ジーコのインタビューが日経ビジネス2006年9月18日号「敗軍の将、兵を語る」のコーナーに掲載されています。
代表監督辞任後、このようなインタビューが流されるのは恐らくこの記事が初めてではないでしょうか? ちょっと長いですが、引用します。
*** 以下、日経ビジネス 2006/9/18 p.154-157から引用 ****
- 代表監督を引き受けた以上、敗戦の責任はすべて私にあります。….我々は期待に応えられなかった。そのことが残念で仕方ありません。
- ただし、W杯で良い成績が残せなかったからといって、私が謝るのはおかしいと思います。
- ….マスコミの対応にはショックを受けました。"開き直り会見"とも批判され、とても落胆しました。
- 私は代表監督としてベストを尽くしたと胸を張れる。….ベストを尽くした相手に「謝れ」なんて言うのは、私の知る限り日本人くらいですよ。
- 確かに結果は残念ですよ。皆さんが思う以上に、私も悔しい。でもサッカーはスポーツですから、勝つこともあれば負けることもあります。
- 日本がW杯に行けたのは、どうしてだと思いますか? 誰が指揮をして、アジア地区予選で11勝1敗という成績が収められたのでしょうか?誰かにプレゼントされたものではなく、私を含め皆が一生懸命やったからこそ、W杯の出場権を得たのです。
- (また、)トルシエと指導方針についてよく比較されましたが、それは私の本意ではありません。 トルシエは、自らの戦術に合わせて選手を意のままに動かすサッカーを目指したと言われます。私が目指したのは、選手が自分の頭で考えるサッカーです。何でも許したのではなく、監督である私が基本的な戦術を決め、選手はその枠組みの中でオプションを選択できる自由を与えたのです。
- マニュアルに慣れた選手には、私のやり方は少し高度すぎたのかもしれません。しかし世界の趨勢は私が目指したサッカーと同じです。
- フィジカル(体格)の強化も長い道のりです。…筋肉の損傷とか疲労骨折に悩まされた選手がどれだけ多かったことか。ほかの国では、20歳を過ぎたら、まず骨折なんてしませんよ。….適切なトレーニングをしているからです。
- ブラジルでは、才能があると見込まれた選手は、エリート養成コースに入れて徹底的に鍛えます。食事も通常の人とは違うものを与えます。ロナウジーニョだって、昔は痩せた選手でした。それがフィジカルの強化によって、今では世界最高の選手と呼ばれるほど、成長しました。….最新の栄養学を取り入れてケガをしにくい選手をたくさん育ててほしい。
****以上、引用*****
W杯直後の日本のマスコミに、「ジーコ、謝れ!」という空気が流れていて、オシムが出てくるなり一転して報道がオシム一色になったのは確かです。
ジーコの発言は、これらの空気から一歩引いて、「水を差す」発言だと思います。
冷泉氏が指摘している通り、『「水」が差されることで「空気」が消える』のですが、このインタビューが世の中にどれだけ「水を差す」効果があるかはまだ分かりません。
しかしながら、「多様性」と「グローバル」は、イノベーションのキーワードの一つです。
日本にとって、ジーコのような「水を差す」発言を受け入れて尊重する文化を育むことが、多様性を重んじグローバル社会で発展していくことに繋がっていくのではないでしょうか?
この記事読みましたが、ラテン系の人の事後コメントとしては、結構典型的ですよね。賛否両論分かれると思います。でも監督も結果を出してすべてなので、”過去のことは忘れてしまいましょう、オシムに期待しましょう”というのが一番いいと思います。
個人的には、我那覇以外に川崎フロンターレからA代表があと2人位選ばれるとうれしいですが…(これはジーコと何も関係ない、個人的なことですね)
つるたさん、
コメントありがとうございました。
確かに、ラテン系の方は「結果はどうであれ、自分は全力で仕事をしたし、そのことには誇りを持っている。」という方が多いように思います。
日本人の情緒的な部分では、「それでも、結果について一言ないのか?」と思ってしまいますが、このような考え方が正しいと思っている人達の存在も許容するような日本であって欲しいですね。
ジーコ「強豪国入りには20年いる」
マニュアルに慣れた選手には、私のやり方は少し高度すぎたのかもしれません。
しかし世界の趨勢は私が目指したサッカーと同じです。
はい、ダウト!wwwww
>ジーコ「強豪国入りには20年いる」 byよいこ
監督ジーコ 日本代表を語る
ジーコ
ベースボールマガジン社
2006-02
…
ジーコとオシムは、両方とも同じものを目指していると思うんですが、ジーコは叩かれ、オシムは賞賛されるのが分かりません。
なんにせよ、マスコミがクソなのは間違いないです。
ジーコに基本的な戦術なんてなかっただろ。
もしかしたら奴の脳内にはあったのかも知れないが、それを実行する術を、奴は全く持っていなかった。
そんな奴とオシムと比べる事すらおこがましい。
オシムやトルシエはプロの監督。ジーコは選手時代はプロだったが、監督としてはいまだに素人。
話になりません。
いずれオシムも叩かれるよ(もう叩かれ始めたけど)。プロの監督?クリンスマンは?ファン・バステンは?ドゥンガは?
少なくとも代表においてはプロ素人の線引きはもはや消えたのは常識。
オシムもヒディンクなんかに比べたら実績は皆無。
今はバブルで持ち上げる報道しかないけれど、いずれそういった真実が冷静に検証され、批判の材料になるのは分かりきってる。
マンマーク、リベロ等時代に逆行したサッカーをやっているのだし。
右が駄目だったら全否定で左へ。
左が駄目だったら全否定で右へ。
いつまでこんな事を続けるのやら。
是々非々で検証していく事が協会・マスコミ・ファン、つまり日本人にはできないという事。
@>オシムもヒディンクなんかに比べたら実績は皆無。
ハー。ひどいもんですね。この程度の認識の人に非難されるイヴィツァが気の毒でなりません。きっと『オシムの言葉』を読まれるであろう永井さんが同意されないことは100%明白ですが。
>日本にとって、ジーコのような「水を差す」発言を受け入れて尊重する文化を育むことが、多様性を重んじグローバル社会で発展していくことに繋がっていくのではないでしょうか?
いえ。“多様性”の重要さについては異論ないですが、異文化からの声だからといって無条件の受容や尊重はやってはならないことと思います。
私もズィッコのそれは全文読みましたが大半は言い訳に過ぎません。彼の監督としての無能さ・無力さについては例えば以下の指摘を含め枚挙にいとまがありません。経験やトレーニングの有無など関係なく全くプロフェッショナルでなかったと思いますよ。
—-
・コンディション調整の失敗
・選手のコンディションを軽視した、強引な選手起用
・コンディションを軽視せざるを得ない、薄い選手層
・戦術を浸透させることではなく、選手間の話し合いに依存する強化法
・モチベーション・コントロールの失敗
—-
http://ketto-see.txt-nifty.com/blue_sky_blue/2006/07/post_dfd7.html
彼が何を成し何を成さなかったのか、それを理解せず、また論ずることもなく
>日本にとって、ジーコのような「水を差す」発言を受け入れて
>尊重する文化を育むことが、多様性を重んじグローバル社会で
>発展していくことに繋がっていくのではないでしょうか?
などと語るのは誠に寒々しいです。言わせていただければ、永井さんはインチキ新興宗教の教祖(なんたって「神様」ですし)の詭弁にたぶらかされてるだけなんですよ。
はっきり言って、ジーコはこの4年間、何にも仕事をしてませんでした。放置と委任を最後には意図的に取り違えて「私のやり方は少し高度すぎたのかもしれません」だなんて、日本人を馬鹿にするにも程があります。「アジア地区予選11勝1敗」だって、過去あんなに緩いレギュレーションの予選はなく、しかも殆どの試合内容はグダグダでした。ジーコが誇らしげに語るのは片腹痛いです。
あとつるたさんの
>”過去のことは忘れてしまいましょう、オシムに期待しましょう”
は「失敗から学ぶ」ことを放棄するものであり、良くないと思います。
皆さん、コメントを下さり、ありがとうございました。
私の「日本にとって、ジーコのような「水を差す」発言を受け入れて尊重する文化を育むことが、多様性を重んじグローバル社会で発展していくことに繋がっていくのではないでしょうか?」との記述の件ですが、Zoffyさんの「多様性の重要さについては異論はないが、無条件に受容したり尊重すべきでない」というご指摘は全く同感です。「相手は自分の考えと違う考えを持っている」ということ自体を許容した上で、Zoffyさんが挙げられているように、その考えについて個別に議論していくべきと思います。
>そんな奴とオシムと比べる事すらおこがましい。
なるほど、それではアジアカップを無失点で優勝、南アW杯アジア予選は全勝・2失点以下で通過、決勝大会でベスト8は最低限のノルマですね。
>タコピィさん
そうですね、オシムに2002年に監督を依頼して2006年のWCを目指せと言うのでしたらその条件は最低限のノルマに成るかもしれませんね。
しかしながら次世代の育成を怠たり黄金世代と言われたあまたの才能を浪費したZicoのツケを現在の代表監督にかぶせるのはフェアではないのでは?
少なくとも岡田もトルシェも2006年に繋がるように育成しながらWCを戦いました、Zicoは?
ジーコに謝れというムードだったんでしょうか?
ドイツに行っていて,日本の報道は十分にカバーできていなかったのですが,私の印象では「川淵謝れ」だったように思いますが・・・
ジーコが悪いのではなく,経験のない監督に託した結果,精一杯やってこのような成果しか上げられなかったということで,ジーコに謝って貰ってもしょうがないと感じていましたが・・・
ただ,体格の問題を今更ながら口にしたということや,このインタビューで「謝れと言うのは日本人だけ」などという言い方は,正直がっかりです.
> 体格の問題を今更ながら口にしたということや
私はこれは、今回の記事を読めばよくわかるように、言い訳というよりも、退任するにあたっての今後の日本サッカーへの提言だったと思います。私はどちらかというと、それを「言い訳」としかとらえられない日本のメディアやファンにがっかりしました。
単純に言って、4年間かけて(というかずっと日本にいて)日本人サッカー選手について分かったことが「世界で戦えるフィジカルを持ってない」というのは、酷いんじゃないですかね? そのへん、彼の率いる代表チームにはいた、中田英寿なんかのほうがよく知ってるんじゃないでしょうか?。
自分はジーコ謝れなんて思いませんよ、一番の問題はジーコ時代に文字通り、水を指す言論を封殺しようとしたJFAと大手マスコミの癒着にあった。彼らが謝るべきです。今のオシム礼賛の姿勢がそれを隠蔽するために行われているものだとしたら、そこに、文字通り水を差したのは代表の試合後に川淵解任デモを行った連中ですよ。
ジーコの上記の発言は普通に見苦しいだけです。なるべく世界中のファンをがっかりさせないようにしてもらいたいですね。今、フェネルバチェの成績が思わしくないようですが、日本代表を指揮した経験を生かして、これから監督としてのキャリアと実績を積み上げて、よもや「黄金(世代)」泥棒なんて言われないようにね。
オシムの一番の問題は、彼の発言が彼の指揮する日本代表に着いて書かれた大抵の評論よりも面白いということですね。記者会見で水を差され続けるマスコミがかわいそうになってくる。いっそのこと、馬鹿な質問をした記者は廊下に立たせたりしてやった方がいいんじゃないかと思うくらいです。
ジーコの発言に対して「見苦しい」と思い、また、何でもかんでも異文化を取り入れればいいと思うことに違和感を覚えることに共感します。
さらに、大手企業に在籍しつつ、好きなことを放言されることができることに関してはやっかみすら感じます。
ずっと不思議に思ってるんですが、ジーコが叩かれているのは大言壮語をしたからであって、自業自得ではないでしょうか?
W杯の前には「少なくともベスト4に行ける力を持っている」と語ったのはジーコですし、2002年大会が終わったときに「このメンバーを自分が指揮したらもっと勝ち残れた」と言ったのもジーコです。
結局、2002年のメンバーとあまり変わらない布陣で臨んだ2006年大会がぼろぼろの結果だったのは、ジーコの責任以外何ものでもないはずなのですが、どうしてマスコミは彼のかつての発言を元に突っ込んだりしないのでしょうか?
この記事は全て読みましたが、感情論ではなくポイントを分けて考えなければ、全て否定論になってしまうでしょう。
・ジュニアの世代から、一人ひとりの選手に合わせて、自分で考え行動できる選手を増やしていく
・小さい頃から食事療法を含めたフィジカルの強化に努める、20歳前後からでは遅い
・FIFA(電通)は商業主義に走り過ぎない(日本の試合の開始時間が2試合現地時刻15時だったのはおかしい)
この3点に関しては、日本サッカーも真摯に受け止めていく言及がなされているのではないでしょうか?
その上で、ラテン系として捉えてしまえばそれまでだが、この記事の冒頭、「ジーコは代表監督を務めた4年間悔いも恥じもないから毎晩枕を高くして眠れたし、ワールドカップの結果に謝罪する気持ちもないと断言している」ここが納得できないポイントであるのだ。
小笠原は言っていた。
いくらJでがんばっても、欧州の選手が3日前に合流してレギュラー組みに入るのはおかしいし非常に悔しい、と。
要はJの視察もろくにしないから当然Jの監督とのコミュニケーションは良くなく、いい選手がいたとしても情報として監督の耳に入らない。
このような日本国内の状態でワールドカップを戦うのは、最初からひずみがあったに違いない。
しかも、ジーコは前回大会の結果で日本人は夢を見すぎたとし、予選の11勝1敗という数字を上げて自画自賛に走っている。
このあたりが、記事の内容として我々を刺激するのではないかと思っています。
永井さん、いかがでしょうか?
このジーコの発言、明らかなダブルスタンダードですよ。
自分を「結果」で批判するのはおかしい、って言っているのに、
自分を「W杯アジア予選突破」という「結果」で評価しろ、と言っていますよね。
この時点で既にアウトです。
結果で批判されたくなければ、
「方法論」なり、
「今後への方向性付け」なりで評価してくれ、
というのが本当ではないでしょうか。
でもジーコは、一番最後に
「方法論らしいもの」や「今後への方向性らしきもの」を
語っただけで、在任中にそれをしていません。
監督としてというより、組織の責任者として不適格だったのでは>ジーコ。
でも、やっぱり一番の問題は、そんな人間を監督に据えたJFAだと思います。
こんな糞インタビュー、論評するに値しませんよ。
しょせんサッカーなんて、審判に見つからなければ反則してもいい。場合によっては公然と反則してもいい。
反則して勝っても勝ちは勝ち。そんな下品なスポーツ、私はプロレスとサッカーしか知りません。
こんなスポーツを、日本人みんながみんな喜んでみていていていいものか。そんなものは下流国の国民にまかせておけ!
と、言う人が一人ぐらいいてもいいのでは...。
一言コメントさせてください。
こういう話のコメントを感情論で応酬すること自体、ローカリティを感じざるを得ません。
日本のサッカーチーム自身、まだこれからですよ。
ラテンでもガテンでもかまいませんが、ジーコはよくやってきたと思います。海外組をあれだ排出させた事も含め、ある意味日本人の可能性を示唆してくれたのは他ならぬジーコだったのですから。