「当社の強みは、ブランド」は、危険な幻想


数年前、講演の合間にワークショップを行いました。そこで発表いただいた女性が、こうおっしゃいました。

「当社の強みは、ブランドです」

東京のお洒落な街にある、名前を聞けば誰でも知っているブランドショップに勤めているというご本人も、そのブランドを象徴するような上品なファッションに身を包んでおられます。

私は質問しました。

「具体的に、何が強みですか?」

その方は、(あれ、ウチのブランドのことを知らないのかな?)と戸惑った様子で、お答えになります。

「当社は、世界的に圧倒的に強い高級ブランドです。値下げもしません。価格勝負ではなく、価値勝負ができる、ということです」

 

このように「強みはブランド」と考えがちですが、実は危険な幻想です。

ブランドとは「結果」だからです。

 

鍾乳洞の神秘的なイメージに圧倒されたご経験はありませんでしょうか?

鍾乳洞Dollarphotoclub_40639014 のコピー

石灰を含んだ地下水が、数千年から数万年という時間をかけてゆっくりと一滴ずつ滴り、徐々に石灰岩が形作られ、巨大な鍾乳洞が作られていきます。

ブランドも同様です。「顧客満足」という事実を長年積み重ね、徐々に蓄積することで、強いブランドが作られます。

「一滴の地下水=顧客満足」が蓄積して、「鍾乳洞=ブランド」が出来上がる、と考えれば、イメージできるのではないでしょうか?

 

では、ブランドのもととなる顧客満足は、どのように生まれるのでしょうか?

顧客満足は次の式で表されます。

顧客満足(CS)= 提供価値−期待価値

たとえば、100点を期待するお客様に、100点の価値を提供すると、 顧客満足は、100引く100なので0点です。

お客様の期待をはるかに超える200点の価値を提供してはじめて、お客様は100点の顧客満足を感じます。

CSの図

市場が成熟した現代では、圧倒的な価値を提供する企業はますます増えています。お客様は、そのようなライバルとあなたの会社を比べています。

期待通りの価値を提供するのは当たり前。お客様の期待を上回る圧倒的な価値を提供し続けなければ、プラスの顧客満足は生まれません。

 

では、「当社の強みはブランド」と考えるとどうなるでしょうか?

冒頭で紹介した例では、お客様にどのような具体的な価値を提供するのかが語られていません。このように「自社のブランド」に頼ると、お客様にどのような価値を提供するのか、具体的に考え抜くのを怠り勝ちです。

ブランドに頼り、具体的な価値を提供できないと、お客様の期待を上回ることはできません。顧客満足はマイナスです。

鍾乳洞では、1滴の地下水がゼロ滴になると、石灰岩が形作られなくなり、徐々に崩壊していきます。

ブランドも同様です。ゼロまたはマイナスの顧客満足は、いくら積み重ねてもゼロまたはマイナス。ブランドは崩壊していきます。マイナスだとお客様の失望が溜まり、ブランドの崩壊はさらに加速します。過去のブランド・伝統・歴史は急速に食い潰されます。そしてブランドの価値は、徐々に、あるいは何かの象徴的な出来事である日突然失われるのです。

実際に、老舗ブランドに頼り、不祥事がきっかけで急速に経営危機に陥った企業は、いくつも思い出されると思います。

 

「当社の強みは、ブランド」と考えている状況は、言い換えれば、思考停止している状況です。

ブランドを受け継ぎ、さらに強化するためには、顧客の期待を圧倒的に上回る価値を提供し続けて、常に顧客満足をプラスにする必要があるのです。

だから、イノベーションに挑戦する社風を持つ、歴史ある老舗企業が少なくないのです。このような老舗企業は、挑戦する社風があるから、歴史を超えて老舗ブランドを維持できてきたのです。

 

電気自動車テスラモーターズや民間ロケット会社スペースX社を経営する起業家イーロン・マスクは、このように述べています。

 「「会社の名前で製品は売れているのだ」と思い込んでいる人がいるが、それは間違っている。まずは、素晴らしい製品があって会社のブランドを築く。ブランドは信頼であり、消費者は信頼に基づいて製品を購入してくれる。製品が先にあるのだ」

(「イーロン・マスクの挑戦 人類を火星に移住させる」別冊宝島、P.73より)

 

「当社の強みは ブランド」と考えるのは、イーロン・マスクの言葉を借りれば「会社の名前に頼っている」ということ。

ブランドに頼らず、商品やサービスを通じて、常に具体的な顧客の価値を愚直に創り出し続けることが必要なのです。

そのためにも、当ブログで常に提唱し続けている「お客様が買う理由」を、日々の仕事で、常に考え続け、検証し続けることが必要なのです。