スミノフのマーケティング戦略:ライバルの値下げ攻撃に、値上げで勝った理由

ライバルがいきなり値下げ攻撃を仕掛けて来た!

こんな時は、実に悩ましいですよね。

「ウチも値下げすべきじゃないのか?」

こんな意見も出そうですが、老舗ブランドだったりすると昔からご愛顧いただいているお得意様がいたりします。安易な値下げは、品質をご評価いただいてきたお得意様を裏切る面もありますし、収益も悪化します。

「じゃあ、いっそのこと放置ってことで」

こう思う人もいるかもしれません。でも放置すると、シェアが食われかねませんよね。

そこで参考になるのが、ウォッカ『スミノフ』の事例です。

スミノフは1860年にロシアで創業され、ロシア革命を経て米国で『スミノフ』ブランドとして再出発。1960年代、ヒューブライン社のもとで米国ウォッカ市場のトップシェアを20年近く独走。一時はシェア50%超を誇りました(『The Oxford Companion to Spirits and Cocktails』より)。

そんな時期のお話しです。

「我が世の春」を謳歌していたスミノフに、ライバルのシーグラム社が、「1ドル安くて『スミノフ』と同品質」とうたった新ブランド『ウォルフシュミット』をぶつけてきました。

まさにライバルからの突然の値下げ攻撃です。

このシーグラム社の攻撃に、ヒューブライン社は、驚くべき戦略で対抗しました。

①『スミノフ』を、なんと1ドル値上げする
②ウォルフシュミットの対抗として同価格帯の新商品『レルスカ』を発売する
③さらにウォルフシュミットより1ドル安い『ポポフ』を投入
する

結果、『スミノフ』は1位を継続。『ポポフ』もシェア2位。ライバルの『ウォルフシュミット』は伸び悩み、『スミノフ』は勝利を収めました。

以上はNorton Paleyの”The Manager’s Guide to Competitive Marketing Strategies 3rd Edition”という本にあった事例です。(当ブログでも7年前に、簡単にご紹介しました)

このヒューブライン社が打ち出したマーケティング戦略は実に見事。今回は、この戦略を深掘りします。

■マーケティング基本戦略

マーケティングの基本は、STP(セグメンテーション、ターゲッティング、ポジショニング)をキッチリと考えることです。ヒューブライン社は、STPを次のように考えました。

①セグメンテーション:まず市場を次の3つに分けました。

【高価格帯】
【中価格帯】
【低価格帯】

②ターゲッティング:各市場のターゲット顧客と、各ターゲット顧客を攻めるブランドを設定しました。

【高価格帯】
品質/ステータス重視の消費者(たとえば高級バーでカクテルを楽しむ都市部の富裕層)→老舗ブランド『スミノフ』で攻める。そのためにプレミアムイメージを強化

【中価格帯】
品質と価格のバランスを求める消費者(中間層)→ウォルフシュミットと競合する価格帯で、新ブランド『レルスカ』を投入する

【低価格帯】
価格重視の消費者(例:安いお酒を求める低所得層)→ウォルフシュミットよりも安価に設定し、コストリーダーシップを追求した新ブランド『ポポフ』を投入する 

③ポジショニング:さらに各ブランドのポジショニングを明確に決めました

【プレミアムの『スミノフ』】
既によく知られたブランドでしたが、値上げすることでプレミアム性を強化し、品質・伝統・洗練されたイメージを強調。価格競争からは距離を置く

【バランスの『レルスカ』】
「手頃な品質」を訴求して、ウォルフシュミットと同等以上の価値を提供する

【価格重視の『ポポフ』】
「最も安価な選択肢」を訴求して、ウォルフシュミットよりも1ドル安い価格で価格競争を仕掛けて、市場を奪う

以上を図にまとめるとこうなります。

■ライバルの包囲網を築き上げて、返り討ち

こうしてヒューブライン社は複数ブランド展開によって、高価格帯(スミノフ)、中価格帯(レルスカ)、低価格帯(ポポフ)という複数セグメントをカバー。明確なポジショニングにより自社ブランド間の「カニバリゼーション」(共食い)のリスクを抑えつつ、価格重視の『ポポフ』投入でシェアを奪うべく逆に価格攻撃も仕掛けるなど、『ウォルフシュミット』への包囲網を築き上げ、ライバルを返り討ちにしたのです。

Screenshot

この裏には、おそらく市場で得た洞察もあったのだと思います。たとえば…

「『スミノフ』に愛着を持つ消費者が意外と多い。高付加価値化できそうだな」

「低価格帯で定番ブランドがない。製品を投入したら勝てるかも…」

 

ヒューブライン社の戦略は奇抜に見えますが、このようにオーソドックスなマーケティング戦略に基づいて考え抜いた上で、徹底して値下げを回避し、価値を上げているのです。

 

このようにマーケティング戦略策定力は、ビジネスで戦う上で、大きな武器になるのです。

御社は「値下げせずに、価値で勝つ」戦略を立てる準備はできていますか?

そして御社では、その戦略を立てるためのマーケティングスキルは、十分に磨き込んでいるでしょうか? 

 

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