法人向け事業で新しい事業を立ち上げる場合、まず取引先に提案していくことが多いと思います。
しかし取引先の言うことだけを聞いていてもなかなか話が進まず、もどかしい思いをする経験をされた方は、多いのではないでしょうか?
実際には、取引先の先に顧客や消費者がいる場合が多いはずです。このような場合、取引先のさらに向こうにいる消費者の意見を聞き、さらに関係者も間見込んでいくことが、とても重要です。
たとえば、ある樹脂メーカーの事例です。
取引先である塗料メーカー向けに、「環境に優しい塗料だったら、ニーズがある筈」と考え、新しい化学樹脂を開発し、この樹脂を使った塗料が発売されました。しかし塗装業者の反応は冷ややか。売れませんでした。
そこでこの樹脂メーカーは、塗装業者の実体を調査しました。意外なことに環境性能は二の次とわかりました。一方で塗装業者の費用のうち、塗料はわずか15%で、ほとんどが人件費であることもわかりました。
そこで、乾燥時間が半分の塗料を発売したところ、1.4倍の価格にも関わらず飛ぶように売れました。乾燥時間短縮で、塗装業者の生産性が上がり、人件費削減に繋がったためです。
(参考資料:ハーバードビジネスレビュー2006年10月号「バリュープロポジションへの共感を促す−法人営業は提案力で決まる」ジェームズ・C・アンダーソン)
このように、取引先の向こう側にいる顧客を理解することはとても大切です。
しかし取引先しか見えていないことも多いのではないでしょうか?
虫歯予防ガムの成分になっている甘味料「キシリトール」も、取引先を超えてビジネスを大きく仕掛けて、成功した例です。
キシリトールはフィンランド生まれの甘味料で、1992年に日本支社が立ち上がりました。
以前のガムは砂糖がたくさん入っており、多くの子どもが虫歯になりました。かく言う私も、子どもの頃にガムを噛んで虫歯になったことがあります。
キシリトールは虫歯予防効果があるので、日本の責任者は「虫歯予防で、キシリトールは売れるはず」と考えました。しかし食品メーカーは「砂糖より高い。高いガムは売れない」。乗り気でありませんでした。
そこで流通に直接「虫歯予防のガムを作れる」と訴えたところ、流通は食品メーカーに「ぜひ作って欲しい」と要望。話が進みました。
さらに社会で理解を広めるためには、歯科医の支持が必要と考えました。しかし意外なことに歯科医は「虫歯が減ったら儲からなくなる」と拒否反応でした。
そんな時、キシリトールの事業責任者は「虫歯予防こそ、歯科医の仕事」と考えている歯科専門商社の人と出会いました。そこで、キシリトール入りガムを噛むと虫歯菌が減るという報告と、虫歯菌の数を測定する機器と、キシリトールをセットで持って歯科医を回り、「虫歯にならないために、歯科医に行く」というビジネスモデルを作りました。
1997年、キシリトール認可直後に歯科専用ガムが発売。大きなブームが起きました。現在、ガムの80%はキシリトール入り。キシリトールが入った商品売上は2000億円にもなります。
消費者、歯科医、専門商社、ガムメーカー、キシリトール生産者がともにマルチWinになる仕組みを作った結果です。
(参考:日経プラスワン「私のビジネステク キシリトールを広める①〜④」(2007/1/6 – 27)
樹脂メーカーの場合、塗装業者の調査をせずに、取引先である塗料メーカーの話しだけを聞いていたら、…ヒット商品は生み出せなかったでしょう。
またキシリトールの場合も、食品メーカーだけを相手にしていたら、…恐らく、キシリトールのビジネスは立ち上がらなかったでしょう。
新しいビジネスを大きく広げて育てるには、取引先だけでなく、その先にいる顧客や、その商品が関わる関係者を大きく捉えて、働きかける必要があるのです。