オフィスでコーヒーを飲む方、多いですよね。かく言う私も、半年前まで会社員をしていた頃は、机の上に常にコーヒーを置いてました。独立した今も、机の上には常にコーヒーがあります。
では、このコーヒー、オフィスで皆さんはどのように買うのでしょうか?
20年ほど前、私は自販機で買っていましたが、味覚や香りは喫茶店で飲むレギュラーコーヒーと比べると大きく見劣りします。そのうちオフィス近くにスタバやタリーズが出来るようになり、これらの店で買うようになりました。
しかしオフィスから外に出てコーヒーを買うのは時間がかかります。最近のオフィスは高層ビルなのでエレベータの順番待ちもあり、ますます時間がかかります。
さらに会社によっては、スペースと維持コスト削減のために、オフィスから自販機を撤去するケースもあるようです。
オフィスのコーヒー需要が高まる一方で、提供側から見ると、いろいろ工夫する余地がありそうです。
「ネスカフェ」で有名な日本ネスレは、これを「ビジネスチャンス」と考えて、新しいビジネスを展開しています。
まず2009年、「ネスカフェゴールドブレンド・バリスタ」(以下、「バリスタ」)というコーヒーマシンを販売開始しました。
「バリスタ」とはインスタントコーヒー(ネスレでは「レギュラーソリュブルコーヒー」と呼称)用のコーヒーマシン。
「そもそもインスタントで、コーヒーマシンが必要なのか?」と思いがちですが、「お湯を沸かす」→「コーヒーを適量図る」→「お湯を適量入れる」→「かき混ぜる」という作業は結構手間がかかりますし、人により品質もバラバラです。
これを自動化すべく、2004年から開発を開始していたのですね。詳しくはこちらの記事を参照ください。
バリスタの希望小売価格は9,000円 (実売は7,980円)。コーヒー一杯のコストは、約20円程度です。
記事にもありますように、ネスレはバリスタ本体で儲けずに、そこで使われるネスカフェゴールドブレンドで儲けようと考えて、他社が真似出来ない一台9,000円という値付けをしています。
これは古くから「ジレットモデル」として知られる、消耗品ビジネスで儲ける仕組みです。カミソリの「ジレット社」で有名になったので、この名前が付きました。例えば、
髭剃り:持ち手部分は安くし、替え刃で儲ける。(ジレット)
プリンターやコピー:本体は安くし、インクやトナーで儲ける。 (エプソン、キヤノン、HP、ゼロックス、リコー)
いずれも継続的に高収益をもたらすストックビジネスに育っています。
広い意味ではソフトウェアも、この「ジレットモデル」と言えます。(但し、売切りではなく、保守契約前提のケース)
ネスレはバリスタを活用して、さらに「ネスカフェアンバサダー」というプログラムに進化させています。 バリスタを無償でオフィスに貸し出し、日々消費するゴールドブレンドで収益を上げる仕組みです。
冒頭の「オフィスでコーヒーを飲む人たちのニーズの変化」に伴って、オフィスのコーヒー需要を取り込もうとしているのですね。
私が「スゴイ!」と思ったのは、法人向けのビジネスなのにも関わらず、法人契約を前提にしていないこと。
これを知った時は、ちょっと大袈裟ですが、目から鱗が落ちました。よく考えられています。
消費者ビジネスは多くの場合「お金を払う人」=「使う人」です。「欲しい」という気持ちにさせると、消費者はお金を払ってくれます。
一方で法人ビジネスに携わった方はよくご存じかと思いますが、法人契約を締結するのは、なかなか大変です。色々な人が関与してくるからです。
やや専門的な話になりますが、DMU (Decision Making Unit – 日本語で「意志決定ユニット」)という言葉があります。法人が購買を意志決定する場合、社内では次の人たち(DMU)の同意が必要になります。
・ゲートキーパー(門番)..購買の窓口になる人
・インフルエンサー(ご意見番)..専門知識を提供する人
・キーマン(実質責任者) ..購買を必要とする人
・ディシジョンメーカー(意志決定者) ..購買の最終承認をする人
長らく消費者ビジネスをやってきたネスレ日本にとって、法人ビジネスにおける複雑な購買プロセスを突破するのは、恐らく大きな課題であったのではないかと想像します。
では、ネスレは「ネスカフェアンバサダー」で、どのように法人契約をせずに、法人需要を取り込んだのでしょうか?
「ネスカフェアンバサダー」では、バリスタとゴールドブレンドの二つを提供しています。
まずバリスタは無償提供なので、法人契約は不要です。
さらに日々消費するゴールドブレンドを個人契約とし、これも法人契約を不要にしているのです。
「アンバサダー」とは「大使」という意味。つまり「ネスカフェアンバサダー」とは、「ネスカフェの大使」という意味です。「自分のオフィスにバリスタを設置したい」という会社員の方に手を挙げてもらい、その人が個人のクレジットカードを使用してゴールドブレンドを購入し、オフィスにいる同僚から代金を回収するのですね。
日本人はお金に関して潔癖なので、集金ボックスを置いておくとちゃんとお金を入れてくれるのです。(これが別の国になると、集金ボックスが盗まれるかもしれませんね)
ネスカフェアンバサダーの成果については、ネスレ日本CEOの高岡浩三さんが、ご著書「ゲームのルールを変えろ」で書いておられます。
—(以下、p.167-168から引用)—
募集開始は2012年9月末。2013年7月末日の段階で、アンバサダーの応募は9万人を超えた。…「バリスタ」も、売上が200%で伸び、品薄状態になることもあった。
アンバサダー一人あたりコーヒーを飲む人が20人いるとすると、毎日100万人以上がテイスティングしているようなものだ。街のカフェのコーヒーを飲み、「ネスカフェ」を飲まなかった若い世代が、意外とおいしいといって飲み始めている。….
何が起こったか。会社で「バリスタ」でいれた「ネスカフェ」を飲んでおいしいと感じた人が、自分の家庭用に購入する連鎖が始まっている。アンバサダーが新たな販売チャネルとなったのだ。
既存チャネルでの販売だけを考えず、新たなチャネルを作ることを模索したことから、このイノベーションが生まれたと言えるだろう。ゲームのルールを変えたのだ。
—(以上、引用)—
アンバサダーもオフィスでは自分の仕事を持っています。つまりボランタリーで片手間に「アンバサダー」をやっています。そこでアンバサダーが活動しやすくするために、ネスレはアンバサダーのサイトで色々なツールを提供しています。
■らくらく社内説得キット:上司を説得するための資料です
■アンバサダー用オンラインショップ:コーヒーを購入できます。(キットカットも販売しているのはさすがです)
■コーヒーはかる君:一ヶ月で必要なコーヒーの量を計算できるツールです
■アンバサダーVOICE:アンバサダーの生の声(写真付)を投稿できるサイトです
■アンバサダー便利グッツ:記録シート/コーヒーチケット/ポスターなど、アンバサダーにとって便利なツールをダウンロードできます
個別製品や個別プログラムを関連付けて見ていくと、ネスレ日本は、とても周到に練られた戦略を展開していることがよくわかります。
改めて、コーヒーの世界はとても奥が深いと思います。