ここ数年間、IBMは売上が低迷してきました。主力事業がクラウドなどの新時代の流れに対応できなかったためです。
全世界に30万人以上の社員と、幅広いIT関連製品・サービスを抱えるIBMは、いま変革に取り組んでいます。そして成果の兆しが見え始めています。
IBMと同様に、
「主力事業が低迷している。しかし組織やしがらみが大きくて、なかなか変えられない」
こんな悩みを抱える日本企業は、少なくありません。
IBMの変革への取り組みは、私たちにとってもとても参考になるものです。そこで今回は、IBMの最新の変革についてご紹介したいと思います。
下図は、2016年のIBM投資家向け説明資料からの引用した売上推移の図です。2011年1069億ドル(12兆円)あった売上は、2015年には800億ドル(8.8兆円)まで下落しました。
売上が低下した大きな理由の一つは、「企業向けに、ITのハードウェアとソフトウェアを、サービス込みで販売する」というそれまでのIBMのビジネスモデルが、クラウドの台頭で、賞味期限が切れ始めたためです。
収益も落ち始めているもののまだ高収益を保っています。徹底的に効率を高めた結果、粗利益率(上の図でGP: Gross Profit)も51%まで上がっています。
しかし一方で、税引き前利益の推移は下図の通り。2016年のIBM投資家向け説明資料からの引用です。
粗利益率は上がっているものの、売上低下とともに税引き前利益は下がっています。
まだ高収益で体力もある今のタイミングで、変革が必要です。 そこでIBMは変革に取り組んでいます。
変革をするための一つの方法は、成長分野とそれ以外の分野をわけて、成長分野に投資することです。それまでIBMは、ハードウェア事業、ソフトウエア事業、サービス事業といった事業部毎に収益目標を置き、全社的に収益管理を行っていました。しかしこの組織体制のままでは、「成長させたい分野」と「その他の分野」が不明確です。
そこで2015年、IBMは成長しているいくつかの事業分野(アナリティックス、クラウド、コマース、ソーシャル、セキュリティ、ワトソン)向けの、新事業部を立ち上げました。これら各事業部は、従来のハードウェア事業部・ソフトウェア事業部・サービス事業部といった事業部が持つ製品やサービスを組み合わせて、顧客企業向けに提供します。
たとえば新事業部の一つである「アナリティックス事業」では、ハードウェア事業部が提供するIBM製サーバー、ソフトウェア事業部が提供する分析用ソフトウェアやデータ管理用ソフトウェア、さらにサービス事業部のコンサルタントが提供する業界特化型のアナリティックスサービスを組み合わせて、顧客に提供します。
つまり既存事業部の組織の壁を取り払い、これらの新たな事業を進めたのです。
さらに2016年、IBMは次の5分野を「戦略分野」(Strategic Imperatives)と位置づけました。
アナリティックス …膨大なデータから知見を見つけ出す仕組み
クラウド …企業のITインフラをクラウドで提供する仕組み
モバイル …スマホやIoTなどを開発・管理する仕組み
セキュリティ …ITの安全性を確保する仕組み
ソーシャル …人同士がよりよく協業できる仕組み
IBMはこれらの「戦略分野」と「その他の分野」を明確にわけて、収益管理を始めました。「数値化できないものは、管理できない」という言葉があります。常に徹底的に数値化するのが、IBM流。それがここでも行われました。
そして戦略分野にヒトモノカネをシフトしました。実際に2016年3月のIBM投資家向け会議でCEOのジニー・ロメッティも、「戦略投資分野への技術者シフトを行っている」と語っています。
2016年3月にこの方針が発表されてから1年近くが経過し、2016年度を終えた現在のIBMの状況は、下記の通りです。
(2016年のIBM投資家向け説明資料と、2016年第4四半期業績発表資料をもとに、筆者が作成)
棒グラフ全体の高さが全社売上、赤い部分が「戦略分野」、グレーが「その他の分野」です。
現時点で数字の上では、IBMはまだ「完全復活した」とは言い難い状況です。しかし縮小が続いた全社売上も2016年には下げ止まり、「戦略分野」も全社売上比率の半分に迫りつつあります。
年率15%程度で成長してきた「戦略分野」は、2016年も14%成長しています。全体売上に占める「戦略分野」の比率はこのように拡大してきています。
22% (2013年) → 27% (2014年) → 35% (2015年) → 41% (2016年)
一方で「その他の分野」が急速に縮小し続けていることに、改めて驚きます。
下記はこの5年間のIBM株価推移です。株価は2013年の215ドルから、2016年1月には121ドルまで下がりましたが、そこから復活して現在は171ドル。株式市場でもIBMの復活は評価されているように見えます。
以上、IBMの投資家向けサイト上の公開情報に基づいて、ご紹介させていただきました。
IBMが行っていることは、「言われてみれば、当たり前のこと」です。
●市場と顧客の変化を、見極める
●市場と顧客の変化にあわせて、今後の成長が見込めて儲かる「戦略分野」(投資分野)と、今後の成長が見込めない「その他の分野」(現状維持分野)を、明確に分ける
●ヒトモノカネを、「戦略分野」にシフトする
●進捗状況が把握できるように、評価指標(KPI)を決め、目標値を設定し、常に進捗状況を把握し、必要な施策を適宜打っていく
「言われてみれば、当たり前のこと」ではありますが、それを実行するのはなかなか難しいことです。あらゆるITビジネスのインフラを提供し、世界100ヶ国以上でビジネスを展開する巨大組織IBMで、短期間でこのような変革を実施し、成果を挙げていくのは、「さすが、IBM」とも言えます。
IBMの創業は100年以上前。創業当時は肉秤も作っていました。紙の統計マシンが主力商品だった時期もあります。変化が激しいIT業界で、常に自社を大きく変革させていくIBMの強さを改めて実感します。
一方で数年前のIBM同様、日本でも、市場の変化に追いつかずに、売上も利益もに低迷する企業は少なくありません。
一時の低迷から脱却しつつある最新のIBMの取り組みから、私たち日本企業が学べることは大きいのではないかと思います。
必要なことは、市場と顧客の変化にあわせて自社をどう変えるか、仮説を立てること。そして仮説検証を繰り返しながら、愚直に実行し続けることなのです。
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