先週土曜の朝は、月1回の永井経営塾ゲストライブ。獺祭で有名な旭酒造の桜井博志会長にお話しをお伺いしました。
冒頭、桜井会長は「ウチはマーケティングやらないんですよ」。「マーケティング=販促」とお考えだったのでこのご発言だったのですが、実は桜井会長は最強のマーケターでした。
社長就任の1984年に9700万円だった売上を、社長退任の2016年に108億円と100倍以上にした桜井会長の挑戦は、先週のブログでも書きました。
ゲストライブでは素晴らしいお話しを沢山伺いましたが、その中の一つがチャネル戦略です。
獺祭が世の中で急に人気になった時のことです。どの酒屋も品薄になって品切れするようになりました。品薄で人気な状況だと、登場するのが転売ヤー。定価の3〜4倍で売られるようになりました。
「獺祭を飲みたいお客さんが、こんな価格で買わなければいけないのは問題だ」
そう思った桜井会長は、問屋に「獺祭はもっと出荷できます。品薄の酒屋に獺祭を卸してもらえませんか」とお願いしました。すると問屋は「他の造り酒屋さんとのお付き合いもあるので、獺祭だけを売るわけにはいきません」とやんわり断られました。
でもこれでは、困りますよね。
そこでこれをきっかけに、桜井会長は旭酒造で、問屋を通さずに小売店と直取引を始めました。当時の日本酒業界では、小売店との直取引は非常識でしたが、今では造り酒屋と小売店の直取引は一般的になりました。
桜井会長は、「流通と生産者の間には、どうしても溝があるものです。そこで必要なのは、どうしたらお客様に一番快適にモノをお届けできるかを、一緒に探ること。よく私が酒屋さんに申し上げているのは、『ウチとあなたはイコールパートナーです。お客様は、お酒を飲む人たちですよね。だからお客様にお届けして両者が利益を出せるようにしましょう』と言ってます。ちょっと偉そうかもしれませんけどね」とおっしゃっているそうです。
でも普通に考えると「お客様=消費者」は当たり前ですよね。ですので、もしかしたら桜井会長の「お客様は消費者です」というお話しは、流通ビジネスに関わっていない方には、「それって当たり前じゃないの?」と思われるかもしれません。でも、現実にはそうなっていないことがとても多いのです。
数年前に、私がある食品メーカー関係者が集まる会で講演を行い、その後に懇親会をした時のこと。ある食品メーカーの部長さんからお叱りをいただきました。
「永井さんは『価値で勝負しろ』っておっしゃいますが、私に言わせればそれって理想論です。現実は値引きばかりですよ」
そこで、私はこんな質問をさせていただきました。
「なるほど…。ところで御社の商品の品質はどうなんでしょうか?」
「絶品ですよ。いまの人は本物を知りません。ウチの商品を食べると、皆が驚きますよ」
「御社の商品は本物で美味しいのに、値引きする理由は何ですか?」
「あれ…。うーん、そう言えば……ナゼナンダロウ……」
詳しくお話しを伺うと、部下のセールスの方々は、消費者にはほとんど会わないそうです。普段の商談相手は問屋。この会社のセールスにとって、「お客様=問屋」なのです。このようなメーカーって、意外に多いのですよね。
桜井会長は、チャネル関係者を巻き込み、パートナーとして、一直線で消費者に価値を提供しています。
ハーバードビジネススクールで、V・カストゥーリ・ランガン教授という流通チャネルの専門家がいます。ランガン教授はこうおっしゃっています。
「チャネル戦略のすべての始点は、顧客ニーズだ。チャネルメンバー全員が一体となり、レーザービームのように消費者に焦点を当てて、顧客価値最大化を考え、顧客ニーズを満たすためにチャネルを構築せよ」
桜井会長が行っていることは、まさにランガン教授が提唱するチャネル戦略を実践しておられることがわかります。
ただ意外なことに、桜井会長はマーケティング理論は学んだことはないそうです。
桜井会長の全て活動の出発点にあるのは、「より美味しいお酒を、お客様にお届けしたい」という強い想いです。
桜井会長のお話しをお伺いして、マーケティングとは決して複雑なことではなく、「本気でお客様を考えれば、自ずからマーケティングになる」というとてもシンプルで単純なことであることが、改めて実感できました。
そしてこのシンプルで単純なことを、徹底的に首尾一貫して実践し続けられるかどうかが、私たちに問われているのですね。
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