1980年代後半頃のこと。
当時、私は日本IBMで25歳の若手社員でした。
現在とは全く様相が異なり、IT業界全体では毎年2桁成長。仕事は沢山あり、やってもやっても終わりませんでした。
そんな当時、「団塊の世代」の私の上司Aさん(当時40代前半)は、残業が大好き。
張り切って色々な仕事を見つけて来ては、深夜まで残業を続けていました。
当時の私は、「自分の仕事はキッチリ終わりましたので、ではお先に」と帰るほどの経験もスキルも残念ながら皆無。つきあい残業をしていました。
「残業は美徳」の時代だったのですね。
当時の私は残業が苦痛で、率直にいうと「仕事が楽しい」とはなかなか思えませんでした。
そんな20代の私を見ていた、残業大好き人間のAさん。ある日飲みながらしみじみと私の目を見て、こう言いました。
「永井さん、仕事そんなに辛いかなぁ?ボクは仕事が楽しくて仕方ないなぁ」
「結構、辛いっす」
と答えながら、(うーん、Aさんはやっぱり、仕事中毒(ワーカホリック)なんだなぁ)というのが、当時の率直な感想でした。
ちなみにAさんからは「永井さんは新人類」と言われていました。当時の若者は、団塊世代の人からは「新人類」と呼ばれていたのですね。
こんなことを思い出したのは、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2014年9月号に掲載されていた島津明人さんの論文『ポジティブに働くためのコンセプト ワークエンゲイジメント:「健全な仕事人間」とは』を読んだのがきっかけです。
本論文でいう「ワーク・エンゲイジメント」とは、『「仕事に誇りややりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)の三つがそろった状態であり、バーンアウト(燃え尽き)の対概念として位置づけられている』状態です。
『ワーク・エンゲイジメントが高い人は、心身の健康度も高く、組織に愛着を感じやすく、仕事を辞めにくく、生産性も高い』としています。
その本論文では、こんな一節があります。
—(以下、p.36から引用)—-
ワーカホリックな人は「強迫的に」働くのに対して、エンゲイジメントの高い人は「楽しんで」働く。
…ワーク・エンゲイジメントの高い人は、内発的に動機づけられている。すなわち彼らは、仕事が楽しく、仕事にやりがいを感じ、その仕事が重要だと思い、もっと仕事をしたい(I want to work)と考えていることから、仕事に多くの時間とエネルギーを費やしている。
ところが、ワーカホリックの人はそうではない。完璧主義で、周りから期待以上の成果を常に出そうと思っているため、仕事のことが頭から離れない。また職場を離れると罪悪感を覚え、不安で落ち着かない。つまり、罪悪感や不安を避けるために、仕事をせざるをえない (I have to work)と考え、仕事に多くの時間とエネルギーを費やしているのである。言い換えると、ワーカホリックな人は「リラックスするために仕事をしている」といえるだろう。
—(以上、引用)—
あれ?
私が「仕事中毒(ワーカホリック)だなぁ」と思ったAさんは、「仕事が楽しくて仕方がないなぁ」と思っていたわけで、意外なことに「内発的に動機づけられている」「ワーク・エンゲイジメントの高い人」だったのですね。
そう言えば、Aさんは実に楽しそうに明るく仕事をこなしていました。休みには息子さんの野球チームのコーチをしたりと、休みの日に仕事をすることはなく、結構充実した生活を送っていました。
新卒入社でしたが、定年まで勤め上げました。いまもお元気です。
若いころの体験を、ある程度の年月が経ってから振り返ってみると、新たな発見がありますね。
ちなみに思い起こせば、私がその仕事をしていて「辛い」と思ったのはその頃がピーク。
スキルも身につき仕事にも慣れた2−3年後には、楽しく仕事をし、仕事を片づけて「じゃぁ、お先に」と帰宅できるようになりました。
ただ新しい部署に異動した途端にまた「辛い」状態が続いて仕事を学び、じきに慣れて楽しく仕事ができるようになる、という繰り返しでした。
このパターンからやっと抜けて、全く違う仕事に移ってもこなせるようになって「楽しくて仕方がないなぁ」と思えるようになったのは40代になってから。(ただ、40代になってから残業はしないようになりました)
奇しくも私がAさんと出会った頃の、Aさんと同じ年代ですね。
当時25歳の私は、40代前半のAさんの気持ちがなかなかわからなかったのです。
逆に、現在の私のメッセージがどれだけ20代の方々にとってハラ落ちする内容になっているか、…改めて考えるべきテーマだなぁ、と思いました。
ところで10年近く前、定年退職したこのAさんから毎年いただく年賀状に、こんなメッセージが書いてありました。
「何もすることがありません。でも、忙しい」
もしかしたら、忙しい状態が好きな人だったのでしょうか?
しかし、私も仕事から完全にリタイアすると、この気持ちもわかるのかもしれませんね。