会社のビジョンは、トップが作っても動かない


私たちは「会社のビジョンはトップが作り、社員に申し伝えるもの」と思いがちです。

しかし現実には、「トップが時間をかけて作ったビジョンが、現場社員にまったく知られておらず、実行もされない」ということも多いですよね。

ピーター・センゲは世界的に読まれている名著「学習する組織」の中で、「ビジョンはトップが作って申し伝えるものという先入観は、捨てるべき」と言っています。

低迷するIBMのCEOに就任したガースナーは、IBMをコンピューターメーカーからサービス企業へ変革しました。サービス変革ビジョンが作られたきっかけは、ガースナーと社員との対話から生まれました。ガースナーは著書「巨象は踊る」で、その時のことを書いています。

IBMサービス変革のビジョンは、当時IBMの100%子会社だったISSC社の責任者だったデニー・ウェルシュの構想が元になっています。

ウェルシュは筋金入りのIBM社員でした。彼は子会社トップとして、顧客のITシステム構築からアーキテクチャーの決定、管理運用まで全て引き受ける企業を思い描いていました。「顧客にとって必要ならば、ライバル社の製品も採用すべき」との考えでした。

このウェルシュが描くビジョンは、ガースナーがIBMの顧客時代にまさに求めていたものだったのです。ガースナーはアメックスやナビスコなどの社長としてIBMユーザーでした。

一方でウェルシュは、IBMの企業文化の中でこのビジョンを実現する際の課題も把握していました。

ライバル製品を採用して保守も行うという文化は、当時自前主義を貫いていたIBMの文化とは相容れないものでした。さらにサービス部隊を営業部隊から切り離す必要もありました。営業部隊は、他社製品を少しでも販売する可能性があるサービス担当者が自分たちの顧客に接触するのを許さないからです。

またサービスの事業構造は、製品事業と全く違いました。大型のアウトソーシング契約では、初年度は開発費がかさんで赤字になります。売ればすぐ利益が出る製品事業とは全く異なり、営業の報酬制度や財務管理も大きく変える必要があります。

IBMのサービス変革は、子会社の独立した立場で独自のビジョンを持ち、小規模ながらもIBM社内でビジネスを展開して、サービスビジネスの本質を把握していたウェルシュの構想から始まったのです。

ちょうどこの時期、私はIBM社員でした。当時ガースナーがIBM全社員に送った「ISSCの取り組みは、IBMをサービス企業へ変革する可能性がある」と綴ったメールを読んだことを、今も覚えています。

このように企業を動かし社員に共有されるビジョンは、社員個人のビジョンとの相互作用から生まれるものなのです。

「それはIBMだからできたんでしょ」といわれるかもしれませんが、当時のIBMは、実に複雑な組織でした。たいていの日本企業は、当時のIBMほど複雑ではないと思います。

トップと現場社員が自由闊達に話し合い、地に足がついたビジョンを創り上げたいものです。

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