「新・資本主義宣言」を読んで(3) 対談から …新しい世界では、私たちの精神の成熟が求められる


昨日一昨日の続きで、「新・資本主義宣言」(毎日新聞社)から個人的に参考になった部分をまとめています。

本日は、対談の部分からです。(サマリーではなく、いくつか特定の箇所のみピックアップしています)

—(以下P.139から引用)—-

田坂 …新たなボランタリー経済に伴って到来する「新たな価値」とは、あえて申し上げれば、「利他の精神」というものに対する理解が、一段と深くなり、成熟しているということではないでしょうか?

たとえば、この十年余り、NPOや社会起業家の方々と一緒に仕事をしているとわかるのですが、その人の持っている「利他の精神」の深みは、コミュニティのメンバーにはすぐにわかってしまうのです。何年か前には、社会起業家というとそれだけでテレビ取材される時期がありましたが、そういうメディア露出を目的にしてしまう人は、周りからもわかってしまうのです。

—(以上、引用)—-

ここは身をただしたい箇所です。

新・資本主義の時代には、私たちの精神的な成熟が求められてくるということでもあります。

 

—(以下、p.140から引用)—

中谷 「私は陰徳を積んでいる」という発想そのものが、陰徳じゃないわけですね。

田坂 そうです。では、見返りがまったくないかというと、巡り巡って、必ずどこかで見返りはある。しかし、それを意識した瞬間に、「利他」ではなく、「自利」の行為に陥ってしまう。その意味で、日本の思想は、厳しい自己査察を求めるのです。

—(以上、引用)—

リターンを期待しない….という発想は、海外ではなかなか理解されない考え方かもしれません。

しかし、だからこそ日本の思想が世界に大きな価値を持っているのだと思います。

 

—(以下、p.198-199から引用)—

田坂 …これまで、「グローバル資本主義が世界を席巻し、すべての国の資本主義が同じ資本主義になっていくのが進化だ」という思想が流布されましたが、これは正しくない。

 なぜなら、「進化の本質」は、「多様化」だからです。

….「多様な価値観の共存」とは、「異なった価値観を持つ人や国家同士が、お互いの異なった価値観を我慢して認め合うこと」ではありません。「多様な価値観の共存」とは、そもそも、自分の中に「多様な価値観」が存在することを認め、受け入れるという「心の問題」なのです。

—(以上、引用)—

グローバライゼーションの本質は、単一化ではなく、多様化であるということは、認識する必要があると思います。

昨年の朝カフェ次世代研究会で、各国大使を歴任された坂本重太郎さんに講演頂きましたが(その時の様子はここ)、世界各国を見てこられた坂本さんも「世界に共通する常識はない、というのを痛感した」とおっしゃっています。

たとえば、こんな感じです。

・欧州では、勤勉は美徳ではない。
・米国では、違うことはいいことだ。
・中国では、原則は変わる。
・中近東では、無宗教は罪悪だ。
・韓国では、丁寧は最良ならず。
・東南アジアでは、うやむやは武器。

このような違いを、我慢して認めるのではなく、自分の中での存在を認めて受け入れるということですね。

 

—(以下、p.205から引用)—

中谷 資本主義は、キリスト教から生まれてきたといわれるほど、深く関係しています。たとえば『旧約聖書』は、非常に攻撃的な場面が多い。イスラエル人のためにカナンの地を与えるという話では、カナンの地の先住民を「殲滅しなさい」と書いてある。….正義のために完全制服を是としてしまう。「資本の論理」においても、競争相手を殲滅することが正義とされています。仏教の世界では考えられないことです。

渋澤 そこには、たぶん神という大義があるんですよね。

—(以上、引用)—

確かに、一神教がベースとなっている世界ではなかなか「競争相手との共存」という発想が理解できないように思えます。

 

対談を読んでいて、新しい世界では、私たちに様々な面で精神的な成熟が求められるのだ、ということを感じました。

3回に渡ってご紹介しましたが、本書は、今私が問題意識として考えていたことに、色々な示唆を与えてくれました。有り難い本です。