部下に「no chart」。IBMを救ったルー・ガースナー


1984年から2013年まで、私はIBMに勤めていました。
この30年間で、IBMは倒産しかけた時がありました。
危機を救ったのが、1993年にRJRナビスコ会長からIBM CEOに就任したルー・ガースナーでした。

CEO就任直後、ある事業部長が、部下に作らせた分厚い資料を用意してチャートを使って事業説明をしようとすると、ガースナーはこういいました。

「no chart。自分の言葉で説明しなさい」

当時はガースナー就任直後。彼が一体どんな人なのか、IBM社員はみな期待半分・畏れ半分でした。
この会議の様子は社内メールで流れてきて、私も読みました。
「今までとはまったく違うタイプのトップが来た」というのが、私の第一印象でした。

ガースナーが来日したとき、日本IBM社員約2000名を集め、大きなホールでタウンミーティングをしました。彼のプレゼンは10分と短いもの。その後は1時間、質疑応答でした。一般的にこのようなタウンミーティングでは、事前に質問者を仕組むことが少なくありません。しかしガースナーはそれを禁じていました。誰でも質問できました。ガースナーは難しい質問にも自分の言葉で正面から誠実に答えていました。

そして実に頻繁に、全社員に直接メールを出し、自分の言葉で、語りかけてきました。

2002年にCEOを退任する時、彼はIBMでの経営変革を書き綴った著書「巨像も踊る」を上梓しました。この時、彼は全社員に「この本を社費で購入するのは一切禁止。読みたいのであれば、自費で買ってください」と伝えて、IBMを去りました。各部門が購入し、お客様などに配付することを予想し、「それはフェアではない」と考えたのでしょう。

ガースナーは、社員に一切忖度させず、常に現場との生の対話を求め、かつ誠実でした。

残念ながら私はガースナーと直接話す機会はありませんでしたが、遠く離れた日本にいる一社員の私にも、ガースナーの人柄が伝わってきました。

そして大きな会社でも、トップ次第で大きく変わることを実体験しました。

ガースナー在任の9年間、素晴らしいトップが率いた経営変革のまっただ中で、一社員として過ごしたのは、とても幸せでしたし、私の大きな財産になっています。

 

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