そして、『いつもの日常』に戻ってしまう危うさ


今回の震災は、人々と多くの建物を壊しただけでなく、これまで組織や人々の間にあった壁も壊しました。

この震災がきっかけで、「これを機会に日本が大きく変えていこう」という意見が多く見られるようになりました。

私も、1週間ほど前に、「今回の災害を乗り越えた先には、新しい社会が待っているような気がする」というブログを書きました。

 

しかし、首都圏の停電も、恐らく1年程度で解消されます。

現在深刻な状態にある原発の問題も、時間がかかるかもしれませんが、いずれ何らかの形で解決するでしょう。

そして、いつか日常の日々が戻って来ます。

 

次の文章は、2011年3月27日の日本経済新聞の記事「三度目の奇跡:世界が見つめる日本 もう先送りはできない」からの引用です。

—(以下、引用)—-

米ブルックキングス研究所北東アジア政策研究部長のリチャード・ブッシュは今回の震災が高齢化や人口減、政府債務の膨張など数々の難題を抱える中で起きたと指摘。

「日本の危うさは政治家たちがやがて『いつもの日常』に戻ってしまうことにある」と訴えた。

危機が問うのはそこに生きる人々、ひいては国としての決意である。それ次第で歴史は変わる。

「望まぬ現実には目をおおい、望む方向には事実をまげようとする為政者のきょうだな態度は、はかりしれぬほど国民にわざわいした」

—(以上、引用)—-

 

現在の非常時モードから、普段の日常モードが戻った時に、果たして私たちが「新しい日本を創ろう」という問題意識を持ち続けられるかどうか?

 

阪神淡路大震災は1995年1月17日に発生。マスメディアが一斉に災害の惨状を報道し、全国が阪神地区の支援に動きました。

その2ヶ月後、1995年3月20日に地下鉄サリン事件が発生。マスメディアの注目は一斉にオウム真理教の動向に移り、阪神淡路大震災の報道は急速に減りました。

 

記事を見て、「新しい社会」を実現するためには、他ならぬ私たち自身が、現在の問題意識を風化させないこと、そして、それを為政者に要求し続けることが必要である、と感じました。

私自身も、今の気持ちを忘れないために、ブログを書き続けたいと思います。

 

 

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