私が日本IBMに入社した1984年、IT業界は常に二ケタ成長をしている成長産業であり、IBMは世界で大型コンピューターでダントツのシェアを持ち、エクセレントカンパニーと呼ばれていました。
当時のIBMには、創業当初から保持し続けていた「3つの信条」というものがありました。
「最善の顧客サービス」
「完全性の追求」
「個人の尊重」
これは50年以上にわたってIBMの文化を醸成し、あらゆる意思決定の基本になっていました。
私が入社した頃、この3つの信条を徹底して覚えたものです。
しかしIBMは1990年代前半の経営危機を迎えて、この3つの信条は変ってしまいました。昨年出版された、「世界をより良いものへと変えていく」 のp.161にそのことが書かれています。
—(以下、引用)—
「個人の尊重」は何十年という月日を経るうちに、ある種の既得権に変化していた。
「完全性の追求」は、決断をにぶらせる完璧主義になっていた。
そして「最善の顧客サービス」は、「顧客のためならどんなことであっても期待に沿わなくてはならない」と解釈されることも多かった
—(以上、引用)—
自分は当時のIBM社内にいましたが、このことは肌で実感しました。実は「100円のコーラを1000円で売る方法」にもこの頃の体験を一部ベースに描いています。
このような変化は、IBMに限らずどの企業にも起こりうることなのでしょうね。
こんな中でCEOに就任したガースナーは、1990年代にIBMをサービス・カンパニーに変革することで蘇らせましたが、この「3つの信条」には手をつけることはありませんでした。
しかし時代が進んでパソコンやインターネットにより世の中が急激に変化する中で、「3つの信条」も見直しが必要になりました。
そこで2003年にIBMのCEOに就任したパルミサーノは、この新しい価値観を民主型アプローチで再定義しました。
具体的には2003年から2004年にかけて2回、全世界のIBM社員が参加し、Web上で数万人が3日間かけて我々の価値観、存在意識、誇りについての意見を交換しました。
その結果、「三つの信条」は、以下のように「IBMers Value」に変りました。
「最善の顧客サービス」→「お客様の成功に全力を尽くす」 (Dedication to every client’s success.)
「完全性の追求」→「私たち、そして世界に価値あるイノベーション」(Innovation that matters – for our company and for the world.)
「個人の尊重」→「あらゆる関係における信頼と一人ひとりの責任」(Trust and personal responsibility in all relationship)
過去の「3つの信条」を否定するのではなく、それをベースにした上で、新しい時代に合わせて書き換えたのが「IBMers Value」です。
私が入社した頃にことあるごとに「3つの信条」をたたき込まれたのと同様に、この「IBMers Value」もことあるごとにメッセージされています。
数十万人規模の企業が、このように全社員参加で企業の価値観を定義するのは、珍しい事例かもしれません。