世界最高の軍事的天才は、煉瓦職人?

19世紀に活躍した米国の小説家・マーク・トゥエインが書いた短編『ストームフィールド船長の天国訪問記』(”Captain Stormfield’s Visit to Heaven”, 未邦訳)で、こんなエピソードが出てきます。

主人公のストームフィールド船長が、天国で友人のサンディから話を聞いている場面です。天国なので、歴史上の偉人達も同じ世界に住んでいます。

以下は原文を元に、私の方で少し意訳したものです。

–(以下、原文より引用して翻訳)—

我々の世界が生みだした最も偉大な軍事的天才は、独立戦争中に亡くなったボストン出身のレンガ職人、アブサロム・ジョーンズだね。彼が行く所には必ず群衆が押し寄せるよ。もし彼に機会が与えられれば、それまでの歴史上の将軍の才能がまるで子供の遊びに見えるような、もの凄い指揮能力をしたはずだ。ただ、彼にはその機会がなかった。二等兵として入隊しようと何度もトライしたんだけど、両手の親指と前歯を数本失っていたので、募集担当の軍曹が彼を不合格にしたんだ。

でもこの天国では、誰もが彼がどんな人物かを知っている。だから彼を一目見ようと何百万人もが押し寄せるんだ。ここではシーザー、ハンニバル、アレクサンダー、ナポレオンといった錚々たる面々が彼の幕僚だ。

–(以上、原文より引用して翻訳)—

実に面白い話です。天国と地上では、評価基準が全く違うことが、この話の本質です。

天国は神の世界なので、その人の本質が見える世界です。
地上での人間の偏見やバイアス、さらに人間社会の構造が存在しません。

だから地上で軍人になろうとしても「親指と前歯がない」という理由で不合格になって煉瓦職人で終わったジョーンズが、天国では錚々たる将軍達を配下に持ちその才能を十二分に発揮できるのです。

マネジメントの観点で見ると、この話は示唆に富んでいます。

煉瓦職人も大事な仕事ですが、煉瓦職人は19世紀には比較的数多くいました。
最高の将軍になれる人材は、極めて稀少です。
最高の将軍になれる人材が煉瓦職人で終わるとしたら、組織にとって大きな損失です。

組織では、最高の将軍になれる逸材が、その才能を発揮できず組織に埋もれることがよくあります。組織の環境が、才能を活かすことがあれば、殺すこともあるのです。

ではビジネスの現場ではどうすればいいのでしょうか?

■まず、自分たちが思い込みで人材を判断していないか、振り返ることです。

人は無意識に、肩書きや経歴で判断します。「この人は部長だから」「この分野の専門家だから」と考えるわけですね。でも、これらは過去の実績です。これだけで判断していると、「最高の将軍になれる」という隠れた資質は絶対に発掘できません。

「学歴、役職、年次で判断する」のは効率的に見えますが、実は大損しているということです。「学歴、役職、年次で人をラベリングしない」という姿勢が必要です。

■声の大小で判断しないことも重要です。

「これをやりたい! 私はこんな力がある」と大声で主張する人は目立ちます。多くの組織は「やる気」を重視するので、こんな人はチャンスを得ます。

しかし全体で見ると、才能を持つ人の中で、大声で主張できる人は必ずしも多くありません。むしろ「内向的リーダー」や「自己主張しない才能」も多いのです。組織は多様な才能を発掘して、埋もれた才能を活かすような風土が必要です。

■そこでマネジャーにとって重要な仕事が、「未発掘の才能を見つけること」です。

具体的には、社員の行動や考え方を観察したり、その人が何が好きで、何をやりたいかを把握して、必要であれば最適な仕事に配置転換することです。

私が日本IBMで人材育成の責任者を務めることになったきっかけも、人事部長が私が社外で開催していた朝活に参加して「永井さんは人を育てるのが好きだし上手い」と見抜いたことがきっかけでした。「人材育成の責任者をやらないか?」と言われたときは想像もしていなかった仕事ですが、実際に人材育成をやってみると、マーケティングに続く第2の天職になりました。

ただ「才能を発掘して、最適な仕事に配置転換しよう」と言うと、必ず「自分のチームの仕事を回すには、メンバーが欠けると困る」というマネジャーが出てきます。確かに自分のチームのことだけを考えるとこの考え方は最適戦略ですが、これは組織全体で見ると人材の損失でしかありません。言い換えれば局所的な最適戦略であって、全体最適戦略ではないのです。

できればマネジャーにも経営者目線を付けて欲しいところです。 

最高の将軍を煉瓦職人で終わらせない組織にしたいですね。

 


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