家の近所に、全国でチェーン展開している紳士服専門店があります。
店の前をよく通りがかるのですが、お客さんはあまり入っていません。店員もまばらですが、店内にはかなり多くの商品を展示しています。
「お客さんも店員も、ほとんどいない。商品は沢山ある。儲かっているんだろうか?」
同じように不思議に思っている方も多いのではないでしょうか?
私も不思議でしたので、調べてみました。
そもそも紳士服専門店各社は、儲かっているのでしょうか?大手4社の2015年度業績は次の通りです。
青山商事 売上 2221億円 経常利益 247億円
AOKI 売上 1838億円 経常利益 189億円
はるやま商事 売上 504億円 経常利益 31億円
コナカ 売上 386億円 経常利益 11億円
どこもしっかり儲かっていますね。
しかし「紳士服専門店」というと、思いつくのはこの4社。
他にも横文字チェーン店があります。でもThe Suit Companyは青山商事、ORIHICAはAOKI、Perfect Suit JOYははるやま商事、SUIT SELECTはコナカが展開しています。世の中で目にする紳士服専門店のほとんどは、この4社で占めています。よく考えてみると不思議ですね。
そこで「紳士服専門店」という業態ができた経緯を調べてみました。
紳士服専門店は、1970年代から1990年代にかけて急成長しました。先鞭を付けたのは「洋服の青山」の青山商事です。
1970年代当時、紳士服は主に百貨店で売られていましたが、1着で給与1ヶ月分と、会社員にとっては高価でした。
そこで青山商事創業者の青山五郎社長は、「スーツを気軽に1ヶ月分の小遣いで安く買えるようにしよう」と考え、自社で開発・生産し、自社の店頭で売るようにしました。
これはSPA(製造小売販売)モデルという形態で、ユニクロやGap、最近ではAppleも展開しています。自分で材料の調達から、生産、配送、さらに店舗でお客さんに売るところまですべてをカバーしているので、自社商品に最適化でき、高収益になるのですね。
ただ、「紳士服専門店が儲かっているのは、自社で調達・生産・販売するSPAモデルで展開しているのが理由だ」と言われても、なんだかしっくりきませんよね。他にも理由がありそうです。
そこで青山がどのように生まれて成長したかを見てみましょう。
1972年、既に紳士服販売に特化して6店舗を展開していた青山商事の創業者・青山五郎社長は、同業他社のトップと一緒に「米国商業視察ツアー」に行きました。
視察の途中、サンフランシスコ郊外の巨大ショッピングセンター(SC)に立ち寄りました。周囲は何もない荒野ですが、賑わっています。ここで青山社長は疑問を持ちました。
「そもそも誰もいない郊外に、こんな巨大な商業施設を作って、なぜ商売が成り立つんだろう?」
当時の日本の常識は、「人が集まるところに店を出そう」だったのですね。
翌日。青山社長は別の視察先に行く一行から離れ単独行動を決意。タクシーを100Km飛ばしてその巨大SCに戻り、気がつきました。
そのSCの前には幅100mの大きな幹線道路があり、建物の数倍の面積を持つ巨大な駐車場が併設されていたのです。「カーショッピング」という、当時の日本には存在しなかった、まったく新しい販売形態だったのですね。
当時、日本でも家庭に自家用車が急速に普及し始めていました。青山社長は考えました。
「これはそのうち日本にやってくる。しかも、まだ誰も気づいていない」
一方で、この販売形態で特有なこともわかってきました。
まずこのやり方は、土地代が高い都会では無理。郊外だからこそ可能です。
一方で都会の買い物では、店に立ち寄るお客さんは多いものの一見客も多く、必ず買うとは限りません。しかし青山の場合、カーショッピングで紳士服専門店に車で来るのですから、消費の目的は明確に「紳士服を買うこと」です。
「これはいける」と考えました。
1974年、周到に準備を重ねた青山商事は、郊外ロードサイド型店舗(幹線道路の脇に建てて車で買い物にくるタイプの店)の一号店を広島県東広島市の西条町に出店しました。
当時、紳士服店は繁華街に出店するのが常識。そこへ、田んぼの真ん中に売り場面積70坪の紳士服専門店が突然あらわれました。当時地元の同業者たちは、「青山は気がふれた」と笑っていたそうです。
さらにオープン当初、お客さんは店に一人も来ませんでした。目の前の幹線国道を走るのは、トラックやライトバンなどの商業車ばかりでした。そこで手持ちぶさたの店長と販売員は、手分けして半径15Kmにくまなくパンフを定期的に配りました。
半年後、徐々に客が来るようになりました。そしてその客はほぼ100%、紳士服を買いました。
2号店以降は事前に販促活動を徹底してから開店するようになり、開店日から売れるようになりました。
こうして郊外ロードサイド型店舗の紳士服専門店の全国展開が始まりました。
このタイプの店に来るお客さんは「スーツを買う」という目的が明確で一見客はいないので、販売員も実際に買うお客さんに対応できる人数でOK。さらに商品が紳士服なので、販売員に必要な専門知識も絞り込まれています。販売員一人当たりでカバーできる店舗面積は、他業態と比べて格段に広くなります。だから私の近所の紳士服店も店員がまばらだったのですね。
来店する買う気満々の客には、確実に買ってもらうことが必要です。そこで紳士服に絞り込み、要望に対応できるように品揃えを幅広く用意しました。紳士服は1着数万円程度と高単価です。一日に10人来店し、1着ずつスーツを購入すれば、売上は一日数十万円。加えてSPAモデルなので粗利はその半分。収益性は高いのです。
「洋服の青山」を展開する青山商事を追って、各社も参入。紳士服専門店は、1990年代まで市場の成長とともに急成長しました。
一方で紳士服専門店というと、先に述べたように現在は青山、コナカ、AOKI、はるやま商事の4社ですよね。なぜいま、他の会社は参入しないのでしょうか?
紳士服チェーンは、1店舗で5万人の商圏をカバーする、と言われています。日本の人口は1億2600万人ですので、大まかに言うと2500店舗で飽和します。2015年時点の店舗数は次のようになっています。
青山858/コナカ344/AOKI557/はるやま商事477 →合計2236店舗
既にほぼ飽和状態です。この状況で、紳士服チェーン各社は新規出店と閉店を繰り返しています。つまり飽和市場で、既に強力な先行企業4社で寡占状態になっており激しく争っているので、他社はなかなか新規参入できないのです。
言い換えれば市場への参入障壁が高いため、4社で「残存者利益」を得ていることになります。
では市場全体はどうなっているのでしょうか?
矢野経済研究所「アパレル産業白書」によると、2007年に3099億円(小売金額ベース)だったスーツ市場規模は、団塊世代退職やクールビズ浸透により、2013年には2183億円に減少しています。
市場の成長段階にわけて戦略を考える「製品ライフサイクル」という考え方があります。図にするとこうなります。
この「製品ライフサイクル」で整理すると、紳士服市場は次の状況になっています。
導入期(1970年代前半) →一般的に、赤字です
成長期(1970年代後半〜90年代) →一般的に、利益が拡大します
成熟期(2000年代〜現在) →一般的に、利益は最大です
衰退期(現在〜将来) →一般的に、利益は減少します
既に紳士服専門店は市場として衰退期に入りつつあることも、新規参入がない理由なのでしょう。
このままでは、紳士服専門店はどこも収益が下がっていきます。そこで各社も多角化戦略を打ち出しています。
青山商事は、周辺アイテム(ドレスシャツ/靴)やカジュアル事業の拡大を図るとともに、レディスを強化、さらにEC/オムニ戦略を推進、加えて飲食事業や海外展開(主に中国)が成長しています。 →参考リンク
AOKIホールディングスは、機能性商品開発やブランド化(CAFÉ SOHO)を図るとともに、レディスを強化。さらにブライダル事業、カラオケルーム運営事業、複合カフェ市場も展開を始めています。→参考リンク
各社の今後の戦略は、「アンゾフの成長マトリックス」という考え方で整理できます。
この考え方で各社の今後の戦略をおおまかに整理してみると、
市場浸透戦略(既存客に、既存商品をより浸透させる)→EC/オムニ戦略、機能性商品、ブランド化
市場開拓戦略(新規顧客に、既存商品を売る)→海外展開、レディス
新商品開発(既存顧客に、新商品を売る)→カジュアル化
多角化戦略(新規顧客に、新商品を売る)→飲食事業、カラオケ(郊外展開の相乗効果を考慮)
ということですね。
世の中の変化を誰よりもサキドリし、「お客様が買う理由」を創りあげたのが、青山をはじめとする紳士服専門店が成功した大きな理由です。
さらに市場全体を製品ライフサイクルなどの大きな時間軸で見ると、打つべき手も見えてきます。
そして各社の戦略も、マーケティングの考え方で整理できます。
身近な紳士服チェーンから、自社にあてはめて学べることも多いのではないでしょうか?