1年半前に『戦略は「1杯のコーヒー」から学べ』という本を書いた際、世の中のコーヒーのことを色々と調べました。実は本書で取り上げなかった話があります。
それは世界で一番高価と言われているインドネシア産のコーヒー「コピ・ルアク」。映画『最高の人生の見つけ方』で、ジャック・ニコルソン演じる大富豪が愛飲するコーヒーとして登場するので、ご存じの方もおられるかもしれません。
このコーヒー、ジャコウネコの糞から生まれたものなのです。
「コーヒー豆」は「豆」ではなく、果実の「種」です。コーヒーノキという植物の果実から、果肉を取り除いた種の部分が、いわゆる「コーヒー豆」と呼ばれています。これを熱をかけて焙煎すると、香ばしい香りを放つあの褐色のコーヒー豆になります。
通常は、この果肉を取り除くために、水で洗ったり空気で乾燥させます。
しかしコピ・ルアクで、異なる方法で果肉を除去しています。
インドネシアのコーヒー農園では、野生のジャコウネコがコーヒーの果実を餌として食べることがあります。ジャコウネコの体内で果肉部分は消化され、種の部分が消化されず糞として排泄されます。その糞を探し出し、綺麗に洗浄し、乾燥させ、焙煎したのが、このコピ・ルアクというコーヒー。ジャコウネコの腸内の消化酵素や腸内細菌でコーヒー豆が発酵し、コーヒーに独特の香味が加わるそうです。
ネットで「コピ・ルアク」で検索すると、非常に高価格で販売されていることに驚きます。海外では1ポンド(450g)でなんと300−500ドル(3万3千円から5万5千円)という高値で販売されています。
このコピ・ルアクはどのようにして生まれたのでしょうか?
「コーヒーの歴史」(マーク・ペンダーグラスト著)という有史以来のコーヒーの歴史をまとめた分厚い本に、このコピ・ルアクのことが書かれています。
—(以下、p.470から引用)—
そもそもジョン・マルティネスがコピ・ルアークを売り始めたのは、主に「私の売っているジャマイカ産ブルー・マウンテンの1ポンド40ドルという値段が、そう法外なものではないことを知ってもらう」ためだった。その努力に対して、彼は「イグ・ノーベル栄養賞」を授与された。
—(以上、引用)—
イグ・ノーベル賞とは、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられるノーベル賞のパロディー。あのドクター中松さんも受賞しておられます。
しかしこうして売り出されたコーヒーが、皮肉なことに一部の顧客から希少性を高く評価され、世界で最も高値で取引されるコーヒーとなったわけです。
世の中では、「これは素晴らしい商品だ」と考えて、情熱とヒトモノカネをかけて開発し、販売にも注力した商品が、なかなか顧客に評価されないことがよくあります。このような経験をすると、コピ・ルアクの成功はまぶしく見えます。
しかし一方で、世の中に沢山ある「売れると思ったけど売れない商品」と、コピ・ルアクには、共通する点があります。
それは、「商品の価値を決めるのは、作り手ではなく、顧客である」という当たり前のことです。
顧客は決して思うとおりにはなりません。
だからこそ私たちは、自分たちで「お客様が買う理由」を考え抜くだけでなく、考え抜いた「お客様が買う理由」が正しいのかを、実際にリアルなお客様に検証し、顧客から謙虚に学び続けなければならないことを、このコピ・ルアクのエピソードが教えてくれます。