「AIで差別化できる」というのは大きな誤解

いま、多くの人が、こう考えてます。

「AIを活用すれば、わが社は他社と差別化できるぞ!」

これは、大きな誤解です。

確かに自社の能力はAIで向上しますが、そのAIはライバルも活用できます。ライバルがより上手にAIを活用すれば、逆に差別化されるかもしれません。

このあたりを整理して考える上で役立つのが、経営学者ジェイ・バーニーが提唱した「RBV(リソース・ベースト・ビュー)」です。

RBVは「企業の強みは、企業独自のリソース(資源)によってもたらされる」と考えます。

RBVでは「そのリソースは、本当に企業として持続性がある競争優位を生み出すのか?」を、次の4項目で分析します。

■価値 (Value)  そのリソースは、収益向上、コスト削減、顧客満足に繋がるか?
■希少性 (Rarity) そのリソースは、競合が持たない稀少なものか?
■模倣困難性 (Inimitability) そのリソースは、他社の模倣は困難か?
■組織 (Organization) そのリソースを活用できる組織体制があるか?

この分析は、これらの頭文字をとって「VRIO分析」と呼ばれます。

具体的には、このように分析します。

・Vが×なら →「競争劣位」(=弱み)
・Vが○で、R以降が×なら →「普通」(=他社もできる)
・V/Rが○で、I以降が×なら →「一時的な競争優位」
・V/R/Iが○で、Oが×なら →「組織で活用できない競争優位」
・V/R/I/Oが全て○なら →「持続的な競争優位」

たとえば「ユニクロのSPAモデル」をVRIO分析すると、こうなります。

V →○ 低価格で高品質な製品を提供できる
R →○ 同じ規模でグローバル展開する企業は少ない
I →○ 生産/物流管理ノウハウは模倣が困難である
O →○ 迅速な商品企画とオペレーション体制と緊密連携

→「VRIO=○○○○」なので、持続的な競争優位

ここで「自社でのAI活用」を、VRIO分析で分析してみましょう。

■価値 (Value)
AI活用で、収益向上、コスト削減、顧客満足に繋がるかどうかは、活用方法次第です。ここでは自社のAI習熟度と、活用する領域や業務が問われます。

■希少性 (Rarity)
今やAIは誰でも使えます。AI活用だけでは、希少性はほとんどありません。

■模倣困難性 (Inimitability)
AIは誰でも使えます。AI活用だけでは、模倣困難ではありません。

■組織 (Organization)
これは、組織としてAIを活用できる仕組みが全社で展開しているか否かが問われます。

こう考えると、AI習熟度が高い企業が単にAIを活用するだけならば、結果はこうなります。

VRIO = ○××○ で、「普通」

いまやAI習熟度向上は企業にとって必須です。でもそれだけでは「普通」であって「競争優位」は得られない、ということです。

なかなか厳しいですねぇ。

振り返ると、1990年代後半にインターネットが登場した時も、同じことが起こりました。

インターネットで、一瞬で情報交換できる世界が実現し、情報伝達コストはゼロになりました。そこで多くの企業がインターネットを活用し、様々なビジネスを始めました。

・ネット証券やネットバンキング
・オンラインニュース
・ECモール

しかしあらゆる人が新しいテクノロジーを廉価で使えるようになると、「新規参入障壁」は一気に低くなります。その結果生まれたのは、レッドオーシャンでした。

次々生まれたネット証券やネットバンキング、オンラインニュースサイト、ECモールは便利でしたが、できること自体は、どこもほぼ同じです。

その結果、ネット証券やネットバンキングは手数料の価格競争に陥り、独自性がないオンラインニュースサイトや大手以外のECモールは、あらかた淘汰されました。

AI活用の世界でも、同じことが起こります。

既にAIは汎用的なコモディティ技術であり、誰でも使えます。

2-3年前、生成AIで簡単に画像生成ができるようになり始めた時、ランサーズなどで「画像生成を代行します」というサービスを提供する人たちが次々と出てきました。生成AIで記事作成代行をする人たちもいます。

「AIを使えば、副業でカンタンに稼げる」ということでこれらのサービスが次々生まれたのですが、生成AIはより高品質になり、簡単に誰でも使えるように進化を続けていますので、参入障壁は下がる一方で、競争は激化し続けています。

これが「生成AIを使うだけでは、差別化できなくなる」という意味です。

最近、新聞を見ると「○○社が、顧客対応をAIで自動化した」というニュースを見かけます。

顧客対応をAIで自動化することは、コスト削減の観点で、確かに大きな意味があります。またいまはAI普及の初期段階ですから、先行企業が自社業務をAIで自動化することは、ニュースになります。

しかしこれは、インターネット黎明期に、ネット証券会社設立がニュースになったのと同じです。

間もなく顧客対応業務のAI活用は当たり前になり、ニュースに取り上げられなくなります。

 

では、AI活用で差別化するには、どうすればいいのか?

必要なことは、「AIで、独自性ある強みを築くこと」です。

「誰でも使えるAIデータ × 自社しかないデータ」の組合せは、独自性ある強みにつながります。

たとえば、製造現場のセンサーデータ、金融機関の取引データ、医療機関の診断情報などが「自社しかないデータ」です。これらを組み合わせて、自社しかできない価値を生み出せば、大きな差別化につながる強みが生まれます。

あるいは「AIエージェント × 独自の業務フロー」も、独自性ある強みにつながります。

たとえば、これまで人手に頼り見積りに数日間かかっていた自社業務を、AI活用で数秒間に短縮すれば、顧客にとって大きな価値になります。ミスミのMEVIYは、顧客の製造メーカーが3D CADデータをアップロードすると、1分後に価格と出荷日を見積もり、最短1日で出荷します。顧客は、加工品手配の手間と時間を大幅削減できます。

この「AI × ○○」の組合せは、先に述べた「VRIO分析」でいえば、価値があって(V)、独自性があり(R)、模倣が困難で(I)、組織全体で活用できるもの(O)ほど、「持続的な競争優位」になり、大きな差別化要素になります。

AIの普及は、もはや止めることはできません。

ならば自社のどんなリソースをAIと組み合わせれば「持続的な競争優位」を生むのかを、私たちはあらためて考える必要があります。

単なるAI活用では、脱落しないかもしれませんが、差別化はできません。

そしてその第一歩は、全社員がAIを使える環境を用意し、社員のAIリテラシーを高めることだと思います。

 


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