「2015ロードマップ」の呪縛から解き放たれたIBM…そもそも、なぜIBMは「1株利益 20ドル」を経営目標としたのか?


米国時間2014/10/20、IBMの2014/3Q決算報告が発表されました。売上4%減(対前年)という数字もさることながら、今回、特別に同席したロメッティCEOから、ある発表がありました。

2014/10/21の日本経済新聞夕刊の記事「IBMの呪縛葬ったロメッティCEO」から引用します。

—(以下、引用)—

午前8時からの決算電話説明会ではロメッティ最高経営責任者(CEO)が急きょ出席した。ロメッティCEO自ら説明しなくては説得力に欠く重要事項があったからだ。

「我々はもはや2015年に1株当たり営業利益の目標達成を予想することはない」。IBMが長年、中期目標に掲げてきた「15年までに1株営業益を少なくとも20ドルに増やす」という目標断念を表明した

—(以上、引用)—

当記事で「1株営業益」と表現しているのは、”EPS”、つまり「一株あたり利益」です。

2010年、IBMのパルミサーノ前CEOは「2015年に、EPS(一株利益)20ドルを達成する」と宣言しました。これをIBMは「2015ロードマップ」と呼んでいます。

しかし実際には、IBMはこの宣言の8年前、2002年からEPSを順調に伸ばしてきたのです。下記は、2013 IBM Annual Reportの7ページ目からの引用です。

Ibm2015roadmap  

図では明示していませんが、EPSの2002年実績は2.43ドル。2013年実績は16.28ドル。実に6.7倍です。しかも驚くほどきれいな直線でEPSが伸びてきました。

実はパルミサーノ前CEOは、2007年5月に「2010年にはEPSを10-11ドルにする」と株主に公約していました。その前年・2006年実績は6.06ドルでした。

そして2010年実績は11.52ドル。パルミサーノは見事に公約を達成しました。

そして公約を達成した2010年、パルミサーノは次の目標として「2015年にEPS 20ドルを達成する」と宣言したのです。

つまりIBMは実に10年間以上、全社一丸となってEPS向上を目指してきたのです。

 

では、なぜそもそもIBMは、EPS向上を目指したのか?

そのことを理解するには、先の日経の記事で「1株営業益」と表現している“EPS”について理解することが必要になります。

 

EPS(一株あたり利益)は、こんな式になります。

  EPS = 利益 ÷ 発行済株数

このEPS、単に「株主へ対する利益還元」と思われがちです。

しかし企業のKPIとして、EPSは極めて重要な経営指標なのです。

なぜかというと、上記のEPSの式は、このような式に展開できるからです。

Eps_3  

このように分解してみると、EPSを上げるには次の4つの指標を高めるようにすればよいことがわかります。

売上高利益率(収益性)を高める →高利益率ビジネスの追求
総資産回転率(効率性)を高める →売上向上を、より少ない資産で追求
財務レバレッジ(財務安定性)を高める
一株当り株主資本(企業安定性)を高める →自社株買いし償却する

実はIBMは、2002年から上記施策を忠実に実施してきました。

そしてそれは、先にご覧いただいたEPSの図の左側にも、“Key drivers”として明記されています。

Ibm2015roadmap2

  

この“Key drivers”はEPS向上のための施策です。

Revenue growth (売上拡大) …基盤ビジネスの拡大を図ると共に、高成長ビジネスへ移行し、買収も図る
Operating leverage (業務レバレッジ)…高収益ビジネスへシフトするとともに、世界全体で部門最適化することで生産性向上を図る
Share repurchase (自社株買い) …生み出したキャッシュにより自社株買いの実施する

経営目標に対して、IBMの施策が論理的に首尾一貫していることがよくわかります。

だからこそ、10年以上に渡ってIBMのEPSは向上し続けたのですね。

 

問題は、先の日経の記事にあるように、競争環境が激変しているにも関わらず、「2015年、EPS20ドル達成」という「2015ロードマップ」を公約に掲げているために、株主への利益還元が最優先され、本来は短期的利益を犠牲にしてでも事業変革に投資すべきキャッシュを、自社株買いなどに投資せざるを得なかったことです。

ある意味、手枷足枷があったのです。

 

当ブログで今月書いたエントリー『「戦略」と「計画」は正反対の概念』にあるように、「将来予想から今の行動を決定」する『戦略』と、「将来予想から将来の行動を決定」する『計画』の違いについて、改めて考えさせられる話です。

どういうことかと言うと、「2015ロードマップ」は、『計画』であり、「公約」であり、「ロードマップ」ではありますが、『戦略』ではないからです。

『戦略』とは本来、臨機応変な自由度があるもの。しかしこのIBMの『戦略』が、「2015ロードマップ」という『計画』で制約を受けてしまった、とも言えるのかもしれません。

とは言え、これはあくまで結果論。

2010年当時のIBMの取締役会と経営陣は、「2015ロードマップは必要」との合理的な経営判断があったはずです。そして会社として経営判断がなされた以上、その経営判断の目標に向かって全社一丸となるのは当然のことです。

 

一方でIBMの強みは、「過ちて改めざる、是を過ちという」ことの重要さを熟知し、「変わることを、恐れない」こと。この強みがあるからこそ、IBMは激変するIT業界で100年以上も存続してきたのです。

今回のロメッティCEOが2014年3Q決算報告で、No longer expect to deliver “at least $20 Operating EPS” in 2015 (「もはや2015年にEPS20ドルの目標達成を予想することはない」)と宣言したことで、IBMを10年以上律してきた「2015ロードマップ」の呪縛から、IBMは解放されました。

ロメッティCEOはあわせて、“Will provide view of 2015 in January” (「2015年の展望は、1月に用意する」)と述べています。

IBMで数多くを学ばせていただいた元IBM社員として、今回の決定がIBMらしさを取り戻して経営変革を成し遂げる契機になることを期待したいと思います。

 

2014-10-22 | カテゴリー : ビジネス | 投稿者 : takahisanagaicom