キリンもコーラも失敗した、リポジショニングの地雷原

ターゲットのお客さんに「この製品は、こういうもの」という位置づけ(ポジション)を認知してもらうことを、マーケティングでは「ポジショニング」と呼びます。

たとえばポカリスエットならば、1988年発売当初のポジショニングは「わたしにイチバン近い水」でした。40代以上の方は、当時10代だった宮沢りえさんのTV CMを思い出す方も多いと思います。

しかし時代は変わります。製品を立ち上げる時にはOKだったポジショニングが、時間の経過とともにイマイチになることが、実によく起こります。

そこで考えなければいけないのが、ポジショニングの変更。これを「リポジショニング」といいます。

しかしこれが鬼門なのです。有名な事例を2つ紹介しましょう。

①キリンラガーの生化

1970〜80年代、キリンビールは60〜70%と圧倒的トップシェア。当時のキリンビールは、熱処理して苦みとコクがある「ラガー」と呼ばれるビールが主力でした。

1987年、アサヒがスーパードライを発売。熱処理しない生ビールで「すっきりキレ」を売り物に、シェアをグングン拡大。キリンも生の「一番搾り」で対抗しましたが、ラガーは一人負けが続きました。それでもキリンは、ビール全体でトップシェアを維持していました。

そこでアサヒは「生売上No.1」を訴求して対抗しました。

これに対してキリンは「スーパードライの生売上No.1は、断固阻止」となって、こう考えました。

「市場では、熱処理の『苦みとコク』よりも、生の『すっきりキレ』が評価されている。熱処理のラガーは売上が下がり続けている。ラガーも熱処理にこだわらずに、生ビールにしたらいいんじゃないか?」

1996年、キリンはラガービールの生化を断行しました。

そして結果は…。消費者は「俺のラガーに何してくれた!」「二度と飲まない!」と激怒したのです。

2001年、キリンは熱処理した「ラガークラシック」を発売しました。しかしこのタイミングで、 キリンはビール全体の売上もアサヒに抜かれました。

②ニューコーク

米国ではペプシとコカ・コーラが激しく戦い続けています。

1981年、ペプシは「ペプシチャレンジ」というキャンペーンを行いました。

「消費者に目隠しして2つのコーラを飲ませて、美味しい方を選ばせたら、ペプシでした。消費者調査でもペプシが美味しいという結果です」

…というTV CMを大量に流して、コカ・コーラを猛追したのです。

コカ・コーラはこれにマジメに対抗。「新しい味のコークを出そう」と考え、20万人の消費者にテストした末に、「ニューコーク」を発売しました。

これに対して、「コーラってこんなテイスト」と思っていた消費者は大激怒。不買運動まで起こりました。

コカ・コーラは慌てて、以前の味のコークを「コカ・コーラ・クラシック」として発売しました。すると今度は消費者は熱狂し、以前よりも売上が増えました。(「これって最初からシェア拡大を狙ったコカ・コーラが仕組んだものでは?」という陰謀論まで出る始末でした)

これら2つの事例から学べることは、

「ポジショニングは顧客の脳内にある。所有者は顧客である。企業は自由に書き換えられない」

ということです。

ポジショニングの概念を提唱したアル・ライズも、著書『ブランディング 22の法則』でこう述べています。

『ブランドが頭の中で一定のポジションを占めた途端にメーカーはしばしばそれを変更する理由を思いつく。「市場が変わってきている。ブランドを変えろ」とメーカーはわめくのである。市場は変化するかもしれないが、ブランドは変えるべきではない。絶対にだ。』

ここで「ブランド」は、「ポジショニング」と読み換えても大筋OKです。

 

では、リポジショニングは絶対にダメなのでしょうか?

実はリポジショニングで成功した例もあります。2つ紹介しましょう。

③ポカリスエット

前述したように、1988年の発売時は「わたしにイチバン近い水」で、製品機能面を訴求してきました。このため40代以上では「熱中症対策」「風邪の時に飲む」といった認知が高い状態です。

一方で、現代の課題は若年層に刺さっていないことです。

そこで2015年から「潜在力を引き出す」にポジショニングを変更。中高生に「ポカリで身体バランスが整えば、潜在力が発揮できる」として、ポカリガチダンス選手権などを行っています。

従来のポジショニングを否定せずに、新規顧客として別ターゲットを狙っているのです。

④森下仁丹

1929年発売の森下仁丹は、「総合保険丸薬」(医薬部外品)というポジショニングで、「煙草後のお口直し」「口臭防止」「気分転換」を訴求してきました。

しかし、こちらも若年層に刺さってないのが課題でした。

要は「森下仁丹? 知らないなぁ」「なんか古くない?」という状態です。

一方でコロナ禍でマスクが当たり前になり、自分の口臭が気になる人が増えてきました。

そこで2024年から「ありたい自分へのパートナー」「ご機嫌のおまもり」に意味づけを再定義。若年層向けにこんなメッセージを出しています。

「キリっとごきげんにいきましょう」

森下仁丹の商品パッケージは変えていません。環境変化(健康志向/セルフケア)を受けて、既存ブランド資産を活用して、意味を再定義して訴求しているのです。

 

さて、ここまでリポジショニングの成功事例と失敗事例を紹介しましたが、まとめると、次の通りです。

■失敗パターン

・「本質」を変えてしまう
ラガーは「苦みとコク(熱処理)」→生化してしまった
コカ・コーラは「独特のテイスト」→味を変えた

・結果、コアファンが多いのに、置き去りにしてしまい、コアファンは「なんか違う」となる。

■成功パターン

・本質は変えない。
ポカリは「カラダの内側をうるおす」→これは変えない
森下仁丹は「心と体を整える」→これは変えない

・コアファンを守りつつ、時代変化に合わせ異なる顧客層に異なる表現方法で訴求する

 

以上、リポジショニングのポイントを紹介しましたが、怖いのは「好み」に関する事前の顧客調査だけでは、これらは把握できない点です。

出発点は、製品の購買客と未購買客に対して、まずは「彼らの認知がどうなっているか」という現実を深く洞察することです。一般的なアンケート調査も必要ですが、加えてインタビューを通して内面的な認識を深く理解することも大事だと思います。

あなたの製品、ポジショニングは大丈夫でしょうか。


■当コラムは、毎週メルマガでお届けしています。ご登録はこちらへ。