拙著「100円のコーラを1000円で売る方法」を2011年に刊行した時、本のタイトルには「マーケティング」という言葉は一切入れませんでした。
12年前の当時は「マーケティングってなんか難しそう」と敬遠されていました。そこで本書ではタイトルに「マーケティング」という言葉を避けたのです。
いまは状況が変わりました。多くの人たちが「マーケティングを学ばなければ」と気がつき、「マーケティング」という言葉を入れると逆に本が売れるようになりました。
日本企業の大きな課題は、マーケティング力の不足です。マーケティングに注目が集まっていることは、とてもよい傾向だと思います。しかし大きな懸念もあります。
以前、ある編集者にこう言われたことがあります。
「5分間ほど考えるだけで、即売れるような方法、書けませんかねー?」
私は「それってマーケティングじゃありませんし、私にはそんな本を書くのはムリですよ」とお答えして、その編集者さんとお仕事をすることはありませんでした。
実際、マーケティングでは「これやれば楽勝で絶対に売れる」といった方法論は存在しません。
しかし世の中を見ると「コレ使えば絶対OK」「強めのメッセージさえ付ければ必ず売れる」というアプローチを訴求した本も目立ちます。全て否定すべきではないとは思いますが、これは本来のマーケティングとは言えません。この結果、成果が出ずに、「マーケティングって役立たないよね」と思われて、マーケティングが一過性のブームで終わったとしたら、とても残念です。
一方で、マーケティングを学んだ上で、哲学などのリベラルアーツを深く学んでいくと、マーケティング理論や経営理論の奥底にある深遠な思想が徐々に見えてきます。
たとえばマーケティング上の大問題は、「お客様の声が真実とは限らない」ということ。お客様を集めてインタビューし、そこで分かった要望に応える商品を開発しても、ほとんどの場合は売れないのです。
一方でジョブズは「顧客に何も聞かずに商品を開発し、成功した」と言われます。しかし形だけジョブズのマネをして、単なる「顧客に聞かない」というアプローチをするだけでは、ほとんど成功しません。
実はジョブズは、世界で最も厳しいアップル商品のユーザーでした。
顧客に聞かずに商品を開発した人たちの多くは、ジョブズのように「ユーザーとして自分が熱烈に欲しい商品」を作っています。
バルミューダの寺尾玄社長は「17歳の欧州一人旅で、涙が出るほど感動したあのパンの味を再現したい」と考えて、バルミューダ・ザ・トースターを作りました。
ソニーの盛田昭夫さんは「カセットプレイヤーを持ち歩いて音楽を聴きたい。録音機能を外し軽いヘッドホンを作ったら楽しめるのでは?」と考えて、ウォークマンを作りました。
最近では、かならぼの和田佳奈さんは「自分が毎日使いたくなるものを作りたい」と考えて、「フジコ眉ティント」などの化粧品シリーズFujikoを開発し、大ヒットさせています。
彼らに共通しているのは「顧客に問うのではなく、自分自身に問い続けている」ことです。
そんな彼らがなぜ成功するのかは、20世紀初頭に活躍した哲学者フッサールが提唱した現象学を学ぶと、解明できます。
当時の哲学界・科学界の大問題は、『主観と客観が一致しない「認識問題」』。
ザックリいうと「主観」とは個人それぞれの考え。「客観」とは誰にとっても同じ世界(=真実)のこと。哲学ではこの主観と客観が一致しないのが大問題だったわけです。当時の哲学者は、両者を一致させるために大騒ぎをしていました。
そこでフッサールはこう言ったのです。
『そもそも、主観と客観という分け方、やめません?』
『「主観の世界」だけで考えればいいじゃん』
どうあがいても、客観の世界はわかりません。ならば客観の世界は捨てて、個人の意識の領域に現れた主観的な体験(=現象)に着目し、直観を重視して、「疑えるものはすべて判断停止(エポケー)して、直観を重視し、直観を徹底的に検証して、ピュアな本質を取り出せ」と言ったのです。
これがフッサールの「現象学」です。そして直観を徹底的に検証してピュアな本質を取り出すことを「現象学的還元」と言います。
このフッサールの現象学がわかれば、ジョブズ、寺尾社長、盛田昭夫さん、和田佳奈さんがやっているのは、どれも自分の直観を徹底的に検証し、ピュアな本質を取り出す現象学的還元を行っていることがわかります。
ここで整理すると、
「お客様の声が真実とは限らない」というマーケティング上の大問題は、フッサール流に解説すると「市場や消費者の真実の姿を客観的に把握するのなんて、そもそもムリ」ということです。
ですので「商品企画は、顧客に問うな。自分に問い続けよ」ということなのです。
「顧客の声(真実)に従おう」と考えても、実は顧客は答えを持っていませんし、そんな真実は存在しません。 ならば「自分が答えを持っている」と考え、自分の直観を掘り下げるわけですね。
このように、教養を学べば、マーケティングの考え方が一段深くなることが、おわかりいただけたのではないかと思います。
いま私たちがビジネスで求められているのは、こういった「価値観」や「判断基準」なのではないでしょうか?
「なぜこの商品を開発しようと思ったのか?」
「その思いを、どのように市場や顧客に伝えるのか?」
「そして、サービスでどのように提供するのか?」
マーケティング理論や経営理論を、リベラルアーツや教養の視点で深めることで、こういったことも徐々に見えてきます。逆に決められた方法論に沿って考えるだけでは、なかなか見えてきません。
マーケティングをより深く考える上で、教養は大いに役立つのです。
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