20世紀最大の芸術家ピカソにこんな逸話があります。
あるご婦人がレストランでピカソに近づいて「ナプキンに何か描いてくださらない?」と頼み、ピカソは絵を描きました。
気に入った彼女は「いくらでも払うわ」
ピカソは「1万ドル(130万円)ですね」
驚いた女性はこう言いました。「あなた、30秒で描いたんじゃない」
ピカソはこう答えました。「ここまで描くのに40年間かけたんですよ」
これは経営者であり著述家のマーク・マコーミックが1984年の著書で紹介した逸話です。「実はフィクションでは?」とも言われていますが、これは労働の意味について考えさせてくれる逸話でもあります。
労働には、単純労働と複雑な労働があります。高いスキルを要する複雑な労働は、単純な労働よりもずっと高い価値を持ちます。
ここで参考になるのが、カール・マルクスの「資本論」です。マルクスは「資本論」第1巻第5章で、このように書いています。
「社会的平均労働にたいして、より高度な、より複雑な労働と見なされる労働は、より高い養成費を含み、その生産により多くの労働時間を要する、したがって単純な労働力よりもより高い価値をもつ労働力の発現である」
天賦の才能を持つピカソが40年間かけてスキルを高めてきた結果が、この30秒の絵にこめられています。 ピカソがご婦人に請求したのは、30秒への対価でなく、40年間への対価だったのです。
さらにマルクスは、先の文章の後にこのように続けています。
「宝石細工労働者が、彼自身の労働力の価値を置換えるにすぎない労働部分は、彼が剰余価値を創造する追加的な労働部分から、質的には決して区別されない」
これもわかりにくい文章なので、解説します。
マルクスによると、低スキルの労働者は、組織の歯車に徹して自分の労働力を提供し、その労働力から生み出された利益(余剰価値)を資本家に搾取されています。そして「この状況って、たとえ高スキルを持つ労働者でも変わりませんよね」と言っています。
マルクス的に言うと「たとえピカソでも、もしどこかの組織に属していれば、誰かに搾取されていますよ」ということです。実際のピカソは、自由人に生きました。ちなみに共産党員だったそうです。
私個人はマルクス思想は「ややモノ中心で考えすぎの極論」と思っていて、ある程度の距離を持って眺めています。しかし一方で、このマルクスの考え方は、現代に生きる私たちにヒントを与えてくれます。
会社員は、会社の中で様々な仕事を経験することで、自分のスキルや経験値を高めることができます。こうしてスキルを高め続けていくと、会社の看板に頼らなくても仕事ができるレベルに達する時がやってきます。ピカソのように30秒で100万円…まではいかないにしても、自分のスキルに対してそれなりの対価を得られるようになります。さらに現代では、ほんの20〜30年前と比べても、個人が独立する敷居は格段に低くなっています。
会社員を続けるか、あるいは独立するかを判断する際に、これらマルクスの指摘は一つの判断軸を提供してくれると思います。
※当コラムは私の政治的信条とは関係はありません。
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