打ち出した「クールビズ」も、京都議定書達成のための国民運動を起こすことを狙いとし、ビジネスマンに狙いを定めました。出発点は同じです。
ただし、「省エネルック」の反省を活かし、名前を公募して集まった3200件の候補の中から「かっこよく、温暖化防止」という意味で「クールビズ」という名前が生まれました。
他にも色々な要因がありますが、「クールビズ」という語感が、ユーザーであるビジネスマンの心を捉えたのも、クールビズ定着の大きな要因だったと思います。
この詳しい解説は、以前ITmedia Enterpriseで連載させていただきました。
90年以上前に書かれた名文からの学び
1枚5秒で理解できるプレゼン資料の4つの方法をご紹介しましたが、ここで視点を変えてみます。
次の文章は90年以上前に英作文の心得を述べたものです。これは1枚5秒で理解できるチャートを作るヒントを与えてくれます。
「力強い文章は、簡潔である」
原文は"Vigorous writing is concise."
William Strunk Jr.という人が、1918年に"The Elements of Style"という本に書いた一節です。
私が英語を勉強していた20代の頃に出会った文章ですが、この英文自体、非常に簡潔で力強く、英作文の手本ですね。
この文章は、下記のように続きます。(William Strunk Jr.著、荒竹三郎訳「英語文章ルールブック」より引用)
文には不要な語があってはならない。
….文を短くし、詳細な記述をさけて、要点だけで主題を処理せよということではない。
ひとつひとつの語に意味をもたせることである。
「文」を「チャート」に、「語」を「部品」に読み替えると、まさに、チャート作りのエッセンスがここで語られています。
さて、この連載もプレゼンのチャート作りまで来ました。
続きは次回にしたいと思います。
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