「この資料を持っていって、お客さんの反応を見てこようと思います」
新規事業の立ち上げに挑戦しているチームのリーダーはこう言って、新サービス一覧を見せてくれました。
そこには新たに始めるサービスがリストされていました。しかし、中には従来から提供していたサービスもあります。今回の新事業では、「既存サービスにいくつかの新サービスを追加し、体系化したのが売り」とのことです。
「そうですか。どのお客様に行かれるのですか?」
「おつき合いがあるお客様に、セールスがチームで手分けをして行きます」
実はこれは、うまく行かないパターンです。
当コラムでご紹介しているように、新規事業では「お客様が買う理由」を徹底的に考えて作り上げ、さらにお客様に検証することが必要です。
そのためには、下記を首尾一貫して考え、検証していきます。
(1)「自社の強みはあるか?」
↓
(2)「強みを必要とする顧客は存在するか?」(対象顧客の有無)
↓
(3)「その顧客は、何を必要としているか?」(顧客の課題)
↓
(4)「顧客が自社を選ぶために、どうすればよいか?」(解決策=商品・サービス)
冒頭のケースは、(1)〜(3)のプロセスをサクッと済ませてお客様への検証をスキップした上で、既存サービスを若干手直ししただけで(4)の解決策(=新サービス)をお客様に検証しようとしています。
すると、どうなるでしょうか?
まず「新サービス一覧」を見たお客様は、こう考えます。
「またセールスから、新しいサービスの売り込みか?」
そして売り込みに身構えてしまい、本音で話してくれません。
さらに、その顧客が本当に正しい顧客なのかがわかりません。セールスが行きやすい自社の顧客にしか行っていないからです。しかし本当は、その顧客は自社の強みが活かせない「売り込んではいけない」顧客なのかもしれません。
自社のセールスがカバーしているのは、市場全体のほんの一部です。市場には、自社セールスとは接点がないけれども、自社の強みを必要としている顧客がいるかもしれません。
セールスが行きやすい自社顧客に行っている限り、それがわからないのです。
また、運良く「自社の強みを必要とする顧客」(=本来のターゲット顧客)に会えたとしても、課題についての仮説が十分に考えられていないので、その顧客の課題も検証できません。
課題を検証できないと、解決策がどの程度適切なのかもわかりません。
新規事業では、当初に立てた仮説の多くは間違っているので、修正が必要になります。しかしいきなりお客様に解決策を提示してうまくいかないと、どうなるでしょうか?
・対象顧客は、存在するのか?
・その顧客は、仮説で考えた課題を持っているか?
・その課題に対する解決策は、正しいのか?
これらが切り分けられないのです。「うーん、お客様に解決策を持っていったけど、どうもうまく行かないなぁ。なんだろう?」と堂々巡りに陥ってしまい、チームで議論しても結論は出ず、結局新規事業は失敗し、チームは解散になります。
→ 本来必要なのは、まず想定している対象顧客が存在するのか、確認すること。
→ その上で、その顧客が持っている課題が想定どおりなのか、確認すること。
→ 解決策が適切かを確認するのは、その後です。
ある事例をご紹介します。
1999年。ネット販売が産声を上げ、あらゆるものがネット販売に移行し始めた時期。米国でザッポスが靴のオンライン販売を始めました、
当時、「靴は履き心地を重視するので、オンラインで売るのは無理」と考えられていましたが、ザッポスの創設者は「靴をオンラインで買う顧客は存在する」と仮説を立てた上で、実験で検証しました。
しかし1999年の当時、ネット販売サイトを作るだけでも大変です。
そこで彼は、まず近所の靴店で靴の在庫品の写真を撮らせてもらいました。その写真をウェブに掲載し、誰かが買ったら店の売値で買い、注文主に配送しました。この仕組みなら数日で作れます。
実際にやってみると、靴は売れました。「オンラインで靴を買う顧客」が存在することを実験で確かめたのです。さらに値下げの反応、返品対応など、実際にやってみないとわからない様々なことを学ぶことができました。
ザッポスの事例は、最初に仮説を考えた上で、「そもそも対象顧客が存在するか?」を簡単だけども効果的な実験で検証した事例です。
もう一つ、私の事例も紹介します。
私は2013年に30年間勤務した日本IBMを退職し、ウォンツアンドバリュー株式会社(当時の会社名はオフィス永井株式会社)を創業しました。当社では、著作活動以外にも、講演や企業向け研修に力を入れています。そこで企業向け研修を提供するに至った経緯を、このフレームワークに沿ってご紹介します。
独立にあたって、「日本企業がよりマーケティング志向に変革していくお手伝いをしていきたい」と考えていました。
この仕事をするにあたって、私の強みは下記だと考えていました。
マーケティング理論を、現場のビジネスパーソンが納得できるように、専門用語を使わずにわかりやすく伝えられること。これは私自身が、30代中頃までマーケティング知識がなかったために仕事で失敗を繰り返した末、30代後半にマーケティング職に異動してマーケティングを体系的に学び、IBM米国本社などの事業戦略に接して、実業務で成果を出しながら学びを深めていった体験に基づいている。
そこでこの強みを活かして、日本企業がマーケティング志向に変革するご支援をすべく、「著作」「講演」「企業向け研修」を事業の三本柱としました。
しかし「企業向け研修」の市場は、激戦区でもあり、研修サービス大手は価格競争を余儀なくされています。新規参入で規模も小さい零細業者である弊社は、真正面から勝負してもまったく勝ち目はありません。
そこで、この市場でいかに研修サービス大手にない価値を生み出すかを考えました。
私は日本IBMを退職する直前の2年間、ソフトウェア事業の人材育成部長として所属社員1000人のスキル開発を担当しており、研修サービス会社の顧客の立場にいました。企業における人材育成の課題と、投資の判断基準も理解していました。そのおかげで、社内研修を必要とする経営トップの立場に立って、人材育成戦略と連携した研修プログラムを提案することが可能でした。
また独立前後に、著書を読まれた数名の企業経営者様から研修のご依頼をいただき、特に自分が得意とするマーケティング分野で人材育成のニーズが高まっていることも実感していました。
そこで、自分の事業における対象顧客・課題・解決策として、次のように仮説を立てました。
■対象顧客:「自社を変革したい」と考えている経営者、およびマネジメント
■課題:自社が変革期にある。「社員にもっとマーケティング思考を身に付けて欲しい」という問題意識を持っている。しかし世にあるマーケティング研修は理論中心であり、現場社員にとって難解であり、取っつきにくい。このため、マーケティング研修の投資をしても、マーケティング思考が社員になかなか定着しない。
■解決策:著書「100円のコーラを1000円で売る方法」に基づき、マーケティング専門用語をできるだけ使わずに、実務ですぐに使えるように「顧客中心主義」の考え方や「お客様が買う理由」を作るフレームワークを伝え、加えて業務で役立てるように、参加者の実務に即したワークショップを実施する。ワークショップは基本パターンを持ちながら、事例部分は顧客企業毎にカスタマイズする。必要に応じて、お客様企業の事業戦略と人材育成戦略との連携も含めて提案する。
この仮説を検証していきました。
有り難いことに著書のおかげで、私は2時間程度の講演依頼を多くの企業様からいただきます。講演の前後で、私に講演を依頼された経営トップとお話しする機会もあります。
多忙な経営トップが行動を起こす際には、必ず背後に何らかのビジネスニーズがあります。私に講演依頼をされているのも、必ず人材育成上で何らかの課題があるからなのです。
そこで経営トップと話し合う際には、上記の仮説で考えた課題をお持ちかどうか、経営トップにお伺いしています。もし課題をお持ちでしたら、解決策として半日から数日間(場合によっては数ヶ月間)のワークショップを提案します。
多くの場合、経営トップの皆様はその場でワークショップ開催を即断されます。
ワークショップ実施にあたっては、研修の基本部分は標準パッケージ化して品質を維持する一方で、事例部分については事前に社内資料を提供いただいたりお客様にインタビューを重ねて、お客様企業様のビジネス状況や提供する商品・サービスに合わせてカスタマイズを図り、参加者が腹オチするようにします。
経営トップにとっては、マーケティング研修を自社の状況に最適化した上で、社員にわかりやすく学ぶ機会を提供できます。
長い目で見ると、私にとっても大きなメリットがあります。それは自分が持っている「お客様が買う理由を作る」方法論やフレームワークを、数多くの業界で磨き上げられることです。これは将来的に、残り2本の柱である「著作活動」と「講演活動」にも活きてきます。
たとえ著書の高い認知度により講演の機会をいただいたとしても、もし「企業向け研修」として「対象顧客の定義」や「課題」の仮説を考えず、検証もせず、経営トップに一方的に自分が持っている企業向け研修を提案しても、このような結果にはなりません。世の中に数多くあるマーケティング研修の中に埋もれてしまいます。
いかがでしょうか?
強み → 対象顧客 → 課題 → 解決策
一見当たり前に見えますが、この順番で徹底的に考え、愚直に顧客に検証し続けることこそ、成功の近道なのです。
【ご案内】当コラムは、毎週メルマガでお届けしています。ご登録はこちらへ。