私のライフワークは写真です。20代の頃は若気の至りで、プロの写真家として生計を立てることも考えてました。
これまで色々な写真機材を使ってきましたが、そのほとんどは日本製。皆様ご存じの通り、日本のカメラは世界でも品質がダントツに優れています。そしてデジタル化が進んだことで、静止画と動画の融合も始まっています。
このカメラ市場で、急成長している米国企業があることをご存じでしょうか?
2010年 40万台
2011年 110万台
2012年 230万台
2013年 380万台
2014年 520万台
凄い成長ですよね。米国のGoProという会社です。
2010年に6400万ドル(77億円)だった売上は、4年間でなんと22倍になり、2014年には13億9400万ドル(1672億円)になりました。
GoProのカメラを使うと、このように今までとまったく違う写真が撮れます。
(GoPro Investor Presentationより)
普通のカメラではこんな写真、なかなか撮れませんよね。
どんなカメラかというと、こんなカメラ。HEROという名前のカメラです。
(GoPro Investor Presentationより)
身体やヘルメット、あるいは人間以外のもの(ペットなどの動物や乗り物など)に付けて撮影します。撮影を意識することなく、スポーツなどに熱中し、その様子が本人の視点で撮影できるのです。
このGoProを創業し、現在CEOを務めるニック・ウッドマンさんと一橋大学の竹内弘高先生の対談を、先月の日経フォーラム世界経営者会議で伺う機会をいただきました。
ニックさんは20歳の時、「30歳までの発明家になる」と決めて、新規事業に挑戦してきました。24歳の時はゲーム会社で400万ドルの損失を出したりして、26際にはすべてを失い失敗。そこで5ヶ月間、自分が情熱を持てることに熱中しようと、好きなサーフィンをしながら世界を回ることにしました。ニックさんはサーファーだったのですね。
サーフィンをしながら波の上から見える景色は、地上とはまったく違います。ニックさんは「この目に見えるシーンを、写真に残したい」と考えました。そこで2004年、35mmフィルムカメラを自分の腕に括り付けて、ファインダーを見ることなく写真を撮れるようにしました。自分用に作ったカメラですが、サーファー仲間で「同じモノが欲しい」と大人気になり、製品化することにしました。これがGoProの始まりです。
なぜGoProという名前を付けたかというと、サーファーは誰もが「プロになりたい」と思うから。そこで「プロになる」(Go Pro)と名付けました。製品名HEROも、「自分がヒーローになる」という想いを込めています。
つまりGoProは「究極の自撮りカメラ」なのですね。
竹内先生が「かつてこういうガジェット系の製品は、ソニーが作っていた。なぜソニーでなくGoProが成功したのですか?」と質問すると、ニックさんは「組織が大きくなると製品も多くなるし色々と難しくなるのだろう。GoProは、情熱とアイデアを持つ個人を大切にしてきたから」と答えています。
GoProは、自社の使命を次のように定義しています。
「体験のコンテンツを記録し、共有し、管理するわずらわしさを、徹底的に排除する」
(OUR MISSION: ELIMINATE THE PAIN POINTS OF CAPTURING, MANAGING AND SHARING ENGAGING CONTENT)
この使命を実現するために、カメラを製造・販売するだけでなく。ソーシャルメディアなどで写真(動画)をすぐに共有できるような仕組みも整えています。
(GoPro Investor Presentationより)
ここまでお話しをお聞きして、GoProが成功した理由がわかりました。
1990年代にデジカメが登場した頃、銀塩フィルムと比較してデジカメの画質はかなり見劣りしていました。そこでカメラメーカー各社は、よりシャープに、より高精度に、より忠実に写真を記録できるように技術を磨き続けてきました。「写真をキレイに撮影する」ことに注力してきたのですね。
その進化のおかげで、現在のデジカメはかなりの高画質になりました。
たとえば私が来週の写真展の撮影のために使用したデジカメは1600万画素。数字の上ではそれほど高画素数ではありません。しかしこの画素数でも150cm × 100cmの大サイズにプリントして、十分な画質を確保できます。カメラを普通に使う分には、これ以上のサイズにプリントする人はそんなに多くないでしょう。
しかし日本のカメラメーカー各社はさらに高画質化に挑戦中で、間もなく1億画素のデジカメ登場も予想されています。
一方でGoProが追求しているのは、「キレイに撮影すること」ではなく、「コンテンツを通じて体験を共有すること」。
そのために、カメラだけでなく、プラットホームも用意し、自分の感動を共有した人達をファンに取り込み、ブランドメッセージを強化し続けています。
GoProが対象とする顧客は、「自分の感動体験をすぐに共有したい。でも従来型のデジカメやビデオは煩わしい」と思う人。その人たちに強い「買う理由」を提供しています。
かくいうカメラのヘビーユーザーである私自身、「写真を撮影する時は、撮影に集中する」のは当たり前。何か面白そうな被写体を見つけても「これは撮影する体勢が確保できない」と判断すると、撮影を諦めることもよくありました。そして撮影後、画像を現像するなど、人に見せるまでに手間をかけるのも当たり前と思っていました。
GoProのように「写真を撮ることは忘れて、その『行為』に集中する」、さらに「手間をかけずに映像を共有する」という発想はできませんでした。
つまり従来のカメラユーザーに訊いても、GoProのような発想は生まれてこないのですね。
サーファーのように、まったく異なるニーズを持つ顧客を見つけ、その顧客の課題に対して応えたのが、GoProなのです。
ニックさんのお話をお聞きし、「ニーズのサキドリ」を実現した企業が勝つ時代なのだと改めて実感しました。
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