飽きているのは、お客様ではなくアナタ

「ロバート秋山のクリエイターズ・ファイル」は、ご存じでしょうか?

お笑いトリオ『ロバート』の秋山竜次さんが、俳優、カメラマン、構成作家、子役、漫画家、作家、評論家、声優、女性モデル、力士、ソムリエ、など実に様々な職種の人物になりきって、インタビューを受ける、というシリーズです。

2015年頃からYouTubeで動画が配信されています。

見るたびに「よく調べているなぁ」と感心するほど憑依してなりきっているのですが、実はご本人はあまり下調べせずに、その場のアドリブでセリフを決めていくそうです。

こうして10年間延々と続けた結果でしょうか。2024年は大河ドラマ「光る君」で平安時代の公卿・藤原実資役を演じました。そして今年は7月から藤子不二雄の名作をドラマ化した「笑ゥせぇるすまん」で、喪黒福造役で主演します。

本人曰く「まさかあの喪黒福造の実写をやれるなんて、という衝撃と喜びでいっぱいでした。体形も今が人生MAX体重ですので、たくさん飯食ってて太っててよかったです」。

この喪黒福造役があまりにもハマり役なので、私は早速妻に「ロバート秋山が、喪黒福造を演じるそうだよ」と報告したのですが、妻の返事はこうでした。

「あ、ロバート秋山? もう飽きた」

この塩対応な妻のリアクションを見て、陰ながら10年間ロバート秋山を応援してきた私は、つい考え込んでしまいました。

(あれ? これってもしかしたら、ロバート秋山がついにメジャー入りしたってこと?)

実は過去、マーケティング的に似たような体験がいくつかあったのです。

 

■体験その①…IBM社員時代 (2002年頃)

当時の私は日本IBMで、コールセンター向けソリューションの新任マーケティングマネジャーでした。

当時、IBMはこの市場で「IBMはコールセンター統合力がNo.1」と訴求し続けていました。

着任早々、大企業のお客様の状況を調べてみると、お客様は社内で様々な部門や地域にコールセンターを作りすぎて乱立してしまった結果、問い合わせしてきた消費者がたらい回しになり、顧客満足度が下がる、という悪循環に陥っているのが最大の悩みであることがわかりました。

お客様のこの悩みを解消するには、IBMの強みであり、従来訴求し続けてきた「コールセンター統合力」を、改めて強力に訴求し続ける必要がある、と納得しました。

そこで私は「コールセンター統合力」をより強力に訴求し続けることにしました。

しかしこの方針に対して、チームから反対があったのです。

「コールセンター統合なんて、今まで我々は散々言ってきた。お客さん、もう飽きてるよ」

こうした反論に対して、私は丁寧に説明をした上で、市場全体にコールセンター統合力をアピールするマーケティング施策を展開しました。

確かにIBMの営業がアプローチしている企業のお客様には「コールセンター統合力」はそれなりに訴求できていました。しかし現実には、市場全体ではあまり認知されていませんでした。

結果として、この市場でIBMの認知度は大きく上がり、もともとトップだった市場シェアもさらに上がりました。

 

■体験その②…インプラントのきぬた歯科(2024年)

関東に住んでいる人は、ピンク・黒・黄・青という鮮やかな色を駆使して「インプラント きぬた歯科 西八王子駅前」と大きく書かれた看板を、様々な場所で目にしたことがあると思います。

昨年の2024年11月、私が主宰する『永井経営塾』のゲストライブで、この広告主である「きぬた歯科」のきぬた泰和先生と対談しました。

きぬた先生は、実に周到にマーケティングコミュニケーション戦略を考えておられました。

基本パターンは変えず、八王子市長選挙などがあると「八王子市長選挙、はじまるぞ! 今回も他人事でいいのか? おれはでないけど…」といったメッセージも出したりして注目を集めつつ、あの手この手で広告を出し続けています。

多くの人は、インプラントなんて滅多にやりません。
しかし一定確率で、いつかインプラントを検討する人がいます。

西八王子駅前の「きぬた歯科」に通える関東圏の人たちが、「インプラントしなければ」と思ったその時、真っ先に「西八王子のきぬた歯科」を想起してもらえるように、この大量の広告露出を行っているのです。だから「飽きられるほど」の広告露出を続けているのです。

 

実は「飽きられること」は、決して悪いことではありません。

それはお客様が「飽きるほど認知している」ということの裏返しです。

 

そしてこちら側が「もう飽きている」と思っても、お客は意外と知らないものです。

実は飽きているのは、マーケター自身なのです。

 

ですから自分が飽きても、「想起を100%取れる」(つまりターゲットとなる顧客が全員、「なりきり芸なら、ロバート秋山」とか「インプラントなら、きぬた歯科」とか「コールセンター統合なら、IBM」と連想する)まで、やり続けるべきです。

そして想起を100%取れても、お客は次第に忘れてしまうものです。だから飽きられても、基本メッセージはぶらさずに、趣向を変えながら、訴求し続けるべきなのです。

 


■当コラムは、毎週メルマガでお届けしています。ご登録はこちらへ。