山田眞次郎さんの「パナソニックは日本企業再生の道しるべか?」というブログを拝読して「面白いなぁ!」と思い、これがきっかけになって、最後に紹介されていたご著書「思考 日本企業再生のためのビジネス認識論」(学研パブリッシング)を読了しました。
本書は,山田さんと慶應義塾大学の井関利明名誉教授の対談。400ページを超える大著です。
今まで自分が考えていた常識を覆してくれると同時に、深く納得する様々な気づきを与えてくれました。
特に参考になった点をご紹介します。沢山ありましたので長くなってしまいますが、ご容赦ください。
■日本ビジネスの強みと言われている「メティキュラス」(几帳面で細かい)と「コンフォート」(心地よいサービス)からは、イノベーションは起こせない。だから「失われた20年」になってしまった (p.16)
■大手メーカーが一時期「六重苦」と言っていた。全て自社責任ではなくビジネス環境が悪いと考えている。実は重大な問題は企業の中にある (p.47)
■GE・ウェルチの「選択と集中」。本来の意味は「現在から未来にかけての選択肢を考慮して選択し、未来に集中する」ということ。だから未来の可能性である異質なものも囲うことが大事だった。しかし多くの日本人は誤解し、異質なものを排除してしまった。 (p.88)
■標準化は、ある意味でイノベーションの対局概念。(p.92) 標準化とは大量生産による弊害。(p.125)
■イノベーションは社内に異質性と多様性を保つから生まれる。全社一丸となるとイノベーションは起きない。 (p.94)
■日本国民は「日本はモノづくりが強い国」と誇りに思っている。しかし実際には(後述するように)日本の技術は半世紀遅れている。(p.132)
■第3発明期の本質である「仕組み連動テクノロジ−」は目に見えないのでなかなか認識できない。戦後からアポロ計画のころまで(1945年-1969年)の25年間、米国で第3発明期の基礎技術が確立されたときに、日本は参加できなかった。それを未だに認識できていない。日本の技術は、厳しい言い方をすると半世紀遅れている。(p.186)
■「仕組み連動テクノロジー」は、目的に合わせて複数の単品が、それぞれ絡み合いながら最適に機能する。たとえば、ミサイル迎撃のための衛星、航空機、イージス艦、迎撃用ミサイル、操作する作業員、関係省庁への連絡網。米国ではそれぞれが一つのシステムとして繋がっている。日本は単品としては揃っている。単品同士を連動させるシステムもある。しかし突発的なミッションにこれらを繋ぎ合わせ、思うとおりに「仕組み連動」させるテクノロジーがない。(p.190-194)
■1993年は歴史的な転換点。91年に冷戦が終わり、インターネットとGPSが軍事から民間に開放され、世界に新しいビジネスチャンスを創り出した。93年にクリントンが「情報ハイウェイ構想」で大統領に選出。その後、94年にネットスケープとアマゾンが設立、95年にWindows95発売、Yahoo!とeBayが設立、98年にGoogleが設立。これらは人とモノとシステムを目に見えないネット上で連動させる仕組みだ。Appleも現在は壮大な「仕組み連動」を構築している。その間、日本は「失われた20年」だった。問題のポイントは、戦後の25年間(1945年-1969年)、米国を中心に起きた第3発明期のイノベーションに貢献できなかったこと。一週遅れとでも言えるくらいの差がついている。(p.219-227)
■「日本は世界一の技術国だ」「やっぱりモノづくりこそが、日本の生きる道だ」と安易に結論づけるのはやめるべき。強みと弱みを明確にし、弱い部分(=仕組み連動テクノロジー)を謙虚に受け容れ、チャレンジすべき。それは若い人たちにしかできない。理解力が高く、感性が鋭く、経験に邪魔されない柔軟な思考を持っているからだ。(p.229-230)
■価格競争の中でクォーツ時計を7000円で売り出したスウォッチや、ホンダやヤマハに機能・性能で劣るハーレーやドゥカティは、独自の「文化価値」を創り上げ価格競争から抜け出し、いまでは優良企業。この「文化価値」こそが、価格競争の次に来る「価値」のあり方。言い換えれば生活のコンテクストの中の「仕組み連動」。供給者である企業サイドだけでは、新しい「価値」を生み出すことは難しくなっている。(p.243-248)
■「マーケティング」の定義も変わる。提供物が単一商品だった過去は4P (Product, Price, Place, Promotion)戦略という企業サイドからの一方向な働きかけが必要だった。(今でも4Pが有効な分野は残ってはいる) パラダイム変換が必要になったひとつのきっかけは、2001年にP.シーボルト出した「個客革命」という著作。ポイントは「顧客が力を持ったという認識」「顧客は企業の資産」「顧客の関係づくりが決め手」「顧客経験」。新しいマーケティングの定義は「課題解決と新しい価値創造のための、関係づくりの社会的作法」である。(p.250-262)
■「イノベーション」を「技術革新」と翻訳したのは誤訳だ。本来は「人々に新しい『生活経験』を約束すること」 まだこの世に存在しない「生活革新」の製品やサービスや情報の組み合わせは、需要サイドと供給サイドや第三者が関わり合い、相互作用の中で初めて生まれてくる。(p.269-273)
■ある程度大きな企業は社内がサイロ構造になっている。改めて全社を見れば、社内は実はきわめて多様性に富んでいるが、横断的に関わって「イノベーションチーム」を作ろうという発想がない。この社内多様性の認識と活用こそ、「創発するマーケティング」の最初のチャンス。(p.282-284)
■イノベーションを起こすにはリーダーは不要。今はイノベーションは個人技ではなくチーム作業だから。役職の裏付けがある人ではなく、組織経験が乏しい若者の方が良い。そういう人たちを集めて自然発生的に異なる役割を担うようにするとチームの生産性は一番高くなる。イノベーションはリーダーによって窒息する。権威を振りかざすリーダーの所為で、対等な人たち同士の相互行為を通じて形成されるはずの共同学習と共進化、共形成が不発に終わる。リーダー待望論があるうちは、積極的な”当事者”は育たない。(p.291-300)
■競争ほど無駄なものはない。競争し合うよりは協力し合う方が、地球全体のためにはどれだけ有効か。さらに今は他産業からどんどん参入し入り乱れているので誰と競争しているのかわからなくなっている。「脱競争」を主張する人は増えている。競争論で著名なM.ポーターも「企業の定義を『シェアードバリューをつくること』に変えなければならない」と言っている。(p.313-318)
ごく一部を紹介しました。
実際には本書を読まれると、もっと多くのことを学ぶことができます。上記を読んで「これはいい」と思った方は、是非本書をご一読することをお勧めします。
本書を執筆され、ブログでもご紹介された山田さんには、深く感謝です。