
最近、「一泊で数百万円のホテル開業」のニュースをよく目にしますよね。
先週6月4日、帝国ホテルは2026年春開業予定の「帝国ホテル京都」最上級スイートを一泊約300万円で販売する、と発表しました。広さは193平米。65平米のテラスからは祇園や東山の眺望が眺めます。祇園甲部の本拠地「祇園甲部歌舞練場」の敷地内にある弥栄会館を活用したホテルです。
また6月2日の日本経済新聞は、鹿児島県霧島市の温泉リゾート「天空の森」は宿泊料金を1500万円に引き上げる構想を描いている、と伝えています。こちらは霧島連山が見渡せるプライベートな空間で、ゆっくりと時を過ごすことができます。
たった一泊で、私たちの年収レベルです。それだけのお金を払える超富裕層が泊まるわけですが、なぜ最近、こんなニュースが続くのでしょうか?
ほんの10年前、日本の最高級ホテルは一泊30万円程度が上限でした。
しかし「一泊30万円」という価格は、海外の超富裕層にとっては安すぎて、逆に泊まれないのです。
彼らにとって、ホテル一泊分の相場は数百万円から数千万円なのです。
東南アジアのリゾートや、ドバイ、米国、欧州といった観光地には、彼ら超富裕層が普通に宿泊できるこの価格帯の超高級ホテルがあります。
一泊30万円にしても、数百万円にしても、私たちにとって「空気が薄い領域」の価格帯です。しかし両者には明確な違いがあります。
■日本の最上級ホテル(一泊で30万円)
・ホテル棟の一室。100-150平米。
・専属スタッフはいない。1フロアあたりスタッフ数名でサービス
・食事や内装はパッケージ仕様(制限あり)
・「便利で快適な空間を買う」
■海外の超富裕層向けホテル(一泊で数百〜数千万円)
・島などの敷地ごと所有。300-1000平米。プライベートプールや映画館なども。
・数名の専任スタッフで24時間サービス(執事、料理人、医者など)
・全てオーダーメイド。「できません」は基本なし。
・「居住体験を買う」
超富裕層は旅先でも「いつものレベルの生活」を求めています。彼らにとっては、日本の超高級ホテルといえども「パッケージ仕様のお仕着せサービス」なわけです。
ちなみに『海外の超富裕層』とは、純金融資産が3000万ドル(45億円)以上の個人のこと。UHNWI(Ultra High Net Worth Individual)と呼ばれます。彼らは世界全体で60万人。最多は米国で18万人。日本にも1万5000人います。
うなるほどお金がある彼らは、景気に左右されずにお金を使うのですが、日本にはそんな彼らが泊まれるホテルがないので、彼らは日本を素通りして超富裕層向けホテルがある観光地に行ってました。
2019年頃、私はホテル支配人向けにマーケティング・ワークショップ研修を行いました。この時、私は日本国内で最高料金のホテルを調べてみました。
調べた範囲で最高料金は、『ザ・リッツ・カールトン東京』のザ・リッツ・カールトン・スィート。300平米、10人掛けダイニングルーム付で、一泊242万円でした。超豪華ですが、ホテル棟の一角にあります。
つまりこれでも超富裕層が宿泊するにはギリギリ許容できる最低限レベル。
2019年当時でも、日本では超富裕層が泊まれる超高級ホテルが圧倒的に不足していたわけです。
ではなぜ今になって、一泊数百万円のホテルが増えているのでしょうか?
日本の訪日外国人旅行者は、この15年でコロナ禍を挟んで着実に増えてきました。
2011年 622万人
2012年 836万人
2013年 1,036万人
2014年 1,341万人
2015年 1,974万人
2016年 2,404万人
2017年 2,869万人
2018年 3,119万人
2019年 3,188万人
2020年 412万人 ←コロナ禍
2021年 25万人 ←コロナ禍
2022年 383万人 ←コロナ禍
2023年 2,507万人
2024年 3,687万人
こうして「インバウンド客」が本格的ブームになったのは、2010年代の後半です。
しかし新規ホテルの開業には数年単位の時間が必要です。まして当時の日本には、超富裕層向け超高級ホテルは皆無。そもそも経験がないので、すぐには作れません。
インバウンドブームから数年経過して、訪日客が3,000万人を超えた2019年時点でも、世界の超富裕層が宿泊できる超高級ホテルは、極めて限られた数だったのです。
中には超富裕層でも、私たちが泊まるようなホテルに泊まる人たちもいるかもしれません。実際に、質素な生活をしているセレブも、いるにはいます。彼らは人気ラーメン店に並ぶのを楽しんだりします。
しかし多くの富裕層は、日本に多少興味があっても「日本良さげじゃん。あ、日本にはいつもの生活ができるホテル(=超高級ホテル)はないのね。じゃぁ、日本はスルーってことで…」となっていたわけです。
マーケティング的にいうと、せっかく興味を持った顧客も増え始めているのに「ポッカリと穴が空いたセグメント」でした。もったいないですよね。
最近、一泊数百万円〜1000万円超の超高級ホテルの開業が続いているのは、遅まきながら日本でも彼らの需要に応えられるようになった、ということです。
今は、日本も本格的に世界のリゾートの仲間入りをするフェーズなのでしょう。今後、これまで来日しなかった世界の超富裕層が普通に来日することで、日本の景色も変わるかもしれません。
そんな目線で超高級ホテル開業のニュースを見ていくと、私たちのビジネスに与える影響も見えてくると思います。
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