21年ぶりのフィルムカメラ「Pentax 17」は、なぜ生まれたのか?


ほんの20年前まで、写真はフィルムカメラで撮影することが当たり前でした。

フィルムカメラは厄介です。撮影しても、写っているかはわかりません。フィルム現像後、はじめて撮影できているかがわかります。フィルム現像を確認する時は、ちょっとしたワクワク感があります。よく写っていると「やったー!」となりますが、私の場合、7〜8割は「ピンボケだ…」「シャッターチャンスを逃した…」とガックリしていました。

デジカメになって撮影結果がすぐ確認できるようになりました。撮影し直しも簡単。便利になり失敗もなくなりましたが、現像前のあのワクワク感はなくなってしまったように思います。

さらにフィルムカメラの写真は、アナログ独特の手触り感もありました。デジカメになって、この手触り感がなくなりました。(これって何なのかなぁ?)と思いますが、写真を拡大した時、デジカメだと各画素が規則正しく正方形の形状になります。でも自然界にはこんな規則正しさはありません。これに対して、アナログ写真を拡大すると、銀塩フィルム独特のゴツゴツした不規則な粒状性を残しています。これがアナログ写真を自然に感じる独特の手触り感に繋がっているのかもしれません。

こんな中で、2024年6月18日、リコーが「国内で21年ぶりとなるフィルムカメラの新型機を発売する」と発表しました。それが

Pentax 17

です。ちなみに往年の名機Pentaxを世に出し続けた旭光学工業は、現在はリコーの子会社であるリコーイメージングとなっています。

このカメラは、当プロジェクトのプランニングとデザインを担当されたTKOさん(鈴木タケオさん)さんが、2022年12月からユーチューブで「ペンタックスフィルムプロジェクトストーリー」として情報発信し続けてきて、情報発信開始から1年半かけて形になったものです。(TKOさんは製品発表時に、YouTubeでこのカメラにかけた熱い思いを語っています。→リンク

「今さらフィルムカメラ?」と思ってしまいますが、現代でもデジタルカメラで失われたあの手触り感を求めてフィルムカメラを愛用する人たちはいます。

一方で問題もあります。

まず現在のフィルムカメラは、中古しかありません。価格は上がっていますし、メーカー保証もありません。故障したら直せないわけです。ちなみに我が家の物置にも、使っておらず動くかどうかもわからない古いフィルムカメラがゴロゴロあります。(笑)

カメラメーカーでも、技術も失われつつあります。

フィルムカメラの図面は残っていますが、製品は図面だけでは作ることはできません。技術者が持つ独特の感覚や技術といった暗黙知は、図面という形式知だけでは表現できないからです。そしてそんな暗黙知を持つ技術者が、定年を迎えて引退しつつあります。

失われつつある技術を伝承し、フィルムカメラを残しているタイミングは、今しかなかったわけです。

そこでフィルムカメラ独特の手動操作の感覚を復活させるために、現代の技術を活用して、引退した技術者も話を聞きながら設計し直したのが、Pentax 17です。

このカメラ、ハーフサイズです。36枚撮りフィルムで72枚撮影できます。

昔フィルムカメラを使った人たちからすると「ハーフサイズカメラ=初心者向け」と思いがちですが、Pextax 17をハーフサイズにしたのは二つ理由があったそうです。

理由1:ハーフサイズだと写真は横長でなく縦長になる。スマホで縦位置で撮影している人が増えているので、現代では違和感なくSNSなどでアップできる
理由2:撮影コストが減らせる

ちなみにPextaxでは伝統的にカメラ名にフィルムサイズを入れることがあります。たとえばPentax 67、Pentax 645、Pentax Auto 110というカメラは、どれもフィルムサイズがカメラ名になっています。

「Pentax 17」という名称も、フィルムのハーフサイズを意味しています。ハーフサイズなので36mm x 24mmの半分。かつてハーフサイズカメラを量産したリコーでは、このサイズを24mm x 17mmにしていました。ここからPentax 17という名前になったそうです。

色々と制約がある中で、カメラ性能にはこだわっています。

まずレンズの性能。いろいろと試した結果、クリアな描写が再現できる名機エスピオミニのレンズを元に再設計しました。

露出は自動です。一方でバルブも可能なので、花火も撮影できます。

またピントは手動になります。「ゾーンフォーカス」といって、「1人」「3人」「山」といった絵にあわせて目測でピント合わせをします。

ボディは、名機と言われたPextax LXチタンのカラーを再現し、マグネシウムの軽量・堅牢な外装。カメラの正面に使うネジも、精密機器らしさを表現するために、工場にかなりムリを言ってプラスネジではなくマイナスネジを使ったとのこと。

マーケティング的に考えても、かつてフィルムカメラ市場は超レッドオーシャン市場でしたが、現代では新たなフィルムカメラは20年以上なかったわけで、真っ新のブルーオーシャン市場になっています。

発表の翌日2024/6/19、リコーはホームページ上で『ハーフサイズフォーマット単焦点フィルムコンパクトカメラ「PENTAX 17」 お届け予定についてのお知らせ』というニュースを掲載しています。

–(以下、抜粋)–
当初の想定を大幅に上回るご予約をいただいており、現在の供給状況から製品のお届けまでにかなりの時間を要する見込みです。既にご注文いただきましたお客様につきましても、発売日以降の商品お届けとなる場合がございます(中略)

…リコーイメージングストアをはじめ公式ECサイトでは、製品供給に一定の見通しが立つまで、ご注文の受付を一時停止させていただきます。受注再開の時期に関しましては、弊社ECサイト等にてあらためてご案内いたします。
–(以上、抜粋)—

熱狂的なファンに支持されている様子が伝わってきます。実際にネットを見ると、実際にPentax 17を先行して使った熱狂的ファンの体験記がアップされています。

フィルムカメラ市場が急拡大することはないと思いますが、意外と温度が熱いニッチ市場に育つ可能性があるかもしれません。

プランニングを担当されたTKOさん(鈴木タケオさん)さんはYouTubeで、「アナログの世界を広げるためには、一歩一歩。一足飛びにはハイエンドまで行けません。少しづつ仲間を作り実績を作りながらなんです」と語っておられます。

このプロジェクトから私たちが学ぶべきことは、

「大きな志を持って、まず最初の小さな一歩を刻むこと」

この「ビッグピクチャーを心に描きながら、スモールスタートで始める」ことがとても大事なことではないかと思いました。

    

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