
ビジネスでは「お客様が欲しいけど、ありそうで、ないもの」を見つけることが大事です。でも、なかなか難しいですよね。
「お客にインタビューすればいい」という人もいますが、お客にインタビューしないのに、ヒット商品を連発する人もいます。あのジョブスも顧客調査しませんでした。
家電メーカー・バルミューダの寺尾社長も、顧客に調査しないことで有名です。
顧客インタビューと言えば、こんな話があります。
食器メーカーが、主婦5人を集めて、「次に買うとしたらどんな皿ですか?」と尋ねました。
5人が議論して出た答えは、四角くて黒い皿でした。
その会場は、メーカーの商品展示室だったので、メーカー担当者は「お礼です。好きな皿どうぞ」というと、主婦5人が取ったのは、白くて丸い皿でした。
言ってることとやってることが、真逆ですよね。
メーカー担当者が「なんで白い皿を選んだんですか?」と聞くと、彼女らの答えは…
「食器棚は丸い皿ばかりなのよねぇ。四角は重ねられないし」
「ウチの食卓、木目なのよ。黒い皿じゃなくて、白い方がいいわ」
この事例は、顧客インタビューの重要なポイントを教えてくれます。
私たちは「お客は自分が何を欲しいかよく知っている」と思いがちですが、実際にはお客は、自分が何が本当に欲しいのか、意外と知りませんし、説明もできません。
「人が言ってることと、やってることと、やると言ってる事は、違う」ということです。
だから「お客が言う通りにしたのに売れない」となるのです。
では、どうすればいいのでしょうか?
実は、問うべき相手は「お客」ではなく「自分」です。
お客を観察したり、自分自身が一番厳しいお客になって、
「なぜ、自分はそう感じたのか?」
「どうすればいいのか?」
を考え続けるのです。
そこで、ここでは二つの方法を考えてみましょう。
【方法1】違和感がある少数意見に注目する
「違和感がある少数意見」とは、「多くの人が『それ違うよ』と思い込んでいる意見」のことです。
1980年代、シャワーが一般家庭に普及して、「朝シャン」が社会現象になりました。
この頃、花王の若い製品担当者が、シャンプーへの要望調査レポートを見ていました。
すると500件の要望の中で3件だけ「髪を軽くしたい」という意見があったのです。
「耳慣れない言葉だなぁ」と考えた担当者が、花王の研究者に聞くと「確かに、皮脂や整髪料の影響で、本当に髪が重くなります」という答えが返ってきました。
「髪を軽くするシャンプーがあれば売れる」と考えた担当者は、
「軽〜い仕上がり」
「毎朝洗っても、髪は傷まず、軽くなります」
とアピールした商品「ピュアシャンプー」を1983年に発売。大ヒットしました。
この担当者は、後に花王の社長になった尾崎元規さんです。
尾崎さんは日本経済新聞の取材でこう語っています。
「消費者から新たな兆候が出て、やがて大きな流れになります。その芽生えの部分をいち早くとらえ、具現化できればうまくいく。マーケターにはかすかな変化に気付く目利きが求められます」
尾崎さんはこの短い言葉の中で、マーケターに求められる洞察力の本質を見事に語っています。
市場が大きく変化する兆候は、最初は「違和感がある少数意見」として現れます。だから新市場を立ち上げるために対応すべきは「多数派の意見」ではなく、「違和感がある少数意見」なのです。
お客に何が欲しいかを語ってもらうのではなく、お客を観察して何が欲しいかを考えることが必要です。
かのジョブズも、消費者を観察しています。
ジョブズがアップルに戻った頃のこと。
ジョブズは本社があるパルアルトにあるアップルストアの茂みから、店内の様子を観察して、ユーザーがシンプルで直感的なユーザー体験を求めていることを直観的に理解して、その後のiPodやiPhoneを開発しました。
ジョブズも観察していたのですね。
そこで「観察」の方法論を深掘りして考えてみましょう。
【方法2】エスノグラフィー
世界では毎年2000万人の未熟児が生まれ、うち400万人が亡くなっています。主な理由は低体温症です。未熟児は脂肪が少なく、自分の体温を維持できないのです。
一方で先進国では産婦人科に保育器があるので、低体温症で亡くなる赤ちゃんはほとんどいません。この保育器は2万ドル(300万円)もします。
そこで米国スタンフォード大学の研究チームは、「この社会問題を解決するために、現在の保育器(2万ドル)のコストを1/100にしよう」と考えました。
でもその解決策で本当にいいのでしょうか?
そこで、チームはネパールとインドで、現場で何が起こっているかを観察しました。わかったことがいくつかありました。
まず、新生児の8割は自宅で産まれています。先進国のように病院では生まれないので、そもそも保育器は使えません。
そして、自宅には電気が通っていません。保育器のコストを1/100にしたところで、そもそも電気がないので使えません。
赤ちゃんが生まれる状況を観察したところ、お母さんたちは赤ちゃんが生まれると火鉢の近くに置いたり、湯たんぽで温める習慣がありました。低体温症に対する生活の知恵ですね。
こうした事は、現場を見ない限り、わかりませんよね。
青島刑事ではありませんが、「事件は現場で起こっているんだ!」です。
現場で問題を理解した開発チームは、寝袋のような保育器”Embrace Infant Warmer”を開発しました。
寝袋には保温ジェルをセットできて、体温と同じ一定温度を6時間保てます。
予備の保温ジェルをお湯で温めて交換すれば、ずっと一定温度を維持できます。
当然、電気も不要です。
この新しい保育器は、実際に現場を観察し、お母さんや医療関係者にインタビューして生まれました。
これは単なる顧客インタビューではありません。
「エスノグラフィー(Ethnography)」という方法です。
エスノグラフィーとは、 「民俗学」とか「文化人類学」という意味です。文化人類学では、研究者達がたとえばアフリカの奥地などにいる少数民族の社会に入り、生活をともにしながら観察したりインタビューして、彼らの風習や価値観を解明していきます。
エスノグラフィーでは、この方法論をビジネスで応用して、実際に現場で行動を観察したり補助的にインタビューしたりして、行動の裏にある意味を考えていきます。
単なる顧客インタビューと比べると、観察を重視するエスノグラフィーの方が、より深く顧客の本音を洞察できます。だからマーケティングでもエスノグラフィーが注目されているのです。
観察を重視するデザイン思考とも相通じる方法論です。
全く異なる分野の方法論が、深いところで共通しているのは実に興味深いですね。
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