2011/11/7の日本経済新聞で、編集委員の小柳建彦さんが、『経営の視点 携帯端末、「仮想助手」に?—アップル、未熟技術で勝負』という記事を書いておられます。
現在、iPhoneが優位だったスマートフォン市場はアンドロイド勢が台頭することで競争が激化しつつあります。このまま競争が激化すると、コモディティ化が進んでいく可能性もあります。
コモディティ化が進むことで差別化要素がなくなり、価格競争に陥りますが、小柳さんは、音声対話インターフェイスSiriのiPhone 4Sへの搭載は、そのコモディティ化を回避するためのAppleの戦略である、と解説しておられます。
—-(以下、引用)——
…本格普及から日が浅くまだまだ未熟なスマートフォン(高機能携帯電話)という技術分野はこれまで、一体開発のアップルの優位性が際立っていた。ところが水平分業モデルで作られる「アンドロイド」端末も、ようやく各部品、基本ソフト、応用ソフトの連動性がよくなり、消費者の要求を満たせるようになりつつある。携帯端末という技術分野の成熟は時間の問題で、放置すればアップルの優位性は価格競争にかき消される危険があった。
そこに投入したのが、実用化の初期段階にあるシリ(Siri)だ。利用が進めば、携帯端末というものの基本的な役割が従来の電話兼コンピューターから、声で話せる「仮想助手」という全く別のものに変わってしまう可能性がある。未熟な技術をあえて投入することで、成熟市場を未熟市場に転換できるかもしれないのだ。
…….つまり未熟な技術分野でこそ発揮されるアップルの競争力が長続きする可能性がある。シリを搭載した「4S」は、技術の成熟度を落とすことでコモディティー化の落とし穴を迂回するという、産業史上まれな事例になるかもしれない。
—-(以下、引用)——
確かに未熟な技術は、ユーザーにある程度の不便を強いることも多いのです。そこでものづくりの立場に立つと、できる限り未成熟な技術を市場に出すのは控えて、成熟した技術で実装した信頼性が高い製品を市場に出そうと考えることが多いのです。
一方でこの記事にあるように、あえて未熟な技術を出し続けることで、差別化を維持する、という考え方もあるのですね。
もちろん、全ての場合にこの方法論を適用するのは無理があります。たとえば、高い信頼性が求められるミッションクリティカルな分野では、未成熟な技術ではなく、信頼性が高い技術で提供することが必要です。
また、市場アクセプタンスが弱い未成熟な技術を出しても、顧客は離れるだけです。
しかしSiriの場合は、未成熟であっても顧客が驚き感動する技術を、あるレベル以上の品質まで高めた上で市場に出しているのです。
我々が製品に実装する技術戦略を考える場合、技術の成熟度と、その技術の市場でのアクセプタンスを把握し、未熟であってもアクセプタンスが高い技術をあえて市場に投入する。そのことで市場の成熟化を回避し、コモディティ化を回避する方法もあるのだ、ということを、この記事で気づかされました。
新しい需要を喚起するために、新製品を投入し、市場にある既存製品を陳腐化させる「計画的陳腐化」という手法があります。
この時間軸をさらに進めた、「計画的コモディティ化回避戦略」とでも呼ぶべき手法でしょうか?
もちろん、いかなるマーケティング戦略も、顧客満足度を高めることが前提になります。
このケースでも、その未成熟な技術に対して、顧客が大きな価値を感じることが大前提です。そのためには、イノベーションを実現する力と、顧客の確かなニーズを捉えるマーケティング力が必須です。
ドラッカーは、「企業は二つの、そして二つだけの基本的な機能を持つ。それはマーケティングとイノベーションである」と言いました。
まさに、この二つがあってこその戦略なのかもしれません。