講演後の質疑応答で、若い男性が手を挙げました。
「『お客様自身も気がつかない課題』を把握して、自社ならではの『お客様が買う理由』を作り上げるには、社内にどのような仕組みを作っていけばいいのでしょうか?」
お話しを伺うと、お父様が創業された会社の二代目として、若くして経営にあたっておられるとのこと。まなざしは、真剣そのものです。
「『お客様自身も気がつかない課題』なんて、あるのか?」と思いがちですが、意外と身近に数多くあります。
たとえば掃除機。かつて「掃除機はゴミを吸い取れば十分」と思っていた方は多いのではないでしょうか?しかし今や、
「スイッチポン」で勝手に掃除をしてくれるロボット掃除機、
ハウスダストのような細かいゴミも取れるサイクロン掃除機、
快適な睡眠のための布団専用掃除機、
音が出ないので気兼ねなく掃除できる静音掃除機など、
「私たち自身も気づかなかった課題」を解決した掃除機が数多く生まれています。
つまり、私たちはニーズや課題を持っていたのですが、私たち自身は気づいていなかったということです。
冒頭の若い経営者は、「では、そのような課題に対応するには、社内の仕組みをどのようにすればいいのか?」と問いかけられたのです。
お客様自身も気がつかない課題やその解決策のヒントは、社員が持っています。
ただし、バラバラな状態になっているのです。
たとえば営業は、お客様との日々の会話から様々な課題のヒントを得ています。しかし一営業にとって、それらをフォローするのは大きな負担です。経営者なら組織を動かし率先対応することは可能ですが、営業一人で組織を動かすことは至難の業で持て余してしまうことも多いのです。さらに「営業の仕事は売ることだ」と考える会社も多いので、客先で新商品のヒントがあっても優先順位を落とし、販売活動を優先せざるを得ない人も多いのが現実なのです。
一方で開発部門にいる技術者は、企業の強みの源泉になる「中核技術」を持っています。中核技術を活かして顧客に対する様々な解決策を作ることもできます。しかし必ずしもお客様の現実的な課題を把握していないこともまた、多いのです。「顧客はこんなことで困っている筈」と想定しながらも、実際に顧客に十分な検証をせずに、顧客不在のものづくりに走ってしまうことも決して少なくありません。
このようにある程度の大きさの企業になると、「お客様が買う理由」を作るヒントは社内の至る所にあります。しかしバラバラになっているのが現実です。
必要なことは、営業が現場で見つけてきた「お客様が買う理由」のヒントを、技術者と共有して解決策に結びつけて、会社としてフォローできる仕組みを作ることです。
たとえば1つの方法は、定期的に営業部門と開発部門が集まり、営業が現場で拾ってきたお客様の声を、開発部門の技術者と共有し、どのように解決できるかを、一緒に頭を捻りながら考える場を作ることです。
これを仕組み化している会社もあります。私が講演や著書などでよくご紹介する、業務用ミラー専業メーカーのコミーです。
コミーはユーザーのことをより深く理解するために、年に一回、全従業員でユーザー訪問をしています。正社員とパート社員2人一組でチームを作り、一組で10件程度のユーザーを回って使用状況を徹底調査しています。そしてその結果を全社員で共有し対応策を議論しています。毎年これを繰り返して、ユーザー自身が気づかない真の課題を把握し、商品開発に活かす仕組みを作っているのです。
スーパーマンの経営者が1人で会社を牽引するのは、確かに素晴らしいことです。しかしスーパーマンは希有の存在です。
会社の継続的な発展のためには、社員の力を結集し、チームで「お客様が買う理由」を作り上げる仕組みを構築することが必要なのです。
私はお客様に一通り説明した上で、質問いただいた方にこのようにお伝えしました。
「素晴らしいアイデアの原石が、社員一人一人の頭の中に必ず散りばめられているはずです。経営者が一人でそのアイデアをまとめるのは至難の業ですが、それらの原石を繋げて、互いに磨きあう仕組みを作ることは、できるのではないでしょうか?」
社員同士で互いに智恵を交換しながら「お客様が買う理由」を考え、リアルなお客様に検証し続け、社員の誰もが「これはあのお客様の課題に応える、自分の商品だ」と心から思える経験を積み重ねていけば、会社は確実にマーケティング志向に変わっていくのです。