わかりやすさとマーケティング


ちょっと古い引用ですが、5月26日の日本経済新聞・朝刊「春秋」で、『昨今の日本人は「わかりやすさ」の病にかかっているように見える』というコラムが書かれています。

政治のわかりやすさ競争を歓迎しながらも、『靖国参拝を巡って、経済同友会の提言を「商売と政治は違う」の一言で片づけてしまったのは、わかりやすさの持つ負の側面かもしれない』と問題提起しています。

マーケティングで重要なことは、「わかりやすさ」であり、「複雑なことをシンプルにすること」です。

  • 例えば、非常に複雑な市場やお客様の状況から、自社にとって必要なインサイトを抽出する。
  • 例えば、このインサイトから極力シンプルなマーケティング戦略を立てて、全社で推進する。
  • 例えば、自社の持つ価値を、お客様の共感をいただけるように、わかりやすく伝える。

といったようなことが必要です。

この観点で考えると、政治の世界にもマーケティングが導入され始めているのかもしれません。

特にマーケティング・コミュニケーションは人の心の内面にも作用するものであり、ともすれば人の心を操作する側面もあります。

わかりやすくシンプルなことはもちろん重要ですが、これに焦点が当たるばかりに、過度にシンプルにして本質的で重要な「なにか」が抜け落ちないように自戒したいと思います。

わかりやすさとマーケティング」への2件のフィードバック

  1. お邪魔します。
     ギリシャ神話には「足がはみ出せば切り落とし、
    足が届かなければ無理やり引き伸ばす寝台」という
    のがあると聞いた事があります。「わかりやすさ」
    というのも「今ある知識や経験の枠内に無理やり押
    し込む」事ではないでしょうか。
     ホリエモンも村上世彰も「粉飾決算とは何か」
    「インサイダー取引とは何か」よりも「とにかく
    あいつは悪い奴なんだ」という方が「わかりやす
    い」でしょうから。

  2. ブロガー(志望)さん、コメントありがとうございます。
    「わかりやすい」ためには、前提知識が共有されていることが必要ですが、おっしゃっている例の「寝台」は、この前提知識に該当するものなのでしょうね。
    「わかりやすさ」の弊害は、この前提知識そのものを付与の条件として固定してしまう点だと思います。この前提知識を議論すると視聴者がついてこない(つまりウケない)ので、例えばワイドショー的な話題の論理がシンプルになっているのかもしれません。栗原さんが最近ブログで書かれているように、論理そのものが破綻しているケースもあったりしますし。

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