投資1000億円のホンダ新規プロジェクト。「ムリ」と思ったら快諾された理由


会社で大規模な新規事業を立ち上げる際には、経営トップの承認が必要です。
しかしともすると超巨額投資が必要で「こんなの、絶対やめろと言われる」と思われがちです。

しかし、社員の目線と経営トップの目線は、全く違うものです。

そのことを実感した記事がありました。日経産業新聞に2023年9月4日に掲載された「ものづくり記 ホンダ・和光研究所(6) ジェットエンジンの強み生かせ」という記事です。

「空飛ぶクルマ」と言われるeVTOL(電動垂直離着陸機)は、現在、世界中で、キティホーク社などのスタートアップがしのぎを削っている分野です。再来年2025年の大阪万博でも、eVTOLの試験運用を行うと言われています。

ホンダジェットで航空業界に参入したホンダは、このeVTOLに勝機を見いだしています。

その武器がジェットエンジン。ガスタービンを電池への発電用に使うハイブリッド式パワーユニット(ガスタービンHV)を作ろうと考えています。バッテリーだけだとせいぜい飛行距離は100Km。ガスタービンHVでバッテリーを補えば、400Kmの飛行が可能です。

当初、ホンダは自社ガスタービンHVを、eVTOLメーカーに外販する交渉をしていました。交渉が難航する中で、「もしかしたら自分たちで機体も動力もやった方が、いいんじゃないか?」と考え始めました。では、なぜそう考えたか?

航空機で必要な大きな2つの技術が、機体設計とエンジンです。
航空業界では、機体とエンジンは完全に分業されています。
そして意外と知られていませんが、実はホンダは、この2つを単独で手掛ける世界唯一のメーカーなのです。

そして本田技術研究所内で、自社のガスタービン搭載VTOLの開発が始まりました。しかし投資金額は1000億円を超えることがわかりました。
開発メンバーは「絶対にやめろって言われる」という意見が大勢。
当時の本田技術研究所の社長は、現在のホンダ社長の三部敏宏さんでした。

この様子を、記事ではこのように書いています。

—(以下、記事より引用)—

結局、そのまま三部にぶつけることにした。三部の反応は意外なものだった。

「こんなにかかるのはうちだけか?」
「いや、うちだけじゃないです」
「じゃ、(eVTOLの)ベンチャーは死ぬってことか。今日はいい話を聞けた」

現在は雨後のたけのこのように世界中でeVTOLのスタートアップが名乗りを上げているが、その中で本当にTCを取って事業化までたどりつけるのは何社あるだろうか。実際、この後にキティホークは事業化を断念した。高い参入障壁は、それを乗り越えた者への先行者利益を保証する。三部は多くを語らなかったが、暗にそう言いたかったのだろう。

—(以上、記事より引用)—

このエピソードは、会社員が新規事業に取り組む際に、大きな示唆を与えてくれます。

新規事業は、しがらみを持たずに迅速に動けるスタートアップの方が、圧倒的に有利に思えます。しかしスタートアップは、1000億円を超えるような投資を得ることは至難の業です。

大企業であれば、自社の強みが活かせるのであれば、キャッシュフローの範囲内で、大規模な投資を長期間行うことが可能です。

たとえば花王のソフィーナ。1976年に研究を開始し、一時は累積赤字が最高250億円にも達しましたが、2000年に黒字化し、売上700億円です。

東レは1961年に「航空機の構造体で使えるかも」というアイデアで炭素繊維の研究を始めました。製品化は1971年でしたが、当初は「鉄の1/4の軽さで10倍の強度」を訴求して釣り竿やゴルフクラブに展開していました。その技術が自動車で培われ、今では航空機で使われています。炭素繊維も数十年掛けています。

ホンダジェットも数十年の投資が実った例です。

以上のことは、まさに「じゃ、(eVTOLの)ベンチャーは死ぬってことか。今日はいい話を聞けた」という三部さんの言葉に凝縮されています。

三部さんは2021年の社長就任会見で、いきなり「2040年までに、ホンダの世界販売を100%、EVとFCVにする」と発表して、大きな話題になった経営トップです。

大企業には、大企業の戦い方がある。

そして「会社を本気で変えたい」と考える経営トップは、現場社員とは全く違う目線を持っているのです。

   

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