金正恩の生体情報は、なぜ除去されたのか?

2025年9月、中国で「抗日戦争勝利80年記念式典」が行われました。ロシアからプーチン、北朝鮮からは金正恩も参加し、中国・ロシア・北朝鮮でトップ外交が展開されました。

この式典について9月5日の日本経済新聞が記事を掲載しました。ロシアの記者が…

「金正恩がプーチンと会食した際、北朝鮮側の随行員が金正恩が使用したコップを片付けたり、座っていた周辺を消毒する作業を行っていた」

と通信アプリ「テレグラム」に投稿したことを紹介しているのです。

また韓国の情報機関・国家情報院は、金正恩の娘ジュエが同時期に中国を訪問した際、同様に生体情報の流出を最小化する措置を行っていた、と国会で報告しています。

以上は新聞の片隅で小さく報じられた情報です。

なぜ北朝鮮は、金正恩一族の生体情報を、ここまで徹底して除去するのでしょうか?

それは生体情報は、いまや最重要の機密情報となりつつあるからです。

毛髪、皮膚の垢やフケ、唾液、血液、ツメなどからは、DNAを抽出できます。この結果、本人固有の遺伝子配列が特定できます。これが「生体情報」となります。

これらは、コップやイス、ティッシュ、食器などから回収可能です。
だから北朝鮮随行員は、会見後に徹底した消毒作業を行っていたのです。

では、金正恩一族の生体情報が漏洩するどうなるか? 北朝鮮にとっては、次のようなリスクがあります。

①金正恩の病気リスクが明らかになってしまう

糖尿病、高血圧、アルツハイマー、一部の精神疾患などは、特定の遺伝子が関与していることが知られています。専制国家のトップが抱える病気リスクは、そのまま国家存続のリスクに直結します。

②影武者かどうかが判定できてしまう

以前より一部では「公の場に姿を見せる金正恩は影武者ではないか?」ということがウワサされてきました。特に最近、公の場に金正恩が姿を見せることも多くなりました。この結果、生体情報を採取されるリスクも増えています。

公の場に出るたびに生体情報を入手されて分析されると、仮に影武者が登場した場合には、別人であることが判明します。つまり「影武者戦術」が無効になるのです。

③北朝鮮指導者の家系が特定されてしまう

金正恩が北朝鮮トップにいるのは、建国の父である金日成の孫だからです。

北朝鮮のプロパガンダでは「金日成は、日本の植民地支配に対して抗日パルチザン闘争を戦い抜いて、北朝鮮を建国した」とされています。そして「革命の血統を受け継ぐ継承者は、直系の孫である金正恩だ」というイメージを、国民に植え付けています。

しかしDNA解析の結果、「実は直系ではなかった」とか「実は母方の血統に問題がある」といったことがわかるかもしれません。こうなると、金正恩支配の正統性が根底から崩れて、国家そのものが揺るいでしまいます。

さらに国外に隠し子がいる場合はDNAマッチングで特定され、反体制勢力に利用されたり、敵対国の外交カードとして利用される可能性もあります。

一言でまとめると、「専制国家トップの生体情報の漏洩は、いいことは一つもない」のです。

だから北朝鮮は「金正恩一族の生体情報は最高度の機密」と認識して、徹底した防護処置をとっているのです。

 

以上は専制国家トップの生体情報の話です。

しかしこのエピソードは、現代では生体情報が「究極の個人情報」であることを教えてくれます。

 

ちなみに生体情報とは、DNAなどの遺伝子情報だけではありません。

指紋、虹彩や網膜パターン、顔の特徴(顔認識データ)、声紋、耳の形などは、セキュリティシステムで個人認証に使われています。

手の甲や手首の血管パターン、歩き方のクセ、キーボード入力での打鍵パターンなどから個人を特定することも可能です。

こうした生体情報は、スマホの指紋認証や顔認証で使うととても便利です。DNA解析をすれば将来の疾病リスクもわかりますし、防犯カメラで個人も特定できます。

一方で、漏洩リスクもあります。そして生体情報が漏洩すると、二度と取り戻せません。パスワードと違って、すぐに修正することはできません。

■私たち個人ができることは…

・安易に生体情報は提供しない。提供先は信頼できる機関や事業者などに限る
・生体情報を認証で使う場合は、生体認証だけでなく、パスワードも併用する形にする

■企業側も、「個人の生体情報は究極の機密情報であり、氏名や住所、メールアドレスと比べて流出リスクは極めて高い」と考えるべきです。生体情報の漏洩は、企業ブランドに致命的なダメージを与えかねません。収集は最小限にとどめて、データ管理は厳重にし、かつ責任については透明性をもって管理することが必要です。

生体情報は、管理を徹底したいものです。

 


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