「新商品の企画を考えたので、相談したい」というご依頼で話し合いを始めてから、かなり時間が経ちました。
「やはり丁寧にきっちりといいものを作れば、お客さんが喜ぶと思うんですよね」
学生時代からこの道のプロフェッショナルを志して研鑽を積まれ、既に10年になるというその方は、このように言いながら企画書に目を落としています。
「だから売れると思ってます。他社商品も調べましたが、この分野は他社も手薄です」
データを見せながら、誠実そうな笑顔でお話しされます。きっと普段の仕事ぶりも丁寧なのでしょう。そこで、私はお聞きしました。
「お客さんがこの商品を買う理由って、何でしょうね?」
「この課題で困っている人はたくさんいます。だから買う人も多いと思いますよ」
「他社商品が手薄ということですが、お客さんから見て、この商品を買わなければならない理由は、何でしょう?」
「困っている人がいるし、他社はあまりやっていない。丁寧に作っていい商品を出せば、必ず売れます」
「どの位の数字を目指していますか?」
実現すれば確実に業界で「ヒット商品」と呼ばれるような、かなり大きい数字を目指す、とのこと。
「夢というか、目標は大きいに超したことはないですから」
「なるほど。ではその数字を実現するための具体的な方法は何でしょうか?」
「営業も頑張りますし、販促プロモーションも力を入れますし、予算もつけて広告も出します」
詳細を説明いただきましたが、率直に言うと、他の商品とあまり変わらない販促施策にように思えました。そこで質問を変えてみます。
「御社でそのようにして売れた商品、どのようなものがありますか?」
数年前にこの企業様で売れた商品〇〇〇の名前が挙がりました。
「あ、あの商品ですか。私も名前を聞いたことがあります。ただ御社の他商品の多くは、失礼ながらそこまで売れていないものがほとんどですよね。その商品〇〇〇は、どうして売れたのでしょうか?」
「やはり、担当者が頑張っていましたからね」
「御社の皆さんは、どなたも例外なく頑張っておられると思います。おそらく御社の他商品も、今ご相談しているこの商品と同様、『必ず売れる』と確信して企画し、開発・販売を頑張られたのではないでしょうか?」
「ううむ。たしかにそうですね」
「ですから、数年前に商品〇〇〇が売れたのは頑張ったことだけが理由じゃないと思うんですよね。どのような成功要因があったのでしょうか?」
「うーん、それは、その担当者に聞いてみないとわからないですね……」
具体的な案件がわからないように一部を変えていますが、この時のやり取りを再現してみました。
この企業様は、業界の中でもいわゆる「名門」と呼ばれています。企業ブランドがあるので優秀な人材が数多く集まります。しかしこの10年間、ほとんどの商品があまり売れずに低迷を繰り返しています。
なぜ低迷が続いているのか。お話しを聞いていてわかってきました。
それは商品(あるいはサービス)の開発パターンです。
1.「いいモノやサービスを作れば、売れるはず」と考える
2.頭を捻って企画を考え、立ち上げる
3.丁寧にじっくり作り込む
4.出来上がったら、販売する。しかし、当初考えたようには売れない
5.「うーん、ダメか。じゃぁ、次の挑戦だ。今度こそいいモノ作るぞ!」と、次の挑戦をする
こうして次々と挑戦をするのですが、あることが欠落しています。
それが「具体的な顧客を想定した、仮説構築と検証」です。
先の商品開発パターンの問題は、
■「いいモノを作れば、売れるはず」と考えているが、その仮説の踏み込みが甘い。具体的な顧客と課題想定が不十分なので、解決策を掘り下げて考えていない
■そして、その掘り下げて考えた仮説を、顧客に対して検証していない
■さらに、仮説検証結果を組織で共有していない
たまにヒット商品が生まれても、それは「たまたま」。再現性がありません。
失敗しても、その失敗を当初の仮説に立ち戻って検証していないので、学ぶことがありません。
だから、いくら挑戦を繰り返しても、成功の可能性が上がらないのです。
では、どのようにすればよいのか?
当ブログで繰り返し紹介してきたとおり、「お客様が買う理由」を徹底的に考えること。つまり、
1.自分たちの強みが何で、
2.その強みを必要とするのは、誰で、
3.その人は、何を必要としていて、
4.どうすれば、自社を選んでいただけるか?
これらを、曖昧さを排除して具体的に徹底的に考え抜き、その仮説をリアルなお客様に検証することです。
「ものづくり思考」で行き詰まっているケースでは、この「お客様が買う理由」の追求が甘く、学びの蓄積もないことが問題なのです。
この問題は、製造業だけでなく、サービス業・流通業を含むあらゆる業界で共通して起こっています。
「うちはサービス業だから関係ない」と思っていても、気がつかない間に同じパターンに陥っていることも多いのです。
「ものづくり」という言葉は、心地よい言葉です。「いいものを作っていれば成功する」という幻想を与えるからです。
しかし今も昔も「ものづくり」で成功している企業や人は、お客様視点で「ものづくり」を徹底的に考えています。
あらゆる業界で「ものづくり万能」の甘い幻想から脱し、その先にある「顧客づくり」も含めて、リアルに考えることが必要なのです。
その後、この方とは、話し合いを重ねていきました。
「具体的な顧客を想定した、仮説構築と検証」は、頭で理解しても、仕事で実践できないことが多いのです。
日々の実業務で試行錯誤を繰り返し、自ら気づきを得ることで、この方法論を体得することができます。
そのちょっとした「自らの気づき」が、「ものづくり万能」の幻想から脱するカギなのです。