
マーケティングの世界では、長い間こう言われてきました。
「ターゲット顧客は、絞り込め」
かく言う私も、「ターゲット顧客は絞り込むのが当たり前」と思ってきました。
「マーケティングの神様」と称されるフィリップ・コトラーは「マスマーケティングは古い。ターゲット顧客を絞り込め」と主張してきました。
コトラーは著書『マーケティング原理』(2014年刊行)の第4章「マーケティングの基本枠組み」で、次のように述べています。(p.95-96から引用)
『無差別型マーケティング(あるいはマス・マーケティング)とは、市場セグメント間の違いを無視し、単一の製品やマーケティングで市場全体に対応しようとする考え方である。──(中略)── 現在、多くのマーケターがこの戦略に強い疑問を抱いている。すべての消費者を十分に満足させる製品やブランドを開発しようとすると、様々な困難に直面するからである』
一方でオーストラリアの経営学者・バイロン・シャープは「コトラーは間違い。マスマーケティングはますます重要」と主張しています。彼は著書『ブランディングの科学』(2020年)で、こう述べています。
『フィリップ・コトラーらも、マスマーケティングは時代遅れだと宣言した。奇妙なことに、マーケティングの教科書はこの〝新しい〟メッセージを何十年間も説き続けている』
そして様々な実データを示して、ターゲットの絞り込みは誤りだと主張しています。
マーケティング会社「刀」創業者の森岡毅さんも、著書『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』(2025年)でこう述べています。
『コトラー氏の理論は大部分において有用であると我々も考えています。しかし、その理論の重要な1つであるターゲティング理論については、間違っていると我々は確信しているのです』
「ターゲットを絞る」「広げる」、どちらが正しいのでしょうか?
結論からいうと、これは「ケースバイケース」です。
①日用品は「ターゲットを広げろ」が正しい
2020年春、ローソンはPB商品「ローソンセレクト」の商品700品目をリニューアルしました。
それまでローソンセレクトの6割が男性客で、女性客が少ないことが課題でした。そこで女性を狙って、シンプルかつオシャレなデザインなパッケージに変更したのです。
たとえばマカロニサラダのようなお惣菜商品のパッケージを、無印良品風に薄いベージュ地に小さなイラストを乗せて、商品名を小さく記載するようにしました。
結果は、賛否両論でした。「おしゃれ」という意見もあれば、「わかりにくい」という意見も多かったのです。
実際には、マカロニサラダは、男性や忙しい主婦も買います。確かにパッケージはおしゃれですが、多くの人たちは欲しい商品が見つけにくくなりました。
ローソンがさすがなのは、すぐに対応して、1年足らずでパッケージを再修正。商品の写真と文字を大きくして、店の棚の上で、何の商品かすぐわかるようにしました。
「女性客が少ない」という課題を抱えていたローソンセレクトは、ターゲット顧客を「シンプルかつオシャレなデザインを好む女性客」に絞り込みましたが、逆に他の顧客を切り捨てていたのです。
市場には様々な顧客がいます。
しかしお惣菜や日用品のように、市場にいる顧客の大多数が買うような商品では、ターゲット顧客をムリに絞り込まずに、商品を買う可能性がある顧客全体をターゲットにすべきなのです。
これが、バイロン・シャープや森岡毅さんが主張しているポイントです。
バイロン・シャープが実データで分析する市場は、歯磨き粉、自動車、銀行口座、コカコーラ等、一般消費者が購入する商品がほとんどです。また森岡毅さんが専門とする商品群も、ご出身のP&G商品(シャンプーなど)やテーマパーク、さらにクライアントのうどんやパスタなどが対象です。
つまり日用品類です。
こういった商品は、市場にいる大多数の顧客が買います。だから顧客を絞り込まないのが正しいのです。
でも「顧客は絞り込むな」が結論だと、なんかモヤモヤしますよね。
実際、市場全体を広く狙って目立つ広告で商品をバンバン宣伝しても、イマドキはまったく売れません。
そこでターゲット顧客を絞らずに、きめ細かく様々な購買状況を確実に捉える戦略を考えるべきなのです。このことは、セブン・イレブンを見るとよくわかります。
セブンはコンビニで様々な商品を売ってますが、他にもいろいろやってますよね。
「何か食べたい」という人に、弁当やサンドイッチを売っています。
「料金の支払いをしなきゃ」という人のために、収納代行サービスを提供しています。
「お金をおろさなきゃ」という人のために、セブン銀行も作りました。
「コーヒーを飲みたい」という人のために、セブンカフェもやってます。
「役所に行くのが面倒」という人のために、行政サービスも始めました。
このように「何か食べたい」「料金の支払いをしなきゃ」「お金をおろさなきゃ」「コーヒーを飲みたい」「役所に行くのが面倒」といった商品やサービスを買う状況のことを、マーケティングでは
カテゴリー・エントリー・ポイント(以下、CEP)
と呼びます。CEPとは「お客様が買う状況」のことです。
ここで改めて…
「何か食べたい」
「料金の支払いをしなきゃ」
「お金をおろさなきゃ」
「コーヒーを飲みたい」
「役所に行くのが面倒」
…をよく見てください。
これらは異なるターゲット顧客ではありません。同一顧客であることが多いのです。ただし、同一顧客の「買う状況」が異なるのです。
つまり、市場にいる顧客全体をターゲットにした上で、様々な「お客様が買う状況(=CEP)」をキッチリと抑えることが、現代のマスマーケティングでは大事なのです。
さて、こうなると「じゃあ顧客ターゲットは絞っちゃダメなんですね」となりそうですが、もちろんそれは違います。ターゲットを絞らなければいけない場合は、ちゃんとあります。
次のこのケースを説明します。
②市場に顧客が少ない革新的な新商品は、「ターゲットを絞り込め」が正しい
「3Dテレビ」を覚えていますか?
十数年前、家電量販店のテレビ売り場に行くと、至るところに「3Dテレビ」がありました。一般家庭向けに、マスマーケティングをしていたのです。
残念ながら「3Dテレビ」は数年ほどで市場から消えました。
「3Dテレビ」のように、市場に顧客がほとんどいない革新的な新商品の場合、マスマーケティングをやると大失敗します。
なぜなら顧客は商品をほとんど知らないからです。顧客は自分が知らない商品をいくら宣伝されても、ほとんど買いません。
こうした商品では、ターゲット顧客を徹底的に絞り込み、絞り込んだ市場を独占して、その上で徐々に広げていく必要があります。
実はAmazonは、そうして成長しました。
アマゾンがオンライン販売を始めたのは、1995年。
当時、インターネットが普及し始めた頃で、「ネットでは商品を手に取って確認できない。商品は売れないだろう」と言われていました。
創業者のジェフ・ベゾスは、「お客が手に取らなくても買う商品は何か?」と考え、いくつか候補を考えた中の1つが、新品の本だったのです。
Amazonは書籍のオンライン販売でトップシェアを獲得。次に、新品の本と同様に手に取らなくても購入できるCDを売り始めて、シェアを獲得。その次に、新品のパソコンに広げました。
Amazonは、「新品の本をネットで買いたい」「新品のCDをネットで買いたい」「新品のパソコンをネットで買いたい」という顧客に徹底的に絞り込み、徐々に市場を広げていったのです。
別の例も紹介しましょう。
1998年にオンライン決済サービスを始めたPayPalも、ターゲットを徹底的に絞り込みました。
当時、オンライン決済サービスを必要とする人はほとんどいません。
そこでPayPalは、最初のユーザをネットオークションのeBay上にいるパワーユーザ数千名に絞り込みました。
彼らは現金決済がとても手間がかかるので、オンライン決済を必要としていたのです。
PayPalは3カ月間徹底的に営業を行い、パワーユーザの25%を獲得。そしてPayPalは成長していきました。
このように、市場を立ち上げて成功するための鉄則は、徹底的にターゲット顧客を絞り込み、独占し、徐々に広げることなのです。
ターゲットを広げるべきなのか?
ターゲットを絞り込むべきなのか?
これは、あなたの商材や市場の動向がどうなっているか次第です。
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