
かつて家庭用ゲーム機は、任天堂の独占でした。これを崩したのが、ソニーのプレステです。そのカギは、チャネル戦略にありました。
1983年、任天堂はファミリーコンピュータを発売。世界全体で6190万台を売る大ヒット商品になり、家庭用ゲーム機市場が生まれました。
1990年には、スーパーファミコンを発売。こちらも4910万台とヒット商品になりました。
任天堂成功のカギが、ゲームの粗悪品が出回らないように、ゲームを作るサードパーティを徹底的に管理したこと。ポイントは2つあります。
まず任天堂と取引があるおもちゃ問屋の親睦会「初心会」。初心会がファミコン向けのソフトを買い上げ、市場に出回るソフトの質と本数を決めることで、粗悪ソフトを排除し、作りすぎたソフトの値崩れも防ぎました。
もう1つがROMカセット。サードパーティーが任天堂にゲームのデータを渡し、委託費用1500円でROMカセットを作ってもらう仕組みです。
この仕組みは、実に合理的でした。1980年代前半、粗悪なゲームソフトが市場を崩壊させた「アタリショック」の教訓があったからです。
当初、この仕組みはうまく回っていましたが、じきに弊害が出始めました。
どのソフトを何本生産するかは、初心会が決めます。しかもROMカセット生産は2ヶ月、店頭に並ぶまでに3ヶ月かかります。ゲームが大ヒットしかけても生産が追いつかず、ブームがしぼむことが多発しました。大きな機会損失です。
逆に「100万本売れる」と思ったら半分しか売れず、初心会が在庫を抱えることも起きました。そこで初心会は、売れないソフトと人気ソフトをセットにして小売店に卸しました。押し付けられた小売店には、売れないソフトが山積みです。
さらに初心会は、こうしたリスクに対処するために、ゲーム1本あたり500円のリスク回避料を徴収し始めました。任天堂の独占なので、ゲーム会社も小売も反対できません。
そんな中、1994年にソニーが初代PlayStationを発売しました。
PlayStationは、CD-ROMをゲームソフトの媒体として使いました。製造原価は1枚数円と、ROMカセットと比べてただ同然。さらにCDをプレスすれば作れるので、ゲームが売れたら、中3日で店頭に追加生産分のソフトが並びます。必要な時に必要な分をジャスト・イン・タイムで生産でき、在庫を持つ必要がなくなり、コストも下がりました。
結果、ソフト1本の開発費が1000円のソフトは、製造コストや在庫管理費などを加えると、任天堂のROMカセットでは9800円。一方でソニーのCD-ROMは5800円。価格破壊が起きました。
これだけではありません。
プレステ準備室には、ソニー大賀社長(当時)が「マーケティングの天才」と呼んだ佐藤明さんがいました。佐藤さんはこう考えました。
「在庫が要らない、ということは、問屋が要らないということじゃないか!」
そもそも問屋の機能は、小売の在庫リスクを肩代わりして、メーカーに与信の金融機能を提供することです。
しかしCD-ROMならばジャスト・イン・タイムで生産できるので在庫不要。さらに大企業ソニーが最大の与信になります。
「であれば、すべてのソフトをソニーが買い上げて、小売に直販しよう」
こうしてソニーは、任天堂が築き上げた初心会による問屋システムではなく、ソフト直販という新しいチャネル戦略を始めました。
この結果、ソニーのプレステは、ゲームソフトの圧倒的な価格競争力に加えて、市場の需要に迅速に対応するスピードと、小売からのダイレクトな販売データという強力な武器を手にして、初代プレステは全世界販売台数1億249万台という大ヒット商品になりました。
任天堂が10年以上かけて築いた流通システムを、ソニーは周到なチャネル戦略によって根本から壊したのです。
多くの企業は、製品・価格・プロモーション戦略は考えていても、チャネル戦略は手薄になりがちです。
だからこそソニーのように現在のチャネル戦略を見直して変革することで、業界の常識を覆すレベルのインパクトが得られるのです。
御社のチャネル戦略でも、古い慣習や構造的なボトルネックがあるとしたら、それは成長チャンスになり得るのです。
【参考資料】
『新約ソニー はじめに言葉ありき』(週刊東洋経済 2026.2.14号 p.68-71)
■当コラムは、毎週メルマガでお届けしています。ご登録はこちらへ。