【失敗談】初めての海外出張は、冷や汗の連続でした


私が初めて海外出張したのは23歳の時。

入社時は英語がチンプンカンプンだったのですが、4年半前に当ブログで書いた「TOEIC 475点からの英語上達方法」にあるような勉強をしたところ、半年でTOIEC 600点をクリア。

ちょうど、米国North Carolina州のRaleighにあるIBM研究所で、製品の多言語対応テストのエンジニアを各国から募っていたこともあって、当時、部門でほぼ唯一の若手だった私にお声がかかりました。

海外旅行は高校の研修旅行(=団体旅行)で行ったのが唯一。

しかも、この時期は米国の治安がとても悪く、特に中継地のJohn F Kennedy空港はとても怖いという話しを聞いていました。

「大丈夫だろうか?」とも考えましたが、先輩社員は普通に行っていますし、英語も怪しいですが、同じ人間だから、なんとかなるだろう、と考え、ハラを括りました。(そもそも業務命令なので断われません)

当時(=1985年)のIBMはとても恵まれていて、新入社員だというのに、ビジネスクラスでした。

成田から、New YorkのJohn F Kennedy空港(JFK)に到着し、近くのNewark空港に移動して、米国North Carolina州のRaleigh空港行きの飛行機に乗る、という経路でした。

Raleigh空港に到着すると、先着の日本人の先輩がいるので、そこまで行けば何とかなります。

 

しかし、この出張、現地到着までが苦難の連続。

 

まず、JFKに到着。

入国審査は、無事終了。

預けた荷物が出てくるのを待ちます。

しかし、待てど暮らせど、出てきません。

途中、一緒に待っていて、たどたどしい私の英語で世間話をしていた米国人家族も、荷物が出てきて、「じゃあね」と手を振って離れていきます。

そのうち、荷物は全てピックアップされ、私の荷物は出てきません。

カラのベルトコンベアが回っているところに、一人でポツンといる状態に。

 

「そう言えば、先輩社員が1%位の確率で荷物がなくなるって言ってたなぁ。いきなり、これか!」

早速、近くの電話機で係に電話。

たどたどしい英語で「マイ・バゲッジがミツカラナイ」と言ったのですが、なかなか通じません。

多分、"I cannot find my baggage."と発音すべきところを、"I KYAN NATTO FAINDO MAI BAGEJJI"というような発音をしたのかもしれません。

それでも何回か話して通じたようで、「あなた、行き先はどこ?」

「Raleighだけど」

「じゃぁ、そこでは出てこないわよ。Raleighでピックアップできるから」

海外旅行者にとって当り前のtransitの仕組みが分かっていなかったのですよね。

この時点でグッタリ疲れましたが、ふと腕時計を見たところ、Newark行きの飛行機が10分後に出発する時間です。

慌てて空港地図を見たところ、現在地から1Km近く離れています。

 

手荷物を担いで、空港地図を片手に、ひたすら走ります。

10分後。

やっとNewark行きの飛行機が出るゲートに到着。

手荷物検査を黒人女性が2人で行っています。

あろうことか、彼女の息子らしい子供もその周りで遊んでいます。

子供は、走ってきて汗びっしょりの日本人を興味深げに見ています。

こちらは急いでいるのですが、手荷物検査の女性は、ゆっくりゆっくり荷物を検査します。

「OK」と言われたので、荷物を持って走り出したところ、

「ミスター!」

また声を掛けられました。

(急いでいるんだけどなぁ…)と思いながら、

「何?」

と聞くと、床を指さして、

「なんか落としたわよ」

…..搭乗券とパスポートを落としていました。

危ういところでした。

 

ゲートの搭乗口に到着しました。

私の飛行機が出るゲートには大型ヘリコプターが止っていました。

「なるほど、飛行機ではなくヘリコプターだったのか」

と思った瞬間、目の前で回転翼が回り始めました。

(無念、ここまで来て、間に合わなかったか!)

と思い、思わず「Waaaait! Waaait!」と大声で叫びました。

私の声にはかまわず、回転翼はクルクルと回っています。

周りの待合席にいる客は、あっけに取られて見ています。

しばらくしたら、回転翼は止りました。

「あれ?もしかしたら、思いが通じたのか?」

….と思ったら、アナウンスとともに、乗客達は、そのヘリコプターに乗り込みました。

結局、出発が遅れていたようです。

少々、バツ悪く、席に座っていました。 

 

このヘリコプターは、マンハッタンの何カ所かに止って、その度に乗客を降ろして目的地に向います。

問題は、到着地のアナウンスの英語が全く聞き取れなかったこと。

(Newarkって、どこ?)

という状態でした。

途中間違って降りると、マンハッタンのど真ん中に手荷物だけで何も分からないまま置き去りにされるという最悪の事態になります。

取りあえずアナウンスに耳を研ぎ澄まし、

「うん、どうもここはNewarkとは言っていないようだ。…多分」

….と思いながら、乗っていると、終点に到着しました。

「ここ、Newark?」と聞くと、「Yes」

無事到着したようです。

 

この後、無事Raleigh行き飛行機に搭乗。

日本人の先輩社員に出迎えられました。

先輩社員が神様のように見えました。

 

このJFKからNewarkまでの数時間を通じて、私が学んだ教訓。

「下手な英語でもいいから、分からなかったら、とにかく、質問」

これ、鉄則ですね。

おかげで、この後、海外出張でこの手のトラブルに悩むことはなくなりました。

 

もう一つ。

「失敗は、若いうちに沢山やっておこう」

20代だから、この手の失敗は笑って済まされます。

若いうちに沢山失敗して、シニアな年代になったら、スマートに行動したいものです。

若いうちに失敗を恐れて、シニアな年代になってからこの手の失敗をするのは、かなり痛いですから。