御社のブランドは単なる「記号」か? あるいは戦略的か?

企業にとって、ブランド戦略は極めて重要です。

「自分たちは何か?」を明確にし、顧客の認知を獲得してビジネスにつなげる上で、その根っこにあるのがブランド戦略だからです。

しかしながら、世の中には残念なブランド戦略も少なくありません。たとえば…

・「ウチのロゴ、いまいちインパクトが弱いなぁ」と考えて、ロゴをコロコロ変える
・若者に訴求したかと思うと、大人向けに訴求するなど、一貫性がない
・スペック比較だけで、顧客にとって何が良いか意味不明
・話題性とインパクトだけを狙った広告を連発する
・「安心・信頼」を訴求しながら、障害を繰り返す
・「高品質」ブランドなのに、値引き連発

安易にブランド戦略を考えた結果です。

こんなことを思っていたのですが、今週発売の日経ビジネス2025.9.1号の巻末連載「賢人の警鐘」で、進化人類学者の長谷川真理子教授が書かれたコラムが、実に示唆に富んでいました。

こんな内容です。(お手元にあればぜひご一読を)

・歴史を振り返ると、人々の感情を選ぶ物語やスローガンが大国を動かし、国民をまとめ、他者を敵に仕立て上げてきた。感情に響く物語が、熱狂を生んできた
・現代はSNS普及でその作用が飛躍的に強くなった。誰もが物語の発信者になれるし、扇動の速度と規模は格段に大きくなった
・企業も個人も、自らの「信念」を持たなければ、これらの物語に簡単に翻弄される
・自分の理念や使命を明確にし、行動を選び取ることが不可欠
・その上でトップは理念を掲げ、感情に訴える物語として再構築し、信念を持って示すべきだ
・事実や理念だけでは、人は動かせない。心に響く形で伝えることが必要である

進化人類学者の目線で書かれたコラムですし、全く違う分野ですが、「ブランド戦略も、まさにかくあるべし」だと思いました。

これだけだとよくわからないので、順を追って説明します。

フランスの哲学者ボードリヤールは、1970年に著書「消費社会の神話と構造」で、「消費社会では、記号が人間の欲望を刺激し、購買行動を起こさせる」と述べました。

ローレックスは「時間を計る装置」ではなく「成功と権威の証という記号」であり、エルメスのバーキンは「荷物を運ぶバッグ」ではなく「選ばれし存在の証という記号」です。

だから数百万円でも、「自分は成功した」と思う人が、ロレックスやバーキンを買うのです。

しかし、こういった記号消費には問題もあります。ボードリヤールは本書でこう述べています。

・消費社会の本質は「他人と違う記号」を追い求めることにある

・消費社会は、欲望増大が大前提なのだ

・しかし「他人と違う記号」を追い求める消費社会は、本質的に不平等な社会である

・欲望には限度はない。人は常に満たされず不満を感じ、渇く。(ちなみに社会学者デュルケームは「欲望が満たされると、欲望の渇きが加速する。アノミー的自殺も増える」と言っています)

・消費社会は、欲望を全面的に肯定する。欲望をコントロールしないと欲望の奴隷になる

・そのうち、氾濫と解体の過程が始まるかもしれない

なかなか怖いですねぇ。「ブランドは、記号である」というレベルに留まっていると、こういった状況になるわけです。

ボードリヤールが本書を書いたのは、50年以上前。いまやポスト消費社会。ボードリヤールが言った「氾濫と解体の過程」は、いまや本流になりつつあります。

大量消費は、もはや地球の許容量を超えつつあり、持続社会への転換が急務です。またZ世代は、豪華な生活をSNSで見せびらかすバブル世代を冷めた目で見つつ、見栄を張らずに身の丈消費や社会貢献を重視します。

そしてブランド戦略の考え方も、その後は進化を続けています。

世界的なブランド戦略の大家であるデービッド・アーカーは、

「ブランドの便益・パーソナリティ・組織連想が、強いブランド・ロイヤルティを生み出す」

と述べています。

つまりブランドは、企業の組織文化やビジョン、理念を体現すべきであって、

「その理念が、世の中に広く受け容れられるか?」
「ブランドが、その理念を体現してるか?」

ということも問われるわけです。

さらに世界的なブランド研究の第一人者であるケビン・ケラーは、「ブランド・レゾナンス・ピラミッド」という考え方を提唱し、

「ブランドと消費者の強い絆は、理性と感情への働きかけで、構築される」

と述べています。

アーカーとケラーが言っていることをまとめると、

「ブランドは企業理念を体現し、それを理性と感情の両面で訴求して、顧客との強い絆を作るべきだ」

ということです。

いくつか具体的なブランドの例を挙げると…

・サントリーの天然水は、水源の森保全を30年以上継続しています
・スノーピークは、「自然との共生」を掲げて、全製品永久保証です
・無印良品は、「これがいい」でなく「これでいい」という商品を追求し続けています

現代のブランドは単なる記号ではなく、その記号の後ろに、骨太な文化/理念/思想があるかが問われているのです。

こう考えると、長谷川真理子教授が先のコラムで述べたことは、まさにブランド戦略でもそのまま当てはまることがわかります。

ここで必要なのが「企業としての倫理」です。

「哲学界のロックスター」と称される哲学者マルクス・ガブリエルは、「倫理資本主義」を提唱しています。

たとえばあるメーカーが経営会議で新商品発売を判断する際に、「この商品を生産すると約5000人がガンで死ぬ」というプレゼンを行い、企業の経営判断に倫理を介在させることで、経営陣がより倫理的な判断ができるよう促すわけです。

この経営判断は、本当に倫理的なのか?
世の中のあらゆる人たちにとって、良きことなのか?

いまの企業は、こういったことを問うべきであり、現代のブランド戦略にもこの結果が反映されるべきなのです。

現代のブランド戦略では、

・まずあらゆる人たちが受け容れられる、社会をよりよくする企業理念を掲げた上で、
・その企業理念をブランドで体現し、
・そのブランドを感情と理性の両面で、世の中に訴求すべきなのです。

現代だからこそ、ブランドにはこうした骨太な戦略が求められるのです。

 


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