「スターバックス再生物語」を読んでいます。本書は2011年の出版なので、もう3年前の本です。
タイトルや装丁を見ると、「スターバックス成功物語」の続編的な位置づけの本に見えます。実際に中身も、創業者であるハワード・シュルツ自身が書いた「『成功物語』のその後の苦難と再生」がテーマです。
しかし原書である英語のタイトルは、「成功物語」が”Pour Your Heart Into It” (情熱を注ぎ込め)であるのに対して、「再生物語」は”Onward” (未来へ)。
別の本なのですね。
物語は2008年2月、大成功したスターバックスが、自らの良さを失い低迷を始め、全米の店舗を半日休業して、135,000人のバリスタ全員を一斉に再研修をするところから始まります。
実際、スターバックス本社の2008年Annual Reportを見ると、当時のビジネスはこのような状況でした。
2007年 2008年
店舗数 15,011 16,680
売上 9.4B$ 10.4B$
営業利益 1,054M$ 504M$
売上営業利益率 11.2% 4.9%
店舗売上(対前年) 5% -3%
純利益 673M$ 315M$
株主資本利益率 29% 13%
グラフにするとこんな感じです。
売上は順調に伸びていますが、利益率は急落。一方で店舗当たりの売上の伸びはジワジワ下がり、ついにマイナス。
この数字だけを見ると、こう考え勝ちなのではないでしょうか?
「確かに利益は落ち始めているけど、売上は伸びている。この勢いを保持して、利益率を上げて店舗当たりの成長率を回復するために、無駄を省いて効率化を徹底しよう」
しかし実際はまったく逆でした。
無駄を省き、効率性を追求し、成長を追い求めた結果が、こうなったのです。
創業者のハワードがCEOを退任し、二人のCEOを経て、スターバックスでは「売上成長至上主義」が蔓延していました。
スターバックスの良さが急速に失われ、顧客が徐々に離れていた結果が、ついに数字に表れ始めたのです。
たとえば、それまでバリスタは徹底的に教育されて店舗に出ていたのが、店舗急拡大で人材育成が追いつかず、テキストを渡され自習しただけで、店舗に出るようになりました。
また、効率性の追求で店舗デザインは簡略化されてしまいました。
それまでコーヒー豆は店舗で挽いていたのが、効率化のために工場で挽いて真空パックされ店舗に届けられました。味は落ちてしまいます。
売上拡大のため、様々な商品が投入されました。その一つがブレックファスト・サンドイッチ。暖めることでチーズが溶けて強い香りが店内に流れ、店内のかぐわしいコーヒーの香りを消し去ってしまいました。「第3の場所」の魅力が半減です。
これらが積み重なった結果、2007年のコンシューマレポートで行われたコーヒーの味テストで、不名誉なことに、マクドナルドの「マックカフェ」よりも低評価になってしまいました。厳選したコーヒー豆を焙煎するコーヒー専業のスターバックスが、ファストフード店に味で負けるということ自体、スターバックスにとって大きな屈辱でした。(p.112)
自宅と職場の間にある「第3の場所」としてのスターバックスは、急速にその魅力を失っていたのです。
ハワードは色々と悩んだ末にCEO復帰を決意。2008年1月にCEOに再び就任します。その際に、このように考えました。(p.76)
・「原点回帰」をしなければならないが、スタバの歴史を守るのではない。改革や革新の気風に結びつける。
・過去の間違いは責めない。
・戦略や戦術では混乱は乗り切れない。必要なのは情熱だ。
そして、下記方針を決めました。(p.90-91)
【即座に実行すること】
・米国店舗ビジネスの現状改善
・お客様との感情の絆を取り戻す
・ビジネス基盤の長期的改革をすぐに開始する
【手を付けないこと】
・コーヒーの品質 (豆自体の品質はよかったのです)
・従業員の健康保険 (米国では健康保険は未整備)
そして2008年前半、「変革に向けたアジェンダ」(=すべてのパートナーがやるべきこと)と「新たなミッションステートメント」(=スターバックスの存在理由)を定めました。この二つが改革の柱になりました。
「変革に向けたアジェンダ」(p.139-141より)
わたしたちが望むもの 魂を刺激し、育む企業として知られ、世界で最も認められ、尊敬されるブランドを有する優れた企業であり続ける
七つの大きな取り組み
1.コーヒーの権威としての地位を揺るぎないものにする
2.パートナーとの絆を確立し、彼らに刺激を与える
3.お客様との心の絆を取り戻す
4.海外市場でのシェアを拡大する。各店舗はそれぞれの地域社会の中心になる
5.コーヒー豆の倫理的調達や環境保全活動に率先して取り組む
6.スターバックスのコーヒーにふさわしい創造性に富んだ成長を達成するための基盤をつくる
7.持続可能な経済モデルを提供する
ミッションステートメント (p.147-149より …一部文章を短縮化)
スターバックスの使命———人々の心を豊かで活力のあるものにするために———ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そして一つのコミュニティから。
・わたしたちのコーヒー——常に最高級の品質を追求
・わたしたちのパートナー——一人一人が輝き働きやすい環境。お互いに尊敬と威厳をもって接する
・わたしたちのお客様——感動体験。完璧なコーヒーの提供はもちろん、人と人とのつながりを大切に
・わたしたちの店——くつろぎの空間
・わたしたちのコミュニティ——コミュニティの一員としての責任と、日々の貢献
・わたしたちの株主——すべての人々の繁栄
この4年後の2012年のAnnual Reportからは、スターバックスは2008-2009年の店舗閉鎖、人員解雇、売上/利益減といった大きな苦痛を乗り越えて、再び力強い成長を取り戻していることがわかります。
しかしこれらの数字も、「第3の場所」を再生し、「人々の心を豊かで活力のあるものにする」という使命に向かって動いた結果に過ぎないこともまた、認識すべきでしょう。
また、世界で現在展開している新型店舗も実におしゃれで、まさに「第3の場所」といった趣きです。
(2013/11/19の”Starbucks at Morgan Stanley Global Consumer Conference Presentation”資料より)
こんな店なら、いいコーヒーを飲みながら、ずっと時を過ごしていたいですよね。
先日入ったスターバックス・銀座マロニエ通り店の2Fも、このような感じに改装されていました。
実際に2012年のAnnual Reportによると、2012年は全世界で、1,063の新店舗を出店する一方で、2,025の既存店舗をリノベーションしています。(全世界のスターバックス店舗数は18,066)
なぜ創業者のハワードは、このような変革ができたのでしょうか?そのことを語っている一文があります。
—(以下、p.57から引用)—
創業者の強みは、会社の基盤となるブロックの一つひとつを知っていることだ。会社を活気づけるのはなにか、そのためにはどうすればいいかがわかっている。その知識が、その歴史が、成功のために必要な情熱を呼び起こし、なにが正しくて、なにが間違っているかを判断する直感につながる。
—(以上、引用)—-
「株主至上主義」「数字至上主義」と言われがちな米国企業ですが、情熱と絆の大切さは、実はどこの国でも同じなのだ、ということを実感できた本でした。
現在の企業変革の事例として、ご一読をお勧めします。