
2025年9月29日、バルミューダが新製品を発表しました。
“Sailing Lantern”と名付けられたLEDランタンです。
このランタン、生涯使い続けられるように、メンテナンス・分解・修理が容易、リサイクルも可能です。
お値段はなんと55万円(税込)。
しかも世界で1,000台限定です。
このランタン、あのジョニー・アイブがデザインしています。
アイブは、アップルの最高デザイン責任者としてiMac, MacBook, iPod, iPhone, iPadなどのデザインを担当。2019年独立後は、LoveFromというデザイン会社を経営しています。
この製品は、アイブが苛酷なヨットの環境条件を満たすように開発したものです。
実にすごい人を仲間に引き入れたものです。
製品紹介ページには、アイブと、バルミューダ社長の寺尾玄さんの写真があり、アイブの言葉が紹介されています。
「GenとBALMUDAのチームと共にこのプロジェクトに取り組むことは大きな喜びでした」 (“It has been a considerable honour and enormously enjoyable creating our lantern with Gen and his wonderful team at BALMUDA.”)
ネットの反応は、賛否入り交じっています。
【日本国内】
「バルミューダらしい製品だね」
「55万円のランタン? 誰が買うの?」
「金持ちも買わないでしょ」
「またスマホみたいになるんじゃないの?」
「メチャかっこいいじゃん」
「全部売れても5.5億円…。意外と少ないなぁ」
【海外】
「Iveのヨット愛が反映されているね」
「一生ものだ」
「光は柔らかいけど、明るさ不足してない?」
「アイブが作ったら、そりゃこの価格だよね」
さて、皆さんはこの55万円のランタン、どう思いますか?
私は本製品発表前までバルミューダが発信した情報を一通り見直した上で、こう思いました。
「これは、実に戦略的に考え抜かれた一手だ!」
いまのバルミューダは、苦しい状況に陥っています。
理由は2つあります。
一つ目は、全社を挙げて2021年に発表したバルミューダフォンの挑戦が大失敗し、2023年に事業撤退したこと。バルミューダが持つ「フィジカルに感じられる体験価値」という強みが活かせないデジタルガジェット分野に過大な投資をしてしまったのです。
二つ目は、この事業撤退のタイミングで、運悪く発生した円安です。
同社は製品設計に特化しています。主に中国に製品生産を委託し、輸入して日本国内で売ってきました。しかし2023年頃からの急激な円高で、製品生産コストが急上昇したのです。
この2つの問題に対処するために、同社は社員削減を含む苛酷なコスト削減を行いました。
そこで2025年年初、新成長戦略として米国への本格的な進出を行う方針を発表しました。
そこで襲いかかったのが、あのトランプ関税。
米国の関税政策は、先行き不透明な状況になっています。
にも関わらず、バルミューダは米国市場進出に邁進しています。
これは同社が2025年3月31日に開示した「事業計画及び成長可能性に関する事項」からも読み取りことができます。
同社の現在の売上構成は、日本国内が64%、海外が36%です。
国別で見ると、全社売上のうち韓国が19%、北米が5%です。
米国はまだまだ少ないですよね。
そこで同社は、2027年に海外50%、2030年には売上60-70%を目指しています。
そのメインとなる市場が、米国です。
このように日本国内市場がメインの同社は、急速に海外売上メインのグローバルブランドへと脱皮しようとしています。
米国市場を目指す理由は、同社のターゲット顧客が多くいるからです。
バルミューダは、「ハイブロー層」という独自の顧客層をターゲットに想定しています。彼らは一般的には「知識層」と呼ばれる人たちで、所得は中間層から富裕層までまたがります。
日本の年収1000万円以上の世帯数は、637万世帯です。
米国では、年収15万ドル(2200万円)以上の世帯数が3000万世帯あります。
OECD諸国の平均年収で見ても、日本は46,792ドルに対して、米国は80,115ドル。
こうした数字を見ても、バルミューダの潜在的顧客層は、米国市場の方がはるかに多いことがわかります。
そこで同社は、2025年は米国向け戦略投資に3億円を使って、米国市場を本格的に攻め始めているのです。
2025年3月、米国で主力商品値上げしました。まず「売れば儲かる状態」を作ったわけです。
その上で、2025年4月以降は本格的にブランディングを行いつつ、製品を積極的に投入しています。
ニューヨークのブルックリンでショップ・イン・ショップを開設。
ブランドタグラインを”just because.”に刷新。「自分たちが心から欲しいと思うものを作る」という、バルミューダがプロダクトを作る理由を表現しています。
ニューヨーク市内で野外広告も展開しています。
2025年第2四半期決算 (2025年4-6月)は、これら戦略投資による経費増と、米国の値上げによる売上減により営業利益は悪化していますが、これはこれらの施策によるものです。
さらに2025第4四半期、米国で需要が最大ピークとなるホリデー・シーズンを狙います。
同社は、これまで国内向け製品を海外展開していました
中長期の成長戦略では、グローバルブランドへの進化を狙います。
世界の顧客を前提としたビジネスモデルへシフトするのです。
製品開発も、最初から海外展開を前提に開発します。
“Sailing Lantern”と名付けられた55万円のランタンの発表も、こうした流れの中で理解すべきなのでしょう。
本製品はまさに最初から海外展開を前提として開発した製品です。
設計したジョニー・アイブは、デザインの世界で世界的に知られています。バルミューダ製品を世界共通のブランドとしてイメージを確立するために、これほど適任な人はいません。
さらに55万円という価格に加え、あえて『限定1,000個』とすることで、プレミアム感も生み出しています。
今後バルミューダからは、最初から海外展開を前提に開発した製品が続々と発表されてくるでしょう。
これまでコモディティ商品ばかりだった日本の家電業界から、初のグローバルなラグジュアリーブランドが生まれる可能性があります。ぜひ注目したいですね。
苦境の中から、世界を目指して米国市場開拓に挑むバルミューダの挑戦から、私たちが学べることは多いと思います。
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